第4話 約束、覚えてる

 

「ねえ、お姉ちゃん。お姉ちゃんが絵を描き続けるのはなんで?」


 受賞作の応募を終えたばかりのあの時――

 わたしはずっと前から聞きたかったことを質問した。

 いったいどんな答えが返ってくるのかと、待ちわびた末に出された答えは。

 

「うーん、なんでだろうね?」


――――――――――――――――――――――――――――――――


 大学からの帰り道。

 すっかり日が落ちた藍色の空に白い息を溶かしながら、わたしはお姉ちゃんとの問答を思い返していた。


「なんでだろうって、なにさ」


 言いながら、たどり着いてしまったマンションの自室の前で立ち止まる。

 深呼吸をして考えるのは、イラストのこと、引っ越しのこと、自分の想いのこと。

 考えるだけで気が滅入ってくるけど、結局どれもちゃんと話をしてケリをつけなければならないことだ。

 だから、勇気を出して踏み込まなければ。


 ……モカちゃんにお膳立てしてもらったわけだし!


「た、ただいまー」


 ゆっくり扉を開けて中へ入ると、パッと電気がついた。

 眩しさに目を細めた瞬間、パンッと何かの弾けるような音が鳴る。


「ユーちゃんおかえり!」

  

「え……お姉ちゃん? なにしてるの?」


 目を開ければ、ヒゲのついたぐるぐるメガネをかけたお姉ちゃんが星模様の三角帽子を被り、赤いクラッカーを持って立っていた。

 要約すると、ものすごくアレなサンタクロースに見える。

 アホっぽさが普段の六割ましだ。

 メガネを外したお姉ちゃんが、クラッカーから飛び出た色とりどりのテープをみょんみょん振りながら笑顔で言う。


「なにって、お祝いだよ! お祝いのために早く帰ってきたんだから!」


「クリスマスは二ヶ月前に終わってるんだけど」


「いやいや、クリスマスのお祝いじゃなくて。お母さんたちの結婚記念日、もとい私たちの家族記念日だよ。お母さんたちのとこではしなかったでしょう?」


「……お姉ちゃん、覚えてたんだ」


「当たり前でしょう。お姉ちゃんだもの」


 ふふんと胸を張るお姉ちゃんは、その後何かを思い出したようで「ちょっと待ってて!」と自室へと戻っていった。

 玄関で立ちっぱなしは寒いんだけど……と思っていたら、五秒程度で戻ってきた。


「はい、これ。受け取ってくれる?」


「え、え。これ……?」


 そう言って、お姉ちゃんが差し出してきたのは小さな黒い箱。

 どう見てもなのだけど、わたしは急すぎる展開に頭がついていかず、素直に受け取ってしまった。


「開けてみて。ゆっくりね」


 言われた通りにゆっくり開けてみると、案の定、中には指輪が入っていた。

 流線のような線が入った、綺麗な銀色の指輪だった。

 指輪を前に固まるわたしに、お姉ちゃんがにっこりと笑う。


「これが私の答えだよ、ユーちゃん。二ヶ月もかかっちゃってごめんね」


「……なんで、」


 今日何度目かの問いがこぼれる。


「お姉ちゃん、わたしのこと嫌いになったんじゃ……」


「どうしてそうなったの!?」


 驚くお姉ちゃんの顔が見える。


「だって、一緒に寝てくれなくなっちゃったし」

 

 けど、


「あれはユーちゃんの指のサイズを測りたくて、ユーちゃんが先に寝るのを待ってたんだ。私、一回寝ると朝まで起きられないタイプだから……」


「じゃあ、目を合わせようとしても顔逸らしてたのは、」


 だんだん、


「いざ指輪を渡そうって決心したら急に恥ずかしくなっちゃって……」


「どこへ行っても無敵のボディになろうとしてたのは、」


 視界がぼやけてきて、


「ダイエットのためにリング◯ィット買ったんです……」


「今月ピンチって言ってたのは、」


 お姉ちゃんの顔が見えなくなって、


「結婚指輪って高いんだよね……」


「……っ! お姉ちゃんの、ばか……!」


 泣き崩れる寸前、お姉ちゃんに抱き止められた。

 そのまま優しく抱きしめられる。

 

「なんだか心配させちゃったみたいでごめんね」


「うぅぐ……っ、ううふぅっ」


 身体中でお姉ちゃんの感触がして安心するから、

 頭を撫でられて安心するから、

 胸いっぱいにお姉ちゃんの香りがして安心するから、

 涙と鼻水が止まらなかった。

 まともな受け答えなんてできるはずもなくて、ただ首を振るしかできなかった。

 ただ、思っていたよりもずっとあっけなかった。

 

「っと、そうだ。もう一つ伝えなきゃいけないことがあるんだった」


「ふぇ……?」


 お姉ちゃんはポケットから一枚の紙を取り出して、わたしに手渡した。


「読んでみて、きっと驚くと思うから」


「…………?」


 わけもわからず手渡された紙の指された箇所を見てみると、わたしの作品の名前があった。その下にはフィーネという名前もある。


「これ、まさか」


「わたくしフィーネ、ユーちゃんの作品のイラストを担当することになりました。やったね」


 そう言って、お姉ちゃんは笑う。


「イラスト描く理由、できたよ」


「……うん」


 涙が溢れて止まらない。

 なぜなら、その笑顔は約束を交わしたあの時と全く同じだったから。


『――なんでだろうってなにさ! 理由もなく描いてるってこと!?』

 

『そ、そうじゃなくって! 違う! 違うの!』

 

 わたしが激しく問い詰めると、お姉ちゃんは手と首をぶんぶん振り乱して、『本当にわからないの』と言った。

 そして、うな垂れるようにして床を見つめる。


『わからないから描いてるんだと思う。きっといつか、描いてる理由がわかるその日まで』


 顔を上げたお姉ちゃんは『ダメなお姉ちゃんでごめんね』と付け加えて苦笑する。

 その姿を見たわたしは、気づけば口を開いていた。


『だったら、わたしがその理由になる!』


『え……』


『お姉ちゃんのイラストにふさわしい、すごい作品が書けるようになる! そしたらお姉ちゃんもイラスト描く理由ができるでしょ!』


 あっけにとられた様子のお姉ちゃんは、ふいにプッと吹き出して、それから大笑いした。

 よく笑うけど、その時は珍しいくらいに笑った。

 目尻に涙すら浮かべて、それをぬぐいさりながら言う。

 

『じゃあ、おたがいにその日まで頑張らないとね』

 

『うん。約束だよ』


 三年前の今日、わたしとお姉ちゃんは家族になった。


 そして今日、また家族になった。

 

 約束は叶った。


 けど、これで終わりじゃない。


 むしろ、全部ここからだ。


 だから、

 

「一緒に頑張ろうね、ユーちゃん」


「……ふつつかものですが、よろしくお願いします」


 ふたり並んで、歩き出す。




 fin.


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家族になった日 にのまえ あきら @allforone012

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