第10話 珈琲豆のオチ

 深陽が転移したすぐ後の喫茶店。

 常連たちは普段なんの仕事をしているのやら、昼時を過ぎた頃に集まるものの、少し早い時間であり、店内は閑散としていた。



 φφφφφφ



 くたびれたおじさんとしか評しようのない店主は、狭いカウンターから出ると、用意した盆をひょいと側のテーブルへ置いた。狭い店内だ。テーブルからでも手を伸ばせば届く。手が空かないときには、常連に限定してだが、持っていってくれと頼むことさえあるほどだ。

 しかし今は、一足早く訪れた常連の一人と店主だけだ。


「おや、マスター直々に運んでくれるとは珍しい。バイト君は?」

「まだ時間には早いよ」


 深陽を気にかける発言をした、よく日焼けしたこの客は、世界の少数民族の元へ自ら赴き手工芸品を買い取って国内で売る、輸入販売業を営む。

 深陽に土産といってキーホルダーを贈った主だ。


「だがいつも早く来るだろ? 珈琲のこととか、本格的に勉強してるそうじゃないか。だから俺も、この店が人手不足にならないようにって、願掛けしてきたんだ。今日はその話でもしようと思ってね。昨日は珍しく忙しそうだったからな」


 仕事柄なのか、誰とも物おじせず話す上に、お喋りな客だ。

 店主は、珈琲豆によく似た石を思い浮かべながら、客の向かいに腰かけた。自由な店である。


「ああ、あの珈琲豆のお守りのことか」

「まったく運が良かったよ! 滅多に表に出ないっていうシャーマンと会うことができてな!」

「お前さんの話はちんぷんかんぷんだよ」


 嬉しそうに前のめりで話が逸れようとする客を、店主は呆れた様子で止める。いつものことだ。

「おっと、そうだったそうだった。そんで、バリスタだっけか? それになれるようにってね。いやぁ、頼むのに苦労したんだって」


 彼が苦労したのは言語の問題だった。大都市では、癖はあるものの英語が通じるが、そこから地方の部族の言葉を介す通訳を挟み、さらに奥地の少数民族の暮らす地域へと、現地の言葉やしきたりなども含む仲介者を頼る。幾人もの人間を介した話は、もはや伝言ゲームの域である。


「最近、眠そうな時も多いだろ? それで頑張りすぎて、夜更かしでもしてんじゃないか」

「まぁ……真面目でいいんだがな」

「人当たりもいいし、覚えが悪いってこたないんだろ。なら将来有望なマスター候補じゃないか! できれば俺たちも、この店が長く続いてくれりゃありがたいからな」


 店主は苦笑いを浮かべて言い淀んだ。


「店を任せてもいいんじゃないかってくらいには思ってるよ」

「じゃあ、なにが問題なんだ?」


 店主の脳裏に、緑や橙色にまだらな、濁ったマグカップを自信ありげな笑みを浮かべて手に掲げる姿が過ぎった。

 その度に正直に話すべきかどうか、その前に、この得体の知れないものを口にする危機をどう回避するかと気疲れするのだ。


「……ちょいと味覚が、独創的すぎるのさえなきゃあな」


 と店主は呟き、項垂れるように頬杖を突くと、一つ、溜息を吐いた。



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バリスタ召喚 ~そっちかよ!~ 桐麻 @kirima

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