女神さまご機嫌麗しゅう

naka-motoo

日の女神さまご機嫌麗しゅう、月の女神さま愛しております

 やあ、アタシは和盆わぼん。数え年17だから法律上は結婚もできる女子さ。

 アタシはね、義務教育を免除されたんだ。

 小・中と行ってないから高校にも行ってない。え。引きこもりじゃないよ。バンバンお日さまの下に出てるよ。

 夜はお月さまの下を闊歩してるし。


 アタシはねえ、ブースターなんだ。

 なんの?

 物語ストーリーの。


 あのね、アタシのひいおばあちゃんって、実はただの人間じゃなくってね、極めて52段たかに漸近した存在だったんじゃ?って言われてたの。まあ、天界の人、ぐらいに言っとけば当たらずも遠からずかな。


 そのひいおばあちゃんがね、ある人に物語を書かせてね。そこに書いてあったのは世の中のふじょうり不条理ってやつを無くすための方法・・・たとえばいじめとか詐欺とかテロとかをね、無くす方法を書いた物語。

 で、書いた人はそれを世に広めようとしたんだけどね、邪悪なものたちに邪魔されてね。魔王、じゃないんだよね・・・ええと・・・あ、そう!

 魔神!


 その魔神に邪魔されてせっかく出来上がった物語を地中深く埋められちゃったんだって。


 まあ、地中、っていうのは比喩でね。

 実際は誰にも見向きもされずに『ボツ!』ってやつになっちゃったんだって。

 どうやらその本の中身にはね、とてもセンシティブなこと・・・と言っても差別とかエッチなことじゃなくてね、『いじめをした人間は地獄に堕ちる』とか、『汚職をした人間は地獄で鬼にのこぎり引きになる』とかね、そういう一部の人にとって都合の悪いほんとのことが書いてあったから、埋もれさせられたんだって。


 でね。

 長くなったけどぉ、アタシはその埋もれた物語を発掘してこの世に拡散するためのブースター・・・まあ伝道師みたいな役割をするために義務教育並びに高校進学を免除されたわけなのさ。


 え?

 親のスネ齧りだろうって?


 ちっ、ちっ、ちっ。

 バカ言っちゃあ困るねえお客さん。

 アタシゃ、そんな情けないことはしないよ。


 アタシの『リアル使い魔』が居るのさあ。そいつが金銭面から衣食住、果てはアタシの福利厚生までぜーんぶ面倒見てくれるってわけ。

 まあ、奴隷?的な?


「誰が奴隷だよ、和盆ちゃん」

「あ。楠人くすと。遅かったねえ」

「そりゃあいきなり『地の果ての桃入りジュレ』を買って来いなんて言われたから白兎はくとに全力疾走してもらったんだよ」

「いやいや、サンキューだ、楠人。まあ白兎は世界一速い馬だから楽勝だったでしょ?」

「はい、ジュレ」

「おー、これが地の果ての桃を使った『不老不死のジュレ』かあ。では、あーん」

「和盆ちゃん」

「なんだい」

「不老不死になったらずうっと物語のブーストやらなきゃいけないよ」

「ん・・・物語を世に出せればそこで任務終了だろう」

「でもさ。せっかく和盆ちゃんのひいおばあちゃんがその作者にアイディアをのにさ、文章とか構成がマズイから全然見向きもされなかったじゃない」

「まあ、そいつは宣伝も下手くそだったからな。アタシがやればなんとかなるだろう」

「ええー」

「なーんだよ、楠人」

「和盆ちゃんの宣伝の仕方もどうかと思うなあ・・・」

「ふん!まあとりあえずひと仕事しないとね。ジュレは帰ってからだ。楠人!行くよ!」

「はーい」


 まあこんな感じでアタシと楠人は零細製本所に値切って値切って印刷・製本した『物語』の試供本を持って毎日営業に出かけるってわけ。


「じゃあ、今日はここにしようか」

「うん。でも毎日やっても恥ずかしいなあ・・・」

「アンタは居るだけじゃない。文句言う暇にやるよ!」


 アタシは渋谷のスクランブル交差点のど真ん中にビールケースをひっくり返して置いたさ。


 とっ、って飛び乗って・・・


「ハロー!渋谷ベイベー!」


 肩からハンディタイプのアンプ搭載スピーカーをぶら下げて有線でプラグ・インしたマイクでがなり立てる。


「ヘーイ!アタシが左手に携えてるのが何だか分かるかーい!」


 ちらっと楠人を見ると・・・完全に他人のフリしやがって。まあ、アタシの仕事だからね。


「アタシが持ってんのは、小説だっ!ここに書かれてるのはねえ、世の中のイザコザを無くす方法だよっ!ほれほれえ・・・みんな、仕事やら学校での嫌なことやらを解決した上で彼女やら彼氏やらとイチャイチャペロペロしたいでしょぉー?」

