この作品、異世界転生ものですが、変わったところが一つ。
主人公が一人で転生するのではなく、家族が丸ごと。家族が住んでいた農場も一緒に異世界へやってきたという点です。
家族が一緒だからこその、実家感あふれるやり取りがなんだか微笑ましいです。
異世界へやってきた一家は、元の世界から持ち込んだいろんなものを使って観光農場を開きます。
イチゴやチーズで異世界の人たちの胃袋を掴み、みんなが遊びにくるテーマパークとなるのです。
異世界へ来てしまった以上、もう元のように買い出しには行けませんし、異世界には存在しないものもたくさんあります。
あれがないこれがない、これがもう切れてしまう、と言いながら新しい環境に適応しようとする一家の奮闘は、見ていて楽しかったです。
ある日発生した大地震によって、そこで暮らす一家丸ごと含めて異世界に転移してしまった観光農場『たなか農場』。
信じられない大事態のはずなのだが、もともと山奥でひっそりと経営したこともあってか、家族のみんなは妙にのんきである。お爺ちゃんはドラゴンをでかい熊みたいなのものだと言って撃ち落そうとするし、お母さんは朝ドラが見れなくなったことを嘆くし、お父さんはとりあえず牛乳を売る算段をつけるし、びっくりするぐらい全員マイペースなのだ。
そんなたなか農場の人々の生活感あふれる日常が本作の読みどころ。朝から鶏の声で起こされたり、牛の出産で慌てふためいたりと農家ならではの日常は異世界とは違った意味で新鮮な感じがする。
そうやってあくまでこれまでどおりの日常を続けようとする姿、現代知識を使って安易に無双したり大金持ちになろうとするのではなく、あくまで観光農場にお客さんを集めるために頑張る姿が実にいい。
もちろん商売を続ける上で様々な問題や困難が発生したりもするのだけど(何せこの世界では農業とは囚人の刑罰なのだ!)、それでも異世界で知恵を絞ってたくましく暮らしていく一家の姿は読んでいて元気が出て来ること請け合いだ!
(新作紹介 カクヨム金のたまご/文=柿崎 憲)