最終話

 その出来事からほどなくして、二人は駅前の大通りまでたどり着いた。

 朗は、お礼はいらないというしのぶを何とかなだめて、喫茶店で温かい飲み物を一緒に飲むことにした。

 朗が宿を出たのはまだ日も高い時刻だったが、いつしか日が西に傾く時刻になっていた。

「ごめんなさい、お礼なんて別にいらないのに、お茶まで御馳走になっちゃって……」

「いやいや、女の子に道案内をお願いしておいて、お茶の一杯もご馳走できないんじゃ男が廃るってもんだよ。今日はありがとうな、しのぶちゃん」

 すっかり恐縮してしまっているしのぶに、朗は努めて気楽そうにそう言った。

「でも、道案内なんて大したものじゃないですよ。おまけにあれこれいらないことを年上の人に説教するみたいに話しちゃって……」

「それも気にならないよ。むしろ、貴重な話が聞けて嬉しかった」

「本当ですか?」

「本当だよ」

 二人はそこで顔を見合わせて、ほぼ同じタイミングで微笑んだ。

「これでお別れというのも、何だか寂しいですね」

「そうだな。でも、今日のところは俺も帰らないといけないからしょうがない」

 朗は少し含みのある言い方をした。しのぶもそれに気がついて朗に言った。

「また、古森に遊びにくるんですか?」

「うん。まだまだ古森のことを知りたいしな。いつかここに暮らすにあたって」

「え・・・!?」

 しのぶは驚いたように朗の顔を見た。朗は小さく頷いた。

「うん。まだ具体的なことは何も決めてないけどね。でも、いつかはここで暮らしたいな、って思ってる」

「……もしかして、さっきの話を気にしているんですか?でも……」

しのぶが何か言おうとするのを手で制して、朗は小さく首を振った。

「うん、それは否定しないよ。でも、俺もちょっと将来のことで色々考えるとこがあったんだよな。このまま淡々と大学を卒業して、良い企業に就職して……なんて未来で、本当に良いのかって。自分のすべきことは他にあるんじゃないのかって」

「朗さん……」

「まぁ、ここで暮らして何をするかはまた考えないといけないけどさ。それでも、ここで暮らしてみたい気持ちはあるから、自分にできることの中で何か出来ればって思ってるよ」

 朗はしのぶの顔を見つめた。しのぶも朗のことを見つめている。二人共真剣だった。

「でも、その……それってもしかして……」

「君はここから離れられないんだろう?しのぶちゃん、いや、『道代の娘』さん」

 朗のその言葉に、しのぶは一度驚いて、それから少し寂しげに俯いた。

「……気付いちゃったんですね、やっぱり」

「ところどころで変だな、とは思ってたよ。高校生にしては考え方が妙に堅すぎるし、見た目は年下なのに、時々俺より全然年上っぽい話し方をするし、いやに街の歴史に詳しいし……自分でも飛躍し過ぎな解釈だとも思ったけど」

「最初にもお話しましたけど、最近は道に迷う人なんてほとんど見かけなくなりましたからね。だから、朗さんのことに気がついた時には出てこようかどうかちょっと迷いました。でも、本当に困っているならば助けないわけにもいかないなって思って」

「本当に、民話の通り、何の悪意もなく、人を助けてきたんだね」

「はい。私もどうしてそうしたいのか、実はよく分からないんですけど、でもそうしたいって気持ちが抑えられなくて、折に触れてこうやって人前に出て、それとなく皆さんのお手伝いをしてきたんです」

「まさに、古森の街とともに生きてきた精霊、か……」

「そんなにすごい存在でもないですよ」

朗の言葉にしのぶはちょっと照れくさそうに微笑んでみせたが、すぐに寂しげな表情になった。

「……でも、出来れば知らないままでいて欲しかったかな、って思います」

「やっぱり、もう会えなかったりするのかな?」

「……わかりません。今までそういう人が居なかったですから。それに、私は誰か一人のためじゃなくて、古森の地に生きている人たちのためにいるんだって、そう思ってましたから」

 そう言うしのぶの顔には、年輪を重ねた樹木のような厳かな趣が覗いていた。

 朗はそんなしのぶの顔をじっと見つめ、その手をとった。

「朗さん……!」

「今更しのぶちゃん、って呼ぶのも変かもしれないけど、俺、必ずここに戻ってくるよ。そして、いつかきっと、君にまた出会えるようにここで生きていくよ。今ここで約束する」

 朗は静かに、そして力強くそう宣言した。

 しのぶはその言葉をゆっくり、何度も反芻するかのように頷きながら聞いていた。

 そして、ゆっくりと顔を上げたとき、そこには可憐な一輪の花のような笑顔があった。

「……その時を、私も楽しみに待ってます、朗さん!」

「ああ」

二人の顔にも口調にも、迷いや恐れは全く無かった。


 こうして朗としのぶは最初の出会いと別れを終えた。

 しかし、二人はまたいずれ、どこかで出会うだろう。

 古森と呼ばれた、古の精霊が息づく街で。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

道代(みちしろ)の娘 緋那真意 @firry

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