「和盆ちゃん!」

「おっとお。じゃあ真面目に少し中身を紹介するね。朗読 by 和盆!」


 アタシは適当にページをだーっ、と繰って、パッ、って開いたさ。


「えー『裸電球の明るすぎる光がまだ翡翠の足指の姿を映し出していたので賢人が鑑賞するには事足りた。賢人が指の間や外反母趾の辺りや足首をさするのとまったく関係なく翡翠は寝息をたてて熟睡し始めた』」

「ちょっとちょっと和盆ちゃん!」

「なんだよ、楠人」

「センシティブな部分しか朗読してないよ!ほら、みんなドン引きしてる」

「嘘だぁあ〜。みんな内心喜んでるクセにぃ〜。この、むっつりスケベ!」


 アタシはこういう会話をすべて拡声器でやってんだよね。だからね。


「こらぁー!またお前らかあー!」

「ほら来たよ。ややこしいのが」


 アタシたちを目の敵にする刑事なんだけどさあ。デジベー、っていう名前なんだ。え?どんな漢字かって?知らないよ、『出痔兵衛』とかじゃないの?


「くぉらあ!和盆!」

「デジベー。アタシたち何か悪いことした?」

「民衆を扇動した」

「デジベー警部、それは違いますよ」

「なにが違うんだ楠人」

「ほら。扇動どころか、ドン引きしてみんな整然とスクランブル交差点を横断してますよ」

「く・・・ならば『ワイセツ物陳列罪』だ!」

「なぁにがワイセツなのよ」

「和盆のその切れ込んだショートパンツ!ヘソ出しのタンクトップ!」

「ついでに足のペディキュアの色もやらしいって?」

「お、おお!そうだな!足指もやらしい!」

「きゃあっ!」

「な、なんだ!?」

「この警察の人、アタシにセクハラするんです!」

「な、なにを・・・」

「誰か!早く警察に通報して!」

「えーい、俺がその警察だろうが!」

「あ、UFO!」

「えっ」

「逃げるよ!楠人!」


 ああ。今日もやっちゃったな・・・


「ここならもう追って来ないよね」

「和盆ちゃ〜ん」

「な、なーによ」

「こんな辻説法みたいなやり方じゃなくてさ、もっとこうSNS使ったりして効果的に宣伝しようよー」

「やなのよ、SNSとか。だって全く面識ない人から『小説読んで!』とかDM入ったら嫌じゃない?」

「え・・・まあ」

「それに勝手に小説フォローされてSNSのアカウントもフォローされてしょうがないからフォローバックして、じゃあ相手の小説も読んであげた方がいいのかなって思って読んでみたら面白くなかったからコメントも評価もしないでいたら向こうの方がSNSのフォロー外しちゃったりとかさ。アタシは一旦自分の意思でフォローした以上エログロツイートとかされない限りは外さないようにしてるからさ。なんかその人が人気者でアタシがぼっちみたいな構図になっちゃってさ」

