第103話 祝福
リッテンバーグが失脚した立太子の儀から、半年が経過した。
この半年で、わたしの周囲の状況も大きく変化している。
エリーは帝王学とやらを学ぶため家庭教師がつけられ、学院へはほとんど来なくなった。
それでもたまの登校時には、わたしと一緒にお茶を飲みながら愚痴をこぼして憂さを晴らしている。
セーレさんもエリーと共に色々勉強しているようだけど、彼女よりは登校頻度が高い。そのため、エリーの近況はセーレさん頼みになっている。
バルゼイも近衛隊長へと昇進。冒険者は完全に引退するそうだ。
ケビンは国王からの褒美を受けることになっているのだが、なんだか色々揉めてて、まだ正式には貰っていないらしい。
なんでも陛下はケビンへ
アミーさんはそのケビンに付いて回っていたのだが、数ヶ月前から引き篭もっている。
どうやら彼女、妊娠していたらしい。
そういえば、見かける度にオレンジを齧っていた気がする。あれは前兆だったのかも知れない。
アルマは家を出て魔道付与師になるため、ハスタール様にストーキング中だそうだ。
彼の腕はもはや一流レベルにあると言うのに、さらに上を目指したいらしい。
目指す高みが無茶すぎて、彼の独立はまだ先になりそうだ。
なお、セーレさんには振られたらしいが、まだ諦めて無い。
一人前になったら再度アタックすると言っているけど、師事している対象があれでは、一体いつになることやら。
リムルのご両親は、ラウムの家にいまだ滞在中である。
施術後の体調の確認などの予後を調べたいと言うことで、リムルが引き止めているのだ。
わたしも紹介してもらったのだけど、すごく優しそうで、それでいて厳しそうな人たちだった。
わたしの境遇を知って、同情してくれているのもあるのだろうけど。
リムルは蘇生の術式をエリー経由で公表し、新進気鋭の治癒術師の名を欲しいままにしている。
彼の綽名は
まさに現代に蘇った聖人扱いである。
もっとも教義が真っ向から対立する世界樹教徒に敵視されているので、表舞台にはあまり立たないようにしている。
わたしはリムルの施術で、二年ぶりに完全に人の身体へと戻ることができた。
やや筋力が萎えているけど、やはり人の身体の方がしっくりと来る。
その分、失った力も多い。
失ったのは飛行、暗視、豪腕……竜化の際に得たギフトが残っていたのは幸いだった。
それと内包魔力もそのまま維持できているので、魔力付与さえ行えば、以前と同じように戦うことはできる。
リムルは最近、自分の左腕を見てワキワキ手を握ったり開いたりしてる事が多い。
リムル・ブランシェ、十四歳。そういうのがカッコイイと思える年頃であった。
破戒神ユーリ様と、風神ハスタール様、それとイーグはしばらくラウムの街に逗留していたけど、ふらりとまた旅立っていった。
どうやらアルマに粘着されて、嫌気が差したらしい。
確かに毎日イチャついてるところに乱入されては、さもありなんである。
姿を消した破戒神たちと一緒にアルマも消えたので、きっと今も一緒にいるだろう。
で、今のわたしとリムルはと言うと……現在その両親の前で正座中なのである。
正直に言おう。わたしはこの座り方はとても苦手だ。
足が痺れるのである。それもすぐに。
痺れないように指先をもぞもぞ動かしていると、ご両親が心配げに声を掛けてくれる。
「大丈夫? リムルが無茶して、身体の調子が悪くなったりとか?」
「大丈夫です。リムル一人正座させるわけにはいかないし」
「それはウチのバカ息子の自業自得だから、付き合う必要なんて無いのだよ?」
「バカはヒドイよ、父さん」
「うるさい。他所様の娘さんに手を出しておいて、言い訳する気か!」
そう。昨夜、ついにわたしは自分のトラウマを乗り越えたのだ……媚薬の力で。
さすがに自力では怖かったので薬の力を借りたわけなのだけど、ほんの数滴でいいところを一瓶丸々一気飲みしてしまったから、それはもう凄いことになった。
――説明書はよく読んで用法用量を守って服薬しましょう。
まぁ、そんなウッカリをやらかしたせいで、わたしは朝まで乱れに乱れた。
普通なら男性側の方がスタミナ切れを起こすところなのだが、リムルには活力回復があったので、気が付けば日が昇ってると言う有様だったのだ。
基礎体力の低いわたしの方が先にグロッキーになって、元気なリムルが圧し掛かっているところを発見されたので、ご両親の怒りは天を突破する勢いだった。
リムルはその場で殴り飛ばされ、身支度を整えた後に正座させられる羽目になった。
服を着る猶予を与えた辺り、まだ情があるとも言えよう。
そして元凶であるわたしが、それを我関せずと見ているわけにも行かず、今に至っているのだ。
「なんだかもぞもぞする……?」
「大丈夫かね? 本当に休んでいた方が――」
「大丈夫だよ。出血は治癒術で治しておいたし」
「このバカ息子が! 神聖な治癒術を淫欲に利用するなど――!?」
まぁ、わりと懲りてないリムルが無駄に開き直ってるせいで、事態が拗れていると言えなくも無い。
あの二年の間で潜り抜けた修羅場が、彼を図太くしたのだ。不必要なまでに。
きっと今のリムルは父親の怒気なんて、そよ風程度にしか感じていないだろう。
半日みっちりと説教された結果、晴れてわたしはリムルの婚約者として認められることになった。
お義父さま曰く、『男なら責任を取れ』だそうだ。
それを聞いたリムルが『やった、これでやりたい放題!』と口にして再び殴られていたのは、また別の話。
