エピローグ

「後日談というか今回のオチだが――まぁ、この様子を見れば語るまでもない、といったところかな」


 いつも通り神出鬼没で現れた勇嵩いさかさ先輩は、教室で臆面もなくイチャイチャしている僕たちを見てそんな風に言った。安心しきった表情で。どこか満足げな表情で。咲傘さかさも僕の腕に抱き着きながら、そんな表情を浮かべている。


 たった一人。

 僕だけが二人とは正反対の表情をしている。


「やれやれ、我が妹は青春の真っ最中だというのに、穂龍ほりゅうよ。お前はどうしてそう浮かない表情をしているんだ?」


「僕も嬉しいんですけどね……ただ、一つだけ想定外のことがあってですね……」


「想定外?」


 大仰に首を傾げる勇嵩先輩などまるで眼中にない咲傘は、今日何度目になるか分からないセリフを言った。


「大嫌いですよ、仮沢くん」


「ぐはっ……!!」


「ああ、なるほど。そういうことか……」


 そう。坂佐井さかさい咲傘さかさは、


「くくく……なんというかお前も難儀だな。ご愁傷様と言ってやる」


「ははは、なんのこれしき……文字通り愛情の裏返しだって思えば……」


「大嫌いですよ、仮沢くん」


「ぐはっ!!」


 撃沈される僕を見て、勇嵩先輩が大声で笑った。それにつられるように、クラス中に笑い声が伝染していく。勘弁してくれ、注目されるのは得意じゃないんだ。


 だけどまぁ、どうあれ。

 恋愛の熱に浮かされているのは、咲傘だけではないようで。

 好きな人が笑顔でいてくれるのは嬉しい――なんて考えている僕も、いるわけで。


 僕はもう見失わない。

 大切なことは言葉だけで決まらないことを知っているから。

 対義語の裏に隠された好意を、真っすぐに受け止めていくと決めたから。


「大嫌いですよ、仮沢くん」


「ぐはぁっ!!!」


 だけど、まぁ。

 彼女の対義語に慣れるのは、もう少し時間がかかりそうだった。


 


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坂佐井咲傘の真摯な対義語、または仮沢穂龍の紆余曲折 神崎 ひなた @kannzakihinata

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