「やたら具体例が詳細だけど和盆ちゃん経験あるの?」

「いや、ないないない!い、一般論だよぉー」

「はあ・・・でもこのままじゃ永遠に『物語』は浮上できないよ」

「そうだねえ。よし!じゃあ、テコ入れしよっか!」

「テコ入れ?」

「オーダーの発注元にご意見を伺いに行くのさ」


 アタシたちは世界一の名馬、白兎に2ケツしていわばこの世の施工主さまのところへお邪魔したのさ。まあ、十万里離れてるからさすがの白兎も疲労困憊したろうけどね。


「和盆ちゃん。タカマガハラに着いた時からなんか動きが変だよ」

「う、うるさいなあ。さすがのアタシも緊張してんだよ」

「あ、おいでになられたよ」


 おお。

 いつ見ても清廉そもののお姿だなあ・・・


「ここここ、こんにちはっ!女神さま!ごごごごきききききゴキゴキ・・・」

「ほほほ。落ち着きなさい」

「ごっ、ご機嫌麗しゅう!」

「ありがとう、和盆。楠人もご苦労様」

「ありがとうございます」

「して。今日はわざわざ何の用じゃ?」

「はい。実は『物語』の拡散が思うように進んでいなくて・・・」

「ほう。まことか」

「も、申し訳ありません!アタシの不徳の致すところですぅ!」

「ほほ。まあ頭を上げなさい。和盆、そなたも楠人もよくやってくれていますよ」

「ですが、一向に結果が」

「ふむう」

「SNSなどを使ってみようかとも思っているのですが」

「楠人。わらわは魂浮遊他愛コンピューターには疎くてのう・・・」

「(女神さま、当て字が滅茶苦茶です)そ、そうですか。ではなにか古道の中にお知恵はないでしょうか」

「ふむ。そうじゃ!和盆」

「は、はい」

「そなたの色仕掛けでオとせばどうじゃ!」

「め、女神さま、これでも足りないと・・・?」

「ふうむ。確かに既に目のやり場に困る破廉恥さじゃのう・・・いっそのこと水着の方が健康的で露出も多く、目を引くのではないか?」

「あの。女神さま」

「なんじゃ楠人」

「本当に『物語』は浮上できるんでしょうか?」

「させねば困るのじゃ」

「ですが、和盆ちゃんが小学生の頃から今の今までかかって何も起こっていないんですよ?もう、埋もれてこのまま消えていく物語なんじゃないですか・・・」

「愚か者っ!」

「うわ!すいません、すいません、すいませんっ!」

「おお、すまぬ楠人。わらわもつい声が張ってしもうた。じゃがあの『物語』に書いてあることはのう、すべて人間が赤子の内にできてしまっていなくてはならんことばかりなのじゃ。曰く、『嘘をついてはいけません』。曰く、『弱い人を助けましょう』。曰く、『卑怯なことはやめましょう』。こういう0歳児であろうと性根に刻んでおるべきことができとらんだろう?あの物語はそれを忘れたひとたちに『ねじ込む』力があるのじゃ」

「わかりました。弱音はもう吐きません」

「おお、それでこそわらわが和盆の許嫁いいなづけとして側に仕えさせた楠人じゃ」

「は、は、はあい・・・」

「女神さま。それは置いておいて・・・アタシはこの後どう動けば?」

「案じずともよい」

「はい?」

「実は今少し気にかけておる案件があるのじゃが、まもなくそなたらのおる地上にイベントが起こるであろう。それが起死回生の一撃になるやもしれぬ」

「起死」「回生の」「一」「撃」

「ほれ。特殊効果でカッコつけずともよい。楽しみに待っておれ」


 女神さまの言葉を胸にアタシらは街に戻った。ところが・・・


「和盆ちゃん」

「なんだ、楠人」

「全然一撃来ないね」

「もうすぐだろう」

「和盆ちゃん!そう言ってもう随分たつよ?忘れてんじゃないかなあ」

「女神さまがか!?もし仮にそうだったとして楠人は言えるのか!?『早くしてください』と!」

「い・・・言えない」

「そうだろうが。なら待つしかないだろ?」


 戻って来てからアタシらは待っている日を数えたのさ。数える間他にどうしようもないからさ、やっぱり街のど真ん中に立って辻説法まがいのことやってさ。


 一日。

 二日。

 三日。

 四日。

 五日。

 六日。

 七日。


 まだ、足りないんだね。ならば、繰り返すだけさ。より激しさを増して。

 アタシと楠人は一日の内の辻説法の頻度を更に上げて、朝日が出る前から辻説法パフォーマンスの場所を確保し、日の出と同時に開催した。そしてデジベーたちに追っ払われたらまた移動してアタシはビールケースやらその辺の道路の縁石の上やらに登って熱弁を振るったさ。けれどもアタシらを単なる中二病の異端と見る目は厳しさを増して行ってさあ。

 もう、なんていうか辛かったね。


 子供から石を投げられた。

 老人から杖で突つかれた。

 ビッチと罵られ。

 外道と嘲られた。

 アタシらの歩く前には画鋲が巻かれ。

 過ぎた後ろには塩がまかれた。

 モールの二階から唾を頭頂に垂らされ。

 寒空の下、水道水だけで頭を洗った。

 試供本を破り散らされ。

 別のプリーチャーまがいから論戦を挑まれた。

 丁重に断ると『詭弁野郎めが!』と怒鳴られた。

 わたしは女だから野郎ではないんだけど、わたしも『このインケツ野郎!』と野郎みたいな汚い言葉を投げつけて一目散で逃げた。


 そんなこんなで二週間経ち、まだどうしても足りないのかと更にストリートに立った。

 そうしてアタシらがバンドたちがストリートに立つみたいにして三週間、3×7=21日間に満ちた。


「あれ?」

「なになに、『日食』?」

「日食っていったって・・・真っ暗だぞ?皆既日食か?」


 ニュースだろうがSNS上の個々人の情報だろうが風の噂だろうが後ろ指差すような陰口だろうがありとあらゆる全世界の情報網と言われるものに微塵も予兆も示されず、いきなり起こったのさ。


