第79話 ムニン、この野郎

 今日は一先ず旅の疲れを取るためにお休み、という事でベランダのソファでクッションを抱いて薬草と花咲き乱れる庭園を眺めてぼうっとしていました。足元にはいつものようにアオイさんが寝そべっています。


「あら……どこに行っていたの?」


 ベランダの柵にどこにいっていたのか、ムニンがやってきました。


「いえ、どこと言う訳では無いのですが……暫く御厄介になるので、この家を見て回っていました。……で、この馬小屋が家でお間違いないですか?」


 ん?


 このカラス、涼しい顔(カラスなので表情は読み取れませんがたぶん涼しい顔でしょう)で、馬小屋呼ばわりしましたか?


「…………えぇ、この鉄柵で囲ってあるのが家で、あちらが家畜小屋、裏手の畑辺りまではこの家ですよ。家、です」


 気のせいかもしれませんが念のために強調して、家、と言っておきました。


 確かにギュスターヴ王国の私が住んでいた屋敷よりは小さいですけど、それなりに大きな家ですよ、ここ。客間もいくつもありますし、むしろシェルさんとブルーがいなければこの家は管理が行き届かない感じですよ?


「あぁ、そうなんですね、すみません。あまりにその……いえ、何でも。ところで、淑女がそのように膝を開いて座っているというのは如何な物でしょうね。あぁ、ここは貴女の家でしたね、お気になさらず。口も半開きでしたが……いえいえ、白い歯がこぼれそうでまぬ……可愛らしいお姿でしたよ」


 んん?


 シャルルカン様がおっしゃるには、悪戯が酷いのはフギンだったのでは? いえ、これ、悪戯では無いですね。嘘は無いです。


 なんだこの嫌味カラス。


「えぇ、私は今は貴族でも何でもありませんので。ぼうっとする時はぼうっとしますし、客人もなく家に居る時はくつろぎます。それが何か?」


 嫌味には開き直りが大事です。どうせ私の周りにいるのはアニマルズと、今は居ませんが使用人の鑑であり主人に口出ししないブルーのみ。ポールさんがいらっしゃる時はこんな間抜けな顔は晒しませんとも。えぇ。


「ふふふ、いえいえ、そう怒らないでください。本当の事をい……いえいえ。所で、私とフギンがどうしてこうやって離れ離れになって貴女についてきたか、お忘れではありませんよね?」


「? 円滑に、シャルルカン様と連絡を取り合う為だと伺っていますが」


「えぇ、私が見る物はフギンの目にも、フギンが見る物は私の目にも見えます。それを投影する事も可能です。つまり、まぁ……私の事は客人だと思った方がよろしいと思いますよ。えぇ、まだ、シャルルカン様は貴女のおくつろぎになっている姿は見ていませんけれど」


「?!」


 詳しい事を聞かなかった私の落ち度ではありますが、こ、このカラス性格が非常に悪いです……!!


 それって、今間抜けに空を見上げてぼうっとしていた姿なんかも、見ようと思えばシャルルカン様も見れたという訳で……。


 あ、アニマルの一種だと思って油断していました。私は急いで裾を直してきちんと座り直します。


「……本当にシャルルカン様はご覧になっていませんね?」


「えぇ、まぁ。今の所は」


 笑いを含んだ声で返してきます。ムニンでこれならばフギンの悪戯のひどさとはいったいどの程度の事だったのでしょう。確認する暇は無かったとはいえ、フギンとムニンについてしっかり聞いて置けばよかったと心から思います。


 その日から、ムニンと私のバトル(?)は始まりました。


 次の日の朝、着替え中に窓の外から唐突に声がしたと思えば……。


「おやおや、淑女として少々体型が……お腹周りが、ねぇ。その分胸についていればどれ程良かったでしょうか」


「着替え中の淑女の部屋を覗くものではございませんことよ? お客様」


「おや、失礼。カラスなので、窓から見えてしまうんですよ。見たくも無いんですがね」


「おほほほほほほほ、カーテンを厚手の物に変えておきますわ」


 不老不死とは言え、未だ花も恥じらう10代(心は30代以上)なので薄いカーテンは光を取り込むためにもつけていましたが、油断なりません。というか私の体型、そんなに太ってませんけど?! 日々魔力を使っているので甘い物は食べてますけど、別に下着の上にぜい肉が乗ったりしてませんけど?! 胸はともかく!


 また別の日には、調薬室から疲れた顔で出て来た私を見て……。


「おやおや、隈を隠す化粧もしないとは、身嗜みがなっていませんねぇ」


「いくらお客様がいるとはいえ、薬品を扱う所でのお化粧は避けておりますのよ」


「失礼、今まで働く女性は皆美しく顔を彩っておりましたもので……素朴でいいのではないでしょうか? えぇ、この家のように」


「おほほほほ、そういうのは王侯貴族の皆さまにお任せしたいと思っておりますの。花をめでたければどうぞ、あなたのお姿でしたらギュスターヴ王国のお城も目と鼻の先でしょう?」


「あぁ、これまた失礼。何せ今迄、王宮、で過ごしていたもので……そうでしたそうでした、ここは属国の辺境のさらに辺鄙な一軒家でしたね。望むべくもありませんでした、女性がいるとは言っても……ははは」


 あーー殴りたい! この嫌味を言っているのが協力者に仕える幻獣種のカラスじゃなかったら魔力全部を腕力に変換して思いっきり横っ面を殴り飛ばしたい!


 すっきりするだろうなぁー! ムニンこの野郎ー! って殴りかかって壁にびたんと張り付けにされる姿を見たらすごくスッキリするだろうなー!


 しかしそんなわけにもいかないので、私はおほほと笑って通り過ぎました。


 ムニンは嫌味は言うんですが、深追いはしてこないんですよね。決定的な事も(たぶん)言って来ないですし。


 もしかして……、彼、寂しいんじゃないでしょうか。そういえば何だかんだと忙しくしていたので……例の果物マニーバからの香油作りやそこに混ぜる殺虫剤の開発、村に卸す薬の製作やらで私は調薬室に籠り切り、他のアニマルズはムニンをよく思っていないのか積極的にかかわっていません。


 シャルルカン様のゆりかごに、フギンと共にとまっていて、それからずっとシャルルカン様とフギンと一緒でしたものね。一人こうして長い間離れる事に慣れていないのではないでしょうか。


 私もなんだかんだ精神年齢はいい大人です。イライラはしますが、嫌い、という訳ではありません。何故かアニマルの皆さんはムニンを嫌っているというか、避けているように見えますが……。


「ムニン、今夜の晩餐は人の姿で、一緒にとりましょう」


「はい?」


「あなた、いつも一人で裏の山で狩りをしているでしょう。今日は美味しい温かい物を一緒に食べますよ。来てくださいね、お客様」


 ムニンは答えませんでしたが、私は来る予感がしていました。


 さて、シェルさんに今夜の晩餐……もとい、ムニン歓迎会のご相談に向かいますか。

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