終章

第102話 継承

 王女エリゴールの立太子の儀。

 そのためにラウムに属する大半の貴族が王城に併設された大聖堂へと集められた。

 そこにはエルフ族の族長、カシヤンの姿もあった。


 壮麗なステンドグラスが斑に光を取り入れ、内部を幻想的に彩っている。

 しつらえられた世界樹をかたどった祭壇も、純銀の輝きを放っていた。

 その威容は世界樹教の総本山、聖都ベリトにある大聖堂の大きさと比して、なんら劣るものではなかった。


「ラウム国王、シルト・ウィネ・ラウム陛下の御成りである!」


 

 さわさわとさざめく場内に一際大きな声が響き、祭壇横の扉が開く。

 その音に場内の雑音が一切途切れ、大聖堂が静寂に包まれた。

 そこから数名の従者を連れた年老いた男が現れた。

 同時に列席者が一斉に跪く。


 この場の誰よりも豪奢な衣服に身を包んだ男は、祭壇の前まで来て軽く息を吐いた。


「これより、我が息女エリゴール・アイニ・ラウムの立太子の儀を執り行う」


 歳のわりに朗々とした声で宣言すると、続けて祭祀官の声が響いた。


「第一王女、エリゴール・アイニ・ラウム様の御成り!」


 宣言と共に聖堂正面の大扉が開かれ、そこからドレスに着飾ったエリーの姿が現れる。

 背後には教会の用意した侍女が二名。

 この人選に関してはエリーの意向が汲まれているのに、そこにセーレの姿はなかった。

 その事実が場内をざわめかせる。


 国王の前に進み出たエリーが一礼し、侍女と共に御前に跪いた。

 そのタイミングを計ったかのように、大聖堂の主である大司教が小振りのティアラを掲げ持って現れる。

 恭しく差し出されたそれを、国王は震える手で受け取った。


 やはり王の体力は尽き掛けている。

 震える手の表す事実。場内の全員がその事実を知ることになる。


「これよりエリゴールを王太女とし、我が後継と正式に認めるものとする。意義ある者はここに進み出でよ」


 宣言し一望。

 誰も進み出ないことを確認し、エリーの頭の上に冠を乗せようとし――


「畏れながら私めには異論がございます、陛下!」


 そう、恫喝染みた声が沸きあがった。



 突如中断された儀式にざわめく場内。

 それを意に介さぬように進み出る肥満体型の中年と、付き従う少年。


「リッテンバーグか。侯爵、どのような異論があるのだ?」


 王の従兄弟に当たる侯爵は序列で言うと継承権の一位に当たる。

 すでに王の兄弟である公爵は薨去しており、従兄弟に当たる彼が継承権のトップに来ているのだ。

 そしてエリーが王太女に認められることで、二位に後退してしまう立場の男でもある。

 その問題の人物の、突然の意義に場内はざわめきを禁じえない。


「失礼ですが、エリゴール様は東国シタラ領内において、大きな怪我を負われたと聞き及んでいます。それ以降その言動には以前よりあった『らしさ』が失われたとか?」

「侯爵、何が言いたいのだ?」

「無礼を承知で申し上げます、陛下。そちらのエリゴール嬢は果たしてご本人であらせられるしょうか?」

「なに!?」


 突如突きつけられた偽物疑惑に、困惑と驚愕を浮かべる国王。

 反射的にエリーに視線を向けるが、跪きうつむいた状態ではその顔を窺う事はできない。


「世には幻影系の魔術で姿を誤魔化すことも可能と聞き及んでおります。殿下、失礼ですが身を改めさせて頂いても? それともセーレ嬢とお呼びした方がよろしいですかね?」


 勝ち誇ったように宣するリッテンバーグ。

 その後ろに付き従う息子、フランツもニヤニヤと嫌らしい笑いを浮かべている。

 侯爵は想定外の展開に狼狽し困惑する王を尻目に、衛兵を呼び寄せエリーを取り囲ませる。


 そこでエリーが唐突に立ち上がった。


「わたしを偽者と呼ぶなら好きに調べるといいわ。でもセーレと疑われるのは少し心外ね。私、あそこまで意固地じゃないわよ。ねぇ、セーレ?」


 参列者に声をかけるエリー。

 その声に応じるように、参列者の列から進み出たのはセーレだった。その後ろにはゆったりとしたドレスを纏ったアミーの姿もある。


「失礼ですが、殿下はもう少しお淑やかでいて欲しいと思う次第です」

「セーレ嬢!?」


 入れ替わりをほぼ確信していただけに、彼女の登場に驚くリッテンバーグ。

 だが僅かな逡巡の後に別の可能性を見出した。


「た、確かにセーレ嬢ですな……ですが後ろのお嬢さんは腕利きの冒険者だったとお見受けします。幻影系もかなり使いこなすという情報が入っておりますよ? あとお仲間ももう一人、存在したようですね」