 白昼のほぼ正午の時間、太陽が消えた。


「和盆ちゃん。まさか、これが女神さまの『一撃』?」

「うーん。女神さまがこんなみんなが大迷惑するようなことをなさるかなあ?」

「和盆ちゃん。本当に真っ暗だよ」

「でもいいんじゃない?街の照明もとりあえずいつもどおり点いてるし。別に夜になったって思えば」


 アタシは別にずうっと夜でもいいのかと思ったけどよく考えたら人間以外も大弱りだろう。


 大体植物は光合成ってやつができなくなるだろう。

 光合成ができないってことは、酸素が供給されないってことかな?

 じゃあ、人類は滅びる?


「和盆ちゃん。人類がどうとかどころじゃなくって、生命全部死滅だよ」

「ほんとだな・・・それはそうと何で真っ暗になったんだろう?お日さまが消えるってことは、ほんとに無くなった?」

「女神さまが居られなくなったってこと?」


『和盆、楠人よ。聞こえるかの?』

「女神さまっ!?」

『ほほ。わらわは今そなたらの鼓膜を空気の振動を使わずに揺らしておるのじゃ。まあ以心伝心のリアルバージョンじゃな』

「す、すごいですね・・・ところで女神さま。どうしていきなり夜のようにこの世が真っ暗になったんですか?」

『和盆。最近変わった神が一柱建っての。ベールの神というのじゃ』

「ベールの神さま、ですか?」

『うむ。悪気はないのじゃが宇宙空間を彷徨っての。それこそまるで大風呂敷を広げるようにすっぽりと天体をくるんでしまうのじゃ』

「あ!それでは!」

『そうじゃ。わらわが姿を隠したのではなく、そなたらの地球がまるまるすっぽりと覆われておるのじゃ。わらわはベールの神が3×7=21日後に地球に到達することを感じてはおったのだ。軌道を逸らすよう説得もしてみたのだがまだほんの赤子での・・・駄々っ子のように言うこと聞かず悪戯しに行ってしもうたのじゃ』

「それを『一撃』とおっしゃっておられたんですね。でもまあまだ赤ちゃんの神さまならなんだかかわいらしい感じですね」

『和盆。ベールの神にとってはほんの悪戯じゃが、わらわの光だけでなく月の引力等も遮られるのじゃぞ』

「えっ。そうなんでございますか?」

『そうじゃ。そなたは学校教育というものは受けておらぬだろうが、日の光とそして月の夜露とがないと地上の様々な秩序が保てぬことは分かっておろう』

「はい。日はすべての生命を温め励まし、月は慈悲溢れる夜露でもって人々をそっと慰める・・・科学者は潮の満干等も論文で後付けするんでしょうけど、詩人たちは直感の最短距離で悟ってそれを歌にします」

