第80話 赤い悪魔

「……と、いう訳で、ムニンの歓迎会を開こうと思うんです。カラスは雑食なので、アオイさんも食べられるように玉ねぎとチョコ、あとは鶏肉を避けて何かごちそうを作ってくださいませんか?」


「…………マリー様。あまり、こういう事を言いたくはないのですが……」


 シェルさんにご相談していた所、シェルさんはいつもなら笑顔で乗ってくださるはずですが、今日は何故か浮かない顔です。


「動物的な勘といいますか……あのトカゲも、犬も解っていて、あえてあの……カラスには近寄らないようにしています。あれは……いけません。もてなしてはならない、と思います……。未来に、貴女は必ずあれを受け容れた事を後悔する、そんな事が起こるような気がして……」


 なるほど、アニマルの皆さんが避けていたのはそういった理由だったのですね。


 しかし、勘でお客様をおもてなししないのは如何な物でしょう。今の所(私が嫌味を言われる位で)実害はありませんし、日々のお祈りでクリス神様とお話している感じでは、作戦が動き出すまであと少しです。


 そうなればムニンには必ず協力してもらう事になりますし、何せまだ、(私が嫌味を言われる位で)実害はありません。


 私が嫌味を言われている、と知ったらシェルさんは大激怒してその日の内にカラスの丸焼きが夕飯に出てきそうなので言っていませんが。というかアオイさんは初日の嫌味を聞いていましたが、不愉快そうな顔はしてもムニンに関わろうとはしませんでした。それほど何か嫌な気配というものをムニンは発しているのでしょうか。


 自分もだいぶアニマル寄りになったと思っていたのですが、勘違いでしょうか……?


「では、私とムニンだけでいただきます。給仕しなくていいように……あぁ、スープとハンバーグ、ライスを出してもらえたら」


「……わかりました。主人はあなたですから」


 そう言ってシェルさんが用意してくれる事だけは同意してくださいましたので、私は来客をもてなすために自分もめかしこみました。


 夜会以来ですかね、ドレスを着てお化粧をするのは。前世はスッピンが基本でしたが、今世は侯爵令嬢として化粧が当たり前だったなんて皮肉なものです。


 まだスッピンでも全然若々しくて可愛い顔なのに、たぶんただ追放されていたら泣き暮らして早々に老いて亡くなっていたんでしょうね。追放って実質死刑な気もします。転生ボーナスが無ければ私は今頃……、怖いことを考えるのはやめましょう。


 晩餐の席に降りていくと既にムニンがいました。人の格好で、サラマイーツ王国の正装姿です。私も正装なので、特に嫌味もいわれません。


「私一人での歓迎になってごめんなさいね。ムニン、あなたを歓迎するわ。食べましょう」


「ふふ。えぇ、いただきま……ッ?!」


 和やかに食事を始めようとした途端、ムニンが皿を見て固まりました。


 晩餐のメニューはハンバーグにスープにライスという普通のもの。おや? このカラス、何か食べられない物でもあったかな?


「赤い……悪魔……!」


 なるほど、付け合わせのキャロットグラッセですね。ムニンの弱点が分かって私は思わず笑みを深くしました。


「正式なお客様ですもの、もちろん、全て食べてくださいますよね?」


「……っ!!」


 私に言った嫌味が仇となってムニンは言い返せません。やーい、ちょっといい気味だ!


 とはいえ、本当に客人としてもてなされる時には残さず手をつけるのが礼儀です。子供では無いのでね。アレルギーなどがある場合は事前に伝えるのもマナーですが、彼の場合は単なる好き嫌いでしょう。


「いただきます。さぁ、遠慮なさらず、どうぞ?」


 私は思わず満面の笑みになってしまうのを抑え切れずにムニンに勧めます。


 まずは無難にハンバーグとライスから食べ始めました。遅延した所で皿の上からは消えませんよ。


 私も三角食べというか、まぁ普通に美味しく食べています。シェルさんの料理は今日も美味しいなぁ。ふふふ。


 ここ数日の嫌味の数々がスパイスになって、ぶすくれた顔で嫌そうに食べるムニンの顔が本当に可愛いですね。さぁて、そろそろ追い討ちでもかけようかしら……。


 と、思ったらついに皿の上の人参以外を食べ終えてしまったムニンが食器を持った手を震わせています。


 おや? と思ったら、泣いてしまいました。そんなに嫌か人参。


「……これ、だけは……どうしても……」


「あら、まぁ。そんな事を言わずに。新鮮な人参をきちんと料理してありますよ? ちゃんと美味しいです、ほら」


 ふふふ、いいぞいいぞ……、と思っていましたが、なんだか小さい子をただ泣かせているみたいになってきてしまいました。


 普段スカして気取って格好つけて嫌味をいうムニンが少しばかり可哀想になってきます。


 この甘さがクリス神様およびアニマルズに心配される所かもしれません。が、いじめたいわけじゃ無いんですよね。


 ため息を一つ吐いてムニンのそばに行った私は、彼からカトラリーを取り上げて、本当にごく小さくキャロットグラッセを切りました。


 さすがシェルさん。柔らかくとも形が崩れることはありません。いい仕事しています。


 それを、フォークで刺して、泣いているムニンの口元に近付けます。


「……また明日から嫌味を言っていですし、次からは人参は避けますから。ほら、今回だけ我慢して。はい、あーん」


「………………あーん」


 すごく小さく開けられた口の中に小さな欠片を入れると、ものすごく嫌そうに噛まずに飲み込みました。そして水の入ったグラスを一息で干します。


 本当に嫌いなんでしょうね。


「ちなみに、人参の何が嫌なんですか?」


「甘いのに苦いのが……嫌です……」


 お子様舌か。


 いい図体なんですけどねぇ。シャルルカン様のゆりかごにとまっていたという事はシャルルカン様と同い年かそれ以上。幻獣種なのにずっとお子様舌というのも……いえ、時の流れが止まっているような幻獣種だからかもしれませんね。


 泣いているムニンの顔をテーブルナプキンで拭ってあげて、一口食べたので許すことにしました。


「明日は好きなものにしましょう。リクエストは?」


「カルボナーラがいいです……」


 まだ涙目で鼻声ながらもちゃんとリクエストは出してきました。


 頭を撫でて宥め、今日は客間を用意してあるのでそこでおやすみなさいと言って、ムニンの歓迎会は終わりました。


 ……その後、私は彼の残したキャロットグラッセを食べました。農家の方々の丹精込めた野菜をシェルさんが料理してくださったのです。残すのはいけません。


 お皿を下げにきたシェルさんに、明日から私のおやつは人参のケーキなどをリクエストし、可能なら人参の抱き枕を作って欲しいとリクエストしました。


 嫌味は言っていいとは言いましたが、言われっぱなしで済ませる気はありませんからね。


 もちろん、もうムニンの食事に人参は出さないで欲しいことと、明日はカルボナーラを作って欲しいということも併せてお願いしましたよ。


 おもてなしは大事ですからね。少しでもこりてくれたら御の字です。




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追放エンドの悪役令嬢に転生しました〜嫌がらせで鍛えた調薬技術で楽しくやってます〜 真波潜 @siila

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