第80ターン 一番最初の冒険譚

「――オルファリアちゃぁぁああああああああ~~~~~~~~~~んっっっっ!!」

「……良かった……本当に良かった……! 無事で……本当に……!!」

「け、怪我はねえか、オルファリア!? それ以外にも……その、何かっ!?」

「えぇと……大丈夫ですよ、ピリポくん、ロレンスくん、ディアスくん。ご心配をお掛けして、ごめんなさい」

翼を下さいフライト》を成就したクラッドにお姫様抱っこされ、大穴の底より帰還したオルファリアを、彼女の冒険仲間たちは歓喜と安堵を以って出迎えた。彼ら三人に導かれて、最早見る影も無い古代神殿から出た薔薇色の髪の少女を、朝陽もまた出迎える。

 明るい陽射しの中で改めて見れば、ディアスもロレンスもピリポも、装備は全て再起不能と言って構わぬほどに破損し、全身は血やら埃やら泥やらで汚れ切っていた。……それが自分を助けに来た代償だということに、オルファリアは恐縮してしまう。

「……ご、ごめんなさいっ。わたし、何てお詫びをすればいいか――」

「――違うよ、オルファリアちゃん」

「まあ、確かにピリポの言う通りだよな、珍しく」

「そうだな、珍しくも。――こういう時、謝罪の言葉は必要無い、オルファリア。僕たちは、なのだから」

 笑顔でそう言うピリポを、ディアスを、ロレンスを順番に見詰め、オルファリアは、目尻に一粒だけ涙を浮かべて、微笑んだ。

「――助けに来てくれて、ありがとうございます!」

 オルファリアのお礼の言葉に、彼女の仲間たちは笑顔を余計に輝かせたのだった。

 ……そして、その笑顔のまま、ディアス、ロレンス、ピリポは自分たちの後を付いて古代の神殿から出てきたクラッドに向き直る。

「……まあ、よ。神殿の崩落に巻き込まれたオルファリアを、助けてくれたことには……感謝しといてやるっ。けどなっ、そもそもその崩落自体、お前の魔法のせいなんだからな!?」

「……服の無いオルファリアに、自分のコートを貸した心遣いは見直してやろう。だが、それ以前に! ……穴の底で彼女に不埒な所業は……しなかっただろうな……!?」

「……オルファリアちゃんの貞操にもしものことがあったのなら……お願いします詳細をぜひとも詳しく教えて下さい何でもしま――あ痛ぁっ!?」

 例によってピリポを左右から張り倒したディアスとロレンスに、クラッドは頬をポリポリと搔いて……溜息を吐いた。

「……オレが何を言っても、そうそう信じられねぇだろ? オルファリアに訊けよ。ただ……まぁ、心苦しい思いをさせて……悪かったな」

「「「………………は?」」」

 ボソボソと、しかし確かに謝罪の弁を自分たちへと述べたクラッドに、ディアスもロレンスもピリポも目を真円に見開いた。

「……ついでに、嫉妬教徒エンヴィアン共を集めて拘束しといてくれたことにも……礼、言っとくぜ。……逃がしてたら、余計な手間が増えてたから、な……」

 さらに別件の礼さえ述べた〝辺境の暴君〟から、ディアス、ロレンス、ピリポはじりじりと距離を取り……円陣を組んで緊急会議を始める。

「な、何だ!? どういうことだよ!? 何か、あいつ……キャラが違うぞ!?」

「……あの高さから落ちて、頭を打ったのか……? それで、脳が何かおかしくなったのかもしれない……」

「……いや、あの場合、元々おかしかった脳が正常に戻ったんじゃないかな……?」

「……聞こえてっぞ、オマエら……」

 等級レベル【Ⅱ】や【Ⅲ】のひよっこ冒険者たちの暴言に、等級レベル【ⅩⅣ】の辺境最強の冒険者から怒気の籠もったツッコミが入るが……確かに、これは異様な光景だった。元々のクラッドなら、不敬なディアスたちに攻撃魔法の一つや二つは撃ち込んでいたであろうから……。

(……クラッドさん、やっぱり何か、変わったよね……)

 自分の方を向いて肩をすくめるクラッドに、オルファリアは地上に戻る前に彼とした会話を思い出す。


『オマエの正体については、誰にも話さねぇことを約束するよ。オレの胸の中だけに留めとく。……だから、安心してカダーウィンに帰れ。オレは、オマエの邪魔はしねぇから』


 そう言って、献身教ナートリズム聖印ホーリーシンボルをオルファリアへと返したクラッドは、何処か吹っ切った……何かを吹っ切ろうとしているようにオルファリアには思えたのである。

 昨夜の一件から、朝まで考えるに考えて……クラッドの中で、何か大きなパラダイムシフトが起きたのかもしれなかった。

(……変わった……変わろうとしているクラッドさんに、頑張って下さいって……そう言って、いいのかな? ……わたしがそう言っても、良いのかな……?)