彼は、あの神様バカップルからイヤな影響を受けてる気がする。
思春期の教育って大事だね。
そうだ、事件の顛末を記しておこう。
先も伝えたが、リッテンバーグ家は取り潰しとなった。
本来、王家に連なる侯爵家が取り潰される事などありえないのだが、さすがに大観衆の前の簒奪劇ともなれば取り繕いようが無い。
リッテンバーグ直系男子は全員斬首。女は国外追放で死を免れた分だけ温情と言えるだろう。
もっとも完全に死滅したわけではないので、何かの拍子に戻ってくることもあるかもしれなかった。
サウスフィールド家も王位簒奪に加担したとして、爵位剥奪。
主犯のアレフが勘当されていたので、この程度で済ますことができた。
アレフはその後冒険者になって、貴族に返り咲いて見せるとか言ってたけど、その後はどうなったかわからない。
目先の利益に考えもなく飛びついてしまう性格をしているので、おそらく長生きはできないと思う。
リッテンバーグに加担していた中小貴族たちも芋蔓式に釣り上げられ、ラウムの王権はさらに強固な物となった。
エリーとしても、今後色々とやりやすくなっただろう。
勘当といえば、セーレさんも同じく家を出ることになった。
これは蘇生の再現に加担したことから、致し方のないところだ。本人も覚悟はして居たし。
ただ、勘当されたわりには学費を用意してもらえてたり、仕送りがあったりと、アレフとは雲泥の扱いである。
彼女の父でもある司教も、蘇生に関しては『教義上は認めることはできない。わたし個人としてはノーコメントだ』と言ってる辺り、本心が透けて見えている。
今では悠々自適の寮生活を送っている。
エリーは蘇生したのでなく重傷、アレフが死亡からの蘇生ということでことを収めたため、経歴を汚すことは避けられた。
死亡した人物が厳然と存在したために、エリーに疑惑の視線を向けられることは、最低限に抑えることができたと言える。
それでも多少は『死んだ王女』と言う疑惑は残ったため、それをどう乗り越えるかが、彼女の今後の課題になるだろう。
そんなわけで、さらに日は過ぎた。
今日はとても特別な日になっている。ケビンはついに男爵位を授爵し、領地を持つことになった。
もちろん男爵と言う下位貴族なので、大きな領地ではない。
その領地は森の奥にある、小さな村……
そう、あのジャイアントゾンビの出没した、あの村だ。
巨人の宝を求めて冒険者が来訪する地。そこを治めるのが、巨獣殺しの大英雄。
そんな話題性もあって、今から観光客が絶えないらしい。
当のケビンはまだ王都で燻っている訳だが。
そしてその授爵を契機に、ついにアミーさんとケビンが結婚する運びとなった。
今日はその挙式の日である。
わたしとリムルも、できる限りのお洒落をして参列している。
純白のウェディングドレスをまとうアミーさんはとても綺麗だった。
そのお腹はまぁ……大きく膨らんでいて、順調振りをアピールしている訳だが。
その違和感すら幸福の証明の様で、とても眩しく見えた。
「アミーさん、綺麗だね」
「うん。テニアもいつか着てもらわないとね」
「うぇ!? あ、わ……わたしは、まだ、その……」
テニア・アルバイン――それが破戒神から知らされた、わたしの名前だったらしい。
わざわざ山の麓のマレバ市まで行って調べてきてくれたのだ。
父の名前がロンダーグ。これでようやく、父の墓を作れる。
父を弔えれば、あの突然の噴火事件にも、一区切り付けれるだろうか?
わたしの目の前で、ケビンとアミーさんが指輪の交換をし、愛を誓い、熱い口付けを交わす。
その二人の姿を見て、まるで自分も祝福されているかのような気分になってくる。
「うん、いいなぁ……」
「そう、じゃあ式は何時にしようか?」
「そうじゃなくて!」
最近のリムルはとても押しが強い。
蘇生の第一人者として世間の名声も高く、世界樹の迷宮を最上層まで登って、資産もかなりの物がある。
それだけに彼の周りには女性が多く寄ってくるため、義理堅い彼としては早く身を固めたいとか思ってる所があるみたい。
「ま、ボクは自分の理性をそこまで高く評価してないしね」
「うん、知ってる。リムルってばケダモノだもの」
式は順調に経過し、教会の外でブーケトスが行われる。
アミーさんは明確にこちらを意識して投げてくるが、あっという間に周囲の女性に押し潰されて強奪されてしまった。
「ぐぬぅ……無念」
「あはは、大丈夫?」
リムルはわたしを引き起こしながら、軽く軽癒を掛けてくれる。
女性の妄念、恐るべし……なのだ。
「いいもん、わたしはあんな迷信に頼らなくても大丈夫だから」
「そうだね。ボクとテニアはずっと一緒だ」
「うん、一緒」
そう、あの全てを、名前すら失って絶望した日。
それから彼に買われた……あの日に世界が変わったのだ。
奴隷として買われ、解放され、それでもずっと一緒にいて、彼に尽くすと誓った。
解放されても変わらない、まるで奴隷のような誓約。
今なお、わたしの魂は彼に囚われている。力尽くか、恋心から従っているかの違いでしかない。
わたしの奴隷として人生は、今もまだ続いているのだ。
わたしの心も、身体も、これからずっと……リムルと共にある。
半竜少女の奴隷ライフ――完
半竜少女の奴隷ライフ 鏑木ハルカ @Kaburagi
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