『学校行かずともそなたは賢いのう。だからこそ考えてご覧?早くしないと天変地異が起こるぞえ』


 事実、日本の沿岸という沿岸で異常な潮位の上昇が観測されていることがスクランブル交差点のでっかいモニターに映し出されてる。


「女神さま。どうすればよいのでしょうか?」

いぶしてみるしかないであろう』

「燻す?煙でですか?」

『そうじゃ。ちょうど和盆がおる場所の上空がベールの鼻の辺りじゃ。燻して成層圏におられぬようにするのじゃ』

「で、でも、どうやって燻せばよいのでしょう?」

『すまぬ。これ以上わらわが和盆たちに知恵の念を送ったらベールに感づかれて拗ねて何をしでかすか分からぬ。方法はそなたらで考えておくれ』

「はい・・・わかりました」

『それでもどうにもならなんだらわらわを呼んでおくれ。『最後の手段』を取ろうゆえ』


 さて・・・

 煙ってことは何かを燃やさないといけないんだな。


「楠人。その昔、世を救うために自らの体に火を点し、まるでローソクのように人々を照らした人が居ったそうな」

「ちょっと待って。もしかして僕に燃えろと言ってるの?」

「永遠に語り継ぐよ、楠人」

「和盆ちゃんは僕が居なくなってもそれでも平気なのっ!?」

「いや・・・」

「ずうっと一緒に、それこそ子供の頃から毎日ふたりで頑張ってきたのに!」

「平気なわけ、ないよ・・・」

「えっ」

「楠人が居なくなったら、この世を救ったって意味ない」

「和盆ちゃん・・・」

「楠人・・・・・」


 ああ・・・

 楠人との初めての・・・


「って今ここでラブコメやってどうする!?楠人!なんか燃やすものないのっ!?」

「えとえとえとえーと。あっ!!」

「何!?」

「試供本!」


 楠人は大慌てでコインパーキングのところまで走って行って、そこに駐めてあったリヤカーを引っ張ってきたけど・・・ええっ?


「楠人。それなに」

「だから、試供本」

「何冊あるの」

「えーとね。5,000冊」

「バッカじゃないの!?なんでそんなに在庫があるのよ!また製本所に発注ミスしたんだね!?」

「はは。オーダー画面で50冊のつもりが5,000冊って入力しちゃって」


 この際しょうがない。それに安い紙使ってるからよく燃えそうだし。


「はいはいごめんなすって」


 アタシらは暗くなったスクランブル交差点そのものをまるで陰陽師の映像で見るような魔法陣みたいなものに見立ててそこに『物語』の試供本を積み重ねた。


「こらあ、和盆!」

「あ。デジベー。こんにちは、いや、こんばんはかな?」

「和盆、何する気だ」

「この本を燃やすの」

「な、なんだと?処理に困って燃やすのか?許可は取ったのか!?」

「滅びるんだよ地球が!!!」

「あ、ああん?」

「デジベーの奥さんも子供もみんな死んじゃうんだよ!!それでもいいの!?」

「きょ、許可する」


 我ながら迫力だけで押し切る能力は高まったなあ・・・けど、物語は全然プロモーションできなかったけどね。


「和盆ちゃん!点火するよ!」

「うん。景気良くやりな!」


 楠人がマッチで火を点す。

 よっぽど軽い本だったんだなあ。メラメラとよく燃えるよ。

 ふっ。アタシの言葉には全く耳を貸さなかった人たちも、焚き火には集まってくるんだね。


「あったかいね」

「うん、あったかい」


 恋人同士かな?

 まあこんな本でも暖を取ってもらえたんならそれでよしかな。


「すごいなあ」

「なに、楠人」

「ほんとに天まで届きそうだよ。煙が」

「ふっ。バカと煙は高いところに昇るってそのまんまなんじゃないの」


 細い煙だなあ。

 豪快さ、ってモンがないよ。


 アタシらはまるでティッシュで作ったこよりみたいな細い細いとんがった煙をずうっと見上げてた。


「和盆ちゃん。届いたかな」

「さあ。どうだろうね」


 ガハ!ゲヘ!ゴホ!ゲホ!


「雷だ!!」


 野次馬の中の誰かがそう叫んだ。

 確かに他の人たちにはそう聞こえたんだろう。

 アタシと楠人にははっきりとベールの咳き込む大声が聞こえたけどね。


「あ、和盆ちゃん、見て!」


 楠人の声で完全に空の真上を見上げたアタシと楠人は、古い設備しかない教室でフィルムを上映する時に使う黒の暗幕のような布のものすごく大きいやつが、排水溝に一気に、シュルン、と吸い込まれるみたいにして消えるのを目撃したよ。


 わああああーーーっ!


 野次馬さんたちが大歓声あげてる。

 楠人もはしゃいでる。


「和盆ちゃん!お日さまだよ!明るくなったよ!」


 かーわいい奴だなあ。


 喉元過ぎればなんとやらで感激していた街の人たちも1時間後には買い物やら買い食いやらで自分の用事に没頭してる。アタシらは本の燃えカスを片付け始めた。


「和盆ちゃん」

「なに」

「結局『物語』のプロモーションにならなかったね」

「いいんじゃないの?物語の目的が世を救うことなんだから」

「そういえば女神さまがおっしゃってた『最後の手段』てなんなんだろ」

「さあ・・・もしかしたらアタシらが苦しんで死ぬ前に一瞬にしてラクに生命全部消滅させる・・・なーんてね」

「違うよ、和盆ちゃん」

「うん」

「きっと僕らが想像もつかない大逆転の救いだよ」

「そうだね」


 試供本も全部燃えちゃったし。

 じゃあ、アタシがなんか書いてみるかな。






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