 胸の内に、吐き出せぬモヤモヤとした感情を抱え、オルファリアは思い悩む……。

 ……そして、彼女にはもう一つ、思い悩むことがあるのだ……。

(……クラッドさんがわたしのお父さんでなかったからには、またふりだしなんだよね……。わたしの、お父さん捜し……)

 一番可能性が高かったはずのクラッドが違っていた以上、自分の実父が誰なのか、もう見当も付かないオルファリアなのである……。

 そんな彼女の隣へ歩み寄って、クラッドは未だ会議を続けているディアスたちには聞こえぬ声量で、オルファリアに語り掛ける。

「……オルファリア。もし、オマエが良ければなんだけどよ……オレにもオマエの父親捜し、手伝わせろ」

「……えっ?」

 驚き、オルファリアはクラッドの横顔を見上げる。そこには、どう形容すればいいのか……オルファリアでは言葉にて表現出来ない表情が浮かんでいた……。

「オレには、オマエの父親の心当たりがあるんだよ。……言ったろ? オレがコトネリアさんの正体について知ったのは、オレとがドジったからだって」

「……あっ……!」

 そう――当時、コトネリアと一党パーティを組んでいた冒険者は、クラッドと居たのである。クラッドがオルファリアの父親でないのであれば、或いはそのもう一人こそが……。

「……もし、そうなら――オレとしても、野郎には言いたいことが山ほどあるんだよ。だから……手伝わせて、くれねぇか、オルファリア……?」

 オルファリアを見下ろしたクラッドの目は、例えるなら、迷子の幼子や捨てられた仔犬などによく似ていて……。

 故にこそ、オルファリアは放ってはおけなかった。その願いを拒否することは出来なかったのである。

「――はい。よろしくお願いしますね、クラッドさん」

「っ! ……ああっ」

 喜色を浮かべるクラッドに、何故だか切なさが募って……オルファリアは彼からの借り物の外套、その胸元をギュッと握り締める。

「そうなると――色んなこと、清算しなきゃならねぇな……。じゃねぇと、コトネリアさんに叱られそうだしよ。……マリクさんやバオーにも手伝ってもらわなきゃならねぇし。……一番の問題は、ガストムか。何発ぶん殴られるかね……? 顔面の形は確実に変わりそうだな……。てか、殴られるだけで済むかね……? 自業自得だけどよ……」

 そんな、オルファリアの仕草には気が付かないで、クラッドは呟きながら、今もなお会議中のディアスたちへ近付いていった。

「――いい加減、意味の無ぇ話は終わりにしろよ。嫉妬教徒エンヴィアン共を近くの街まで連行すっから、オマエらも手を貸してくれ」

「……まあ、この邪教徒共を野放しにも出来ねえし、それはいいけどよ……」

「流石に人数が多い……。僕たち三人に貴様クラッド、オルファリアを入れても……五人でこの人数を連行するのは、難しくないか?」

「それに、オルファリアちゃんを助けに来たのはおいらたちの意思だけど……そっちの依頼を手助けすることになったのは成り行きだしさぁ……。こんなにも苦労したのに、ここからさらに苦労するのに、タダ働きなのは、どうも……」

 気が乗らない様子のディアス、ロレンス、ピリポへ、クラッドは少々黙考し、返す。

「……なら、オレが貰うはずの報酬から、オマエらにも分け前をやるよ。オマエらの手助けがあったことも、冒険者ギルドに伝えとく。本来なら、何段階も上の等級レベルの冒険者が派遣される依頼で成果を上げたんだ。オマエらのギルド内での評価も上がるはずだぜ?」

 ……今までのクラッドから考えれば太っ腹過ぎる譲歩に、ディアスもロレンスもピリポも空を見上げた。

「……雲一つ無い快晴だけどよ……」

「……急ごう。いつ雨が降り出すか解ったものではないっ」

「……降るのが雨ならいいけどね……。この地方じゃ滅多に降らない雪とか……雹とか。……もしかすると、伝説の大魔法の《星降る夜メテオレイン》みたいに、隕石が雨あられに降ってくるかも……?」

「……オマエらな……」

 とうとう後輩たちへ先輩への礼儀を教え始めた(けれど、物理的なものではなく、あくまでも言葉での懇々とした説教で)クラッドの姿に、オルファリアはふっと息を吐く。

(クラッドさんが変わろうとしてるのは確か。……それはきっと、お母さんの力なんだろうな。……でなかったことが、何でだろう……凄く悔しいけど――)

 やるせない気持ちは胸の底に押し込んで、オルファリアはクラッドに向ける目を細めた。

(……まだ、出会って間もないディアスくんたちでもこうなんだから……他の人たちはもっと、今のクラッドさんを信じられない目で……白い目で見るかもしれない……)

 彼は馬鹿ではない。それは、クラッド自身も承知のことだろうし……承知の上で変わろうとしている、変わることを周りに示そうとしているのだろうが……間違いなく茨の道だ。

 だけれど……そんなクラッドの味方でありたいと、そうあろうと、オルファリアには思えたのである。

「……もしもつらくなったら、少しは頼って下さいね? わたしはまだまだ実力不足ですけど……話を聞くくらいなら出来ますから。悪魔これでも、僧侶クレリックですからね」

「……? 何か言ったか、オルファリア?」

「いえ、何でもありませんよ」

 振り返ったクラッドへ、彼の傍で憮然としているディアス、ロレンス、ピリポたちの許へ、オルファリアは小走りに駆けていく。

 その胸中で、彼女は言葉無く語り掛けた。

(お母さん、わたし、お母さんと同じ冒険者になったよ。まだまだ、お母さんとは比べものにならないくらい未熟だけど……わたしなりに頑張ってるから。……これから、きっとたくさんつらい目にも苦しい目にも遭うだろうし……エ、エッチな目にも遭うかもだけどっ、精一杯、やれるだけのことをやっていくね。そして、いつか――)

 鳶色の瞳に未来を、希望を映し、オルファリアは祈る。

(――いつか、お母さんが見たはずの景色を、そして、お母さんでも見られなかった景色を、この目で見てみせるから! ……ナートリエル様の御許で、見守っていてね……)


 ――ここまでが、最初の一ページ

 後に、〝蠱惑の聖女サキュバス・ヒーラー〟の二つ名で呼ばれ、辺境に、大陸全土にその存在を轟かせる大英雄、オルファリア・アシュター。

 これは、偉大な彼女が印した足跡、その物語の、一番最初の冒険譚エピソードである……。

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サキュバス・ヒーラー 天羽伊吹清 @ibukiyo

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