たなか農場に、ドラゴンがやってくる!

 その日から、観光にやってくる人たちは、

「ドラゴン飼うって本当かい?」

 とみな尋ねてくるようになった。その予定です、と答えると、

「じゃあそうなったらまた来るよ!」

 と、その人たちは明るく返事をするのであった。


 うれしい。僕らたなか農場の面々は楽しくせっせと働いた。農業監督署からもらってきた野菜の種も芽を出して、いい塩梅に育ってきた。僕らは心の底から百姓なので、なにかが育つことが嬉しい。ニコニコしながら畑に水をやった。ロラクも、野菜の育つ様子に興味津々で、


「農業というのはこんなに楽しいことだったのか。囚人にやらせるにはもったいないな」

 と言いだした。それを聞いていたノクシは笑顔で、

「農業は文明の鏡ですよ」

 と答えた。


 農業は文明の鏡。なんて素敵な言葉だろう。百姓でよかったとしみじみ思う。


 ロラクは、一週間の労務を終えて、ノイに帰っていった。その次の日のノイスポは、

「ロラク卿、たなか農場からノイに帰還」

 の字が、でかでかと並んでいた。ロラク卿のインタビューも載っている。

「たなか農場の人々は優れた技術を持ち、先進的な農業をしている。素晴らしいことだ。たなか農場はこれからも栄えよう。そしてその技術はハバトの地全体によい影響を与え、資源に乏しいハバトの地を一大観光地に変えうる。それを後押しするイルミエト公も、すばらしい統治者、首領である」

 それを読んで、僕はこの世界にやってきて本当に良かった、そう思った。


 日本にこの農場があったら、あっという間にじり貧になってつぶれていただろう。ハバトの地にやってきたから、僕らは生きていけるのだ。


 なんというか、現実世界だと冴えない童貞が、異世界ではモテモテ、みたいな感じだな。


 新聞を読んでいると、アレーアが覗き込んで、字を追い始めた。小さな子供がそうするように、一字一字追いかけて文章を読んでいる。

「資源てなんだっぺ?」

「んーと。例えば鉱山があって金属が採れるだとか、なにか特産の農作物があるとか……そういう、その土地で採れる、お金に変わるもの、ってことさ。決して資源が乏しいわけじゃないと思うんだけどなあ。燃える水だって採れるし」

「難しいことはあたしにはよくわかんないねえ。でもすごいねえ、政治をするひとは」

 アレーアが変な感心の仕方をしているのを苦笑しながら見る。いつも通り。なんの変化もなく、いつも通り。


 そしてついにドラゴンが運ばれてくる日になった。ノイのほうではなく、山道のほうを、馬の引く台車が降りてくる。台車の上には、捕獲され眠らされた状態のドラゴンが丸まっている。


 ドラゴンは、淡い空色と白で構成された美しい色合いで、つやつやと金属光沢を放っている。そっと近づいてこんこん叩いてみる。硬い。岩のごとく硬い。


 檻に移し、体を縛るロープをほどいてやる。まだ眠っている。

 心配でときどき様子を見に行っていると、ドラゴンは半日ほどして眼を覚ました。特に怯えたり暴れたりすることはなかった。至って大人しい。まだ子供だからだろうか。


 真っ青な瞳を僕らに向けて、ドラゴンは「きゅるる」と鳴いた。

 たなか農場の面々は、しばらくドラゴンをぼーっと見つめた。美しかった。


「すごいねえ。たなか農場の一大看板だねえ」

 アレーアがドラゴンをよしよしする。ドラゴンは甘えるような声を出して、猫のようにアレーアに懐いている。


 さっきまで寝ていたコロが唐突に起きて吠えだした。知らない生き物がいるのが怖いのだろう。ドラゴンもコロのバカでかい吠え声にビビっている。

「よしよしコロ吠えるな。静かに」

「うー、がるるるるる……」

 コロよ、お前そんな声も出るの。


 父さんはノイスポにドラゴンの記事を載せてもらいにいった。

 農場でいつもの仕事をしたあと、祖父ちゃんにドラゴンの名前を考えてもらうことになった。祖父ちゃんはこのたなか農場のゴッドファーザーだ。しばらく首をひねり、

「『えいじ』はどうだ」

 と言いだした。おお、カッコイイ名前。


 でも待てよ、それってもしかして、テレビに映っちゃいけない人からとった名前じゃないか。そう尋ねると、

「ドラゴンだべ? 中日ドラゴンズっつったらばんどう……」

「じいちゃんそれ以上言っちゃだめだ」

いや、ドラゴンはゆで玉子食べないから……。


 その日から僕の仕事がひとつ増えた。岩の採掘である。猫車を断崖のほうに持って行って、岩を取り出し積んで戻る。ドラゴンが一日で食べる岩の量はおよそ猫車一台分でいいようだ。そして、一部岩を細かく砕いて、


「ドラゴン餌やり体験 岩ひとかけ金貨一枚」

 の看板を出した。ちょっと吹っ掛け気味だが、これくらいでないと、大事なドラゴンに触らせるわけにいかない。


 ――次の日。ものすごい数のお客さんが押し寄せた。

 さぶろうとよしみの引く馬車に乗り切れなかった人たちは、ノイスポが提供してくれた、ロゴのでかでかと入ったノイスポの馬車でやってきた。ノイスポはどうやらたなか農場に出資したいらしい。


 人々はドラゴンに集まり、まじまじとドラゴンを見ている。

「イチゴ牛乳いかがっすかあー」


 声を張り上げると、おいしいものを食べたいという目的を思い出して、イチゴ牛乳スタンドにも行列ができた。あっという間に売り切れ、飲みそびれた人たちは牛乳を飲んでいった。


「ここの食べ物はおいしいねえ」

 人々はご機嫌で、たなか農場の食べ物を食べている。そりゃルサルカが常食のひとたちだ、たなか農場の食べ物がおいしくないはずがないのだ。


 百姓やっててよかったああああー!

 結局、この異世界転生は得しかなかった。いや寒いのは嫌だけど、続くと慣れるものだ。


 その日も無事閉園して、夕方の仕事をする。ロラク卿が抜けてしまってちょっとしんどい。人間は良くも悪くも慣れるものなのだなあ。そう思って、ふと牛舎を見渡すと、アレーアが仔牛をよしよししていた。仔牛はアレーアにすっかり懐いて、とてもかわいい顔でアレーアを見ている。仲良し、というやつだ。心が温かい。


 夕方の仕事のあと、父さんが街で買ってきたノイ曙光新聞を開いていた。普段、ノイスポばかり読んでいる父さんがなぜノイ曙光新聞を開いているのか。そう思っていると父さんは、すみっこの記事をつついて、

「これ読んでみろ」

 と僕に言った。読んでみると、ノイの錬金術ギルドの作った灯油で動く船が、イーソルのレオ帝に献上されたとある。レオ帝陛下はその船をいたく喜ばれたらしい。


「僕らの技術、ちゃんと役立ってたんだね」

「そりゃそうだ。俺達はこの世界の最先端だぞ」

 最先端。こんな百姓がねえ。


 日本では農業はきついし格好悪いということになっていた。だけれど僕らは、このハバトの地において、農業技術や科学技術の最先端を担っている。


 やっぱこれチートものの異世界転生じゃないか……。

 記事を見ていると、たなか農場式の牛の種付けが成功した、なんて記事もあって、なんだか偉くなった気分になる。最先端であるということがこんなに気持ちがいいなんて。

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