借金地獄変

電咲響子

借金地獄変

△▼1△▼


 どうしてこうなったのだろう。


 初めは軽い気持ちで手を出した。公営ギャンブル、すなわち競馬競輪競艇に手を出した。

 それ以前はパチスロをやっていたが、すぐ飽きた。しょせん機械だ。生の人間が競り合う興奮には勝てない。


 そして俺は借金まみれになった。


△▼2△▼


「おはよう。体調はどう?」

「ああ、快調だ。それより健一郎はどうした」

「朝練があるからもう登校したわ。本当にプロ野球選手になるかもね」


 妻はけらけらと笑う。


 俺は内心、悪態をついた。何がプロ野球選手だ。そんなものは夢だ。叶わぬ夢だ。健一郎には堅実な道を歩んでほしい。俺が安定した企業に就職したように。


「そうか。じゃあ仕事に行ってくる」

「いってらっしゃい」


△▼3△▼


 …………? なんだこれは。

 体を動かそうとするも、ぎしぎしと音が鳴り響くだけ。


 俺は椅子に縛りつけられていた。なんだこれは。

 自宅から出て、会社に向かって、それから。それからどうした? 記憶が曖昧だ。俺は拉致され、監禁され、拘束されている。しかし解せない。身代金目当てなら息子を狙うはずだ。


 周囲を見渡す。コンクリート打ちっぱなしの壁が四方を囲んでいた。


「やあ、おはよう。よく眠れたかな」


 目の前に設置されたテレビが映り、仮面の男がしゃべる。


「おい仮面野郎。こっちからも声は通るのか?」

「ん? もちろん。自由に質問していいよ」

「そうかい。なら俺のこの現状について詳しく話せ! こんなことしてタダで済むと思ってんのか!」

「うるさいなあ。耳が壊れるよ。……さて。あなたの疑問に答えよう。当然これは違法行為だ。が、バレなければ問題はない。そしてあなたは、自身が受けた仕打ちを警察に届けることはできない。なぜなら」


 仮面の男が動き、カメラが新たな被写体を映す。俺の妻と息子の姿を映す。


「こういうことです。人質ですよ。あなたが要求をまなければ、あなたの妻と息子は死にます」

「ふざけんなよ…… 狙うならもっと金持ちがいるだろうが! なんで俺なんだ!」

「私の要求はシンプルです。現金を用意してもらいたい。もちろん、あなたの懐具合ふところぐあいは承知しております。簡単なことです。お金がないなら調のです。わかりますね? それでは詳細は手紙にて」


 俺は全身に冷や汗をかいていた。あの映像は確かに俺の妻と息子だ。妻はどうでもいいが、息子は助けなければ。

 いつの間にか拘束をとかれていた俺は、足元に置かれた手紙を拾って読む。


『妻子解放の条件は現金一千万円。だが、手持ちがない場合に備えて現金獲得方法を示しておく。明日の午後二時三十分、角読銀行XX支店にてベンチャー企業の社長がカネをおろす。その額、ちょうど一千万円。疑問は持つな。お前はただそいつを襲えばいい』


△▼4△▼


 翌日の午後二時。俺は指示通り銀行の近くで様子をうかがう。

 午後二時二十五分、という出で立ちの男が銀行に入って行った。が、別人の可能性もある。慎重に、慎重に。


 しばらくしてそいつが出てきた。カネが満載されているはずのバッグを持って。


 今だ!


 ――俺はそいつを鈍器で殴り殺し、現金一千万円を奪った。


△▼5△▼


「どうだ! 約束通りカネは盗ったぞ! これで俺の妻と息子を」


 俺はに戻り、モニターに向かって叫ぶ。


「解放してくれるんだろうな!」


 画面内の仮面の男がしゃべる。


「ご苦労様。まさか本当にやってくれるとは、ね。ああ、約束通り解放しよう。この世から」


 ……あ?

 カメラが降下する。そこに映っていたのは、妻と、息子の、死体。


「ははは! いいね、その表情! これからあなたは逮捕され、刑務所のなかで暮らすことになる。無駄な努力だったね。さようなら」


 映像はそこで途切れた。

 俺の人生も今途切れた。


 何もかもを失った俺はビルの屋上から飛び降りた。


△▼6△▼


「夫の保険金が出ました。ノイローゼによる自殺と判断されました」

「それはよかった。万々歳ですね」

「でも…… 息子になんと言えば」

「真実を語る必要はない。父は借金を苦にして自殺した。それだけ話せば充分でしょう」

「そうですか。私にとって、息子が最も大切な存在で、賭博狂いの夫が邪魔で、でも一時は愛し愛された仲で」

「罪悪感をお持ちですか? それが正常です。あなたとあなたの息子さんは、真っ当な人生を歩んでください」

「……ありがとうございました」


<了>

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借金地獄変 電咲響子 @kyokodenzaki

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