たなか農場は異世界最高のテーマパークである!(終)
思えば子供のころからなにかの最先端になったことはないなあ。運動会も後ろから数えたほうが早かったし、勉強だってテストの成績は上の中くらいだった。画伯だし、文芸部の部誌に寄稿した原稿だっていつも後ろから三番目くらいの微妙な位置取りだった。
それがいま世界の最先端にいる。
現実世界に例えれば、NASAの開発トップみたいなもんだ。そういや東大に行った友達は確かNASAに就職したんじゃなかったか。
いま僕は、価値基準と照らし合わせるなら、あのNASAに行ったやつよりすごいのだ。
変な自信が湧いてきてガッツポーズをして、そこから思わず踊り出したところを、アレーアに見つかった。う、変な人だと思われた。
「稔さん、なにやってんの」
「い、いやこれはその。ええと、喜びの踊り」
「踊るんなら歌が必要だっぺ。ギテトならいくらでも歌えるよ」
「え、ええと、とりあえずいらない」
いらないと言ったのにアレーアは透き通るような声でギテトを歌い始めた。しょうがないので踊りを続行する。
「ドラゴンが来た 人が来た たなか農場はとこしえに」
……とこしえに。
つまり僕は嫁を貰って、子供を作らねばならんということか。たとえば……アレーアと。
思いっきり鼻血を噴いてしまった。
「うわ! 稔さんどうしたのけ!」
「な、なんでもない! なんでもないんだ!」
あわてふためく。鼻をちり紙――ティッシュペーパーはとうの昔に切れているので、この世界で作られている、ちょっとゴワゴワしたやつ――で押さえた。アレーアが背中をたたいてくれる。
「なんか卑猥なこと考えたんだっぺ」
「ちちちち違うよ!」
「嘘くさいねー。稔さんはそういうことをごまかすの、へたくそだもんねえ」
「ちちちち違うってば!」
アレーアにスケベ扱いされ、げんなりしてから、鼻血が停まったのを確認して寝た。ああびっくりした。アレーアを嫁にする妄想だけでこんな鼻血を噴くとは軟弱な。
でも、アレーアは可愛いと素直に思っているのだと、自分についてそう思った。
アレーア……。
翌朝、ニワトリの声でたたき起こされ、一日が始まった。いつも通り牛舎や鶏舎で仕事をし、馬たちに飼い葉を与え、ドラゴン――えいじにも岩を食べさせた。
ドラゴンといってもまったくもって気性は大人しく、コロのほうが凶暴に思えるほどだ。
その日も父さんは街に向かい、たくさんのお客さんを乗せて戻ってきた。
――ん?
なんだかどこかで見た人がいるぞ。金髪の美男子と美女が、庶民の服なのにそう見えない質のいい服を着て、優雅に笑っている。
僕はいつも通りイチゴ牛乳スタンドでイチゴ牛乳をつくり、飲みたい人を待った。たくさんの人が行列して、金髪のカップルも並んでいる。
ちょうど金髪のカップルの分で、イチゴ牛乳は終わった。
「おいしいな」
「ええ。おいしいですわ」
庶民にしては優雅な口調。もしかして貴族か何かか。しばらく顔を見て考えて、恐ろしい可能性にぶち当たった。
この二人、レオ帝陛下とローサ皇后ではないか。
それに気付いたとたん膝が震え出した。
「ようやっと思い出したようだな」
レオ帝陛下はいたずらっぽくそう笑い、おいしそうにイチゴ牛乳を飲んだ。空いたグラスを受け取り流しに並べる。
イーソルの皇帝ご夫妻は、楽しそうにドラゴンに餌をやったり、野菜の育つ様子を見たり、それからイチゴ狩りを楽しまれた。完全にニュース番組の天皇皇后両陛下状態だが、実質天皇皇后両陛下みたいに尊い方々である。アレーアがぞんざいに扱うのを見て、肝をつぶした。
どうやらレオ帝陛下とローサ皇后は、ぞんざいに扱われるのも面白いらしく、歌姫のライブにも参加して盛り上がられて、夕方の馬車で庶民と同じように帰られた。
ヤバい。語彙力が死滅しているが、とにかくヤバい。首が飛ばないだろうか。明日、僕らの首は胴体につながっているだろうか。
夕飯のルサルカをもぐもぐしつつ、
「きょう金髪のすごくきれいなカップルいたでしょ」
と、そういうとアレーアが、
「そんなのいたっけ?」
と、これまた不敬罪で捕まりそうなことを言いだした。
「いたんだよとにかく。庶民の服にしてはきれいなのを着てて、すっげー麗しい男女が。あの二人、レオ帝陛下とローサ皇后だ。お忍びで来られたんだ」
「ほぇっ」
「もがっ」
「はひっ」
「ふぁっ」
「ええっ」
みんなびっくりして声をあげる。全員、そんなお客がいたことにまるで気付いていなかったらしく、顔を見合わせてそんなお客いたっけ、という話になっている。
「いたんだってば。あわわ……どうする、これから兵隊が乗り込んできて不敬罪で捕まったら」
「でもまあ、不敬罪で捕まって、農地で働かされることになっても今と変わらんからな」
父さんの言う通りなのであった。なんとシンプルなことか。
「でもだよ。捕まるくらいならとにかく死刑にされたらどうするのさ」
「俺らはもう死んでるだろ。いやアレーアとノクシは生きてるか。ハハッ」
父さんはアメリカのねずみみたいな笑い方をして、それからあくびをした。いや確かに、僕らは死んでいるのだけれども……。
とりあえずみんなそれぞれ寝ることにした。翌朝ニワトリに起こされて、僕は首が胴体につながっているのを確認した。いつも通りの農場の仕事をする。平和だ。朝日が昇り切るころ朝の仕事が一段落して、父さんは街に出かけた。
きょうもたくさんのお客さんを馬車に乗せて、父さんが戻ってきた。そして僕にノイ曙光新聞とノイスポを渡した。ノイスポは一面にでかでかと「レオ帝陛下とローサ皇后、お忍びでたなか農場!」の文字が躍っていた。いやスキャンダルとかじゃなくてちゃんと夫婦だから。これすっぱ抜いてどうするのさ。そう思ってノイ曙光新聞も見てみると、こっちにはちゃんとした文章で、レオ帝陛下とローサ皇后のお忍び旅行のことがまとめられていた。
「観光農場であるたなか農場に足を運ばれ、流行りの産物を楽しまれた。農業こそ国の根幹であり、人間を育てるものだと両陛下は仰せられ、いままでの、農作業を囚人に行わせる仕組みを改革するつもりであるとも仰せられた。たなか農場はいま、このハバトの地、いや全世界で、もっとも素晴らしい農場であると言っても過言ではない」
じんわりと、嬉しかった。仕事が停まってしまったので、焦ってイチゴ牛乳を作る。お客さんたちは至って大人しく待っていてくださった。次々出すと次々飲まれていく。
僕らは現実世界では死んでいる。だけれどここに生きている。命尽きるまで、畑を、牛を、ニワトリを、馬を、愛そうと決めた。楽しい農業こそ、この世界が求めているものだ。
僕らは時代を、作るのである!
たなか農場ドラゴンを飼う 金澤流都 @kanezya
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