「苦しい言い訳ね、リッテンバーグ。私としてはシタラで襲い掛かってきた暗殺者の始末を聞いておきたいところなんだけど?」

「なんと! まさか私の手の者とおっしゃるおつもりで?」

「そうね。バルゼイ、彼をここへ」


 その声に大扉より近衛が一人現れ、背後に連れた少年を前に押し出す。

 アレフ・サウスフィールドだった。

 その登場に誰よりも驚愕を示したのは、息子のフランツだった。


「バカな! キサマなぜ生きて――」

「さ、アレフ君。私を誘い出したのは誰の命令だったか……教えてくれるかしら?」


 エリーの言葉にアレフは小さく頷いて、フランツを指差した。

 指されたフランツは狼狽し、まるで壊れた人形のように左右に顔を振って否定の意を示す。


「フランツ・リッテンバーグ。僕はあなたの命令でエリゴール様を呼び出した。なのにあなたは『事』が済んだら僕を剣で刺し、口を封じようとしたんだ!」

「ち、違う! 何を証拠に――」


 その言葉にバルゼイが腰の剣を投げ捨て、リッテンバーグの足元へ転がす。


「その剣は彼の胸に刺さっていた物だ。お前の従者が持っていたものと同一のようだな」

「バカな――」


 さらに別の剣を取り出して、これも足元へ投げる。

 カラカラと滑る剣の音が聖堂内に大きく響いた。


「そっちは今さっき、お前の傍付きから没収してきた物だ。同じ物だよな」


 実を言うと、これはあからさまな挑発である。

 実際現場に残されていたのはアレフの胸に刺さっていたものではなく、エリーの胸に刺されていた物だ。

 証拠品を回収する暇を与えず、奮戦し続けていたセーレさんのお手柄である。


 さらにアレフを刺したのはフランツだが、エリーを刺したのは暗殺者で別人だった。

 だが暗殺者が持っていた剣が、リッテンバーグの従者と同一であるというのは覆しがたい事実だった。

 下手に子飼いの暗殺者を使用したのが裏目に出た結果である。


「あらあら、フランツ。そんなに私が邪魔だったのかしら?」

「き、キサマ……」

「私としては別にあなたが真っ当な人間であるならば、王位を譲っても構わないつもりだったのだけれど、さすがにこれは認められないわ」

「ふ、ふざけるな!」

「ふざけてるのはあなたよ。王族に刃を向ければどうなるか、知っているわね?」


 カタカタと震えるフランツ。それは隣に立つ父オーランドも同じだった。

 王族への謀反は連座刑が適用される。つまり一族郎党皆殺しである。

 フランツの罪が白日の元に晒された以上、父である彼の命もまた、風前の灯であった。


「な……ならば……」

「どうするつもりかしら?」

「こうするしか、なかろう!」


 オーランドは足元に投げつけられた剣を手に取り、国王へ向けて突進した。

 フランツもその後に続く。幸い剣は二本、投げられていたのだ。


「愚かだな、王よ! もはや暗殺などせずともいい! 貴様さえ死ねば血統的に玉座は私の物だ!」


 大勢の権力者の目の前で簒奪を行って、その後の体制が上手く行くはずが無い。

 衛士だって大量に配置されている。即座に取り押さえられ、反乱として処理されるだけだ。

 それなのに止まることができない。

 彼の論理はすでに破綻している。それを自覚できないくらい、追い詰められ、狂乱していた。


 突然巻き起こった凶行に、場内から悲鳴が響き渡る。

 近衛たるバルゼイが、凶悪犯の元に武器を投げた。

 これは明らかな失態。だが――


「がふっ!?」

「ぐぎゃ――!」


 あと少しで国王へと刃が届く、その瞬間にフランツの足は斬り飛ばされ、オーランドの腹に斧槍の刃が生えた。


「な、に――が?」

「お前の言った通りだよ」


 その言葉と同時に、背後から滲み出るように現れる、完全武装の男。

 それを見て今更の如く警備が動き出す。


「お前が言った通り、アミーは幻影系の魔術が得意だ。だから変装してたんだ。ただし……人でなく、背景にな」

「ぐ、ぎゃああぁぁぁぁ!?」


 オーランドを突き刺したまま、ゴミのように衛兵へと投げ捨てる男――ケビン。


「おとなしく捕縛されたのなら、貴族として死ねたものを……」

「キサ、マ……謀った――な!」

「目の前の餌に我慢できず飛びつく方が阿呆だろうよ」


 近衛隊を呼び出し、オーランドとフランツに止血しながら捕縛するバルゼイ。

 その顔には、明らかに馬鹿にした表情が浮んでいた。

 ケビンはそれぞれ致命傷にはならない部位を的確に攻撃しているので、命に別状は無いようだった。


「陛下、殿下、お怪我は?」

「無いわ。ありがとう、バルゼイ」

「う、うむ。しかしバルゼイ……貴様、余を餌にしたな?」

「ははは、私が陛下を餌にするなど、それこそ『まさか』ですよ。それに『念のため』を配置しておいたではありませんか」


 冒険者時代よりの知己で、取り立ててもらった縁のあるバルゼイは、国王に対してもフランクな対応を取る。

 それを苦々しく思っている同僚もいるようだが、上司の手前、表に出すことはできない。

 国王は傍に控えるケビンにも、気さくに声を掛けた。


「護ってくれて礼を言う。そなたは?」

「ケビン、冒険者だ」

「貴様、陛下に向かって、その口の利き方はなんだ!」


 ついに無礼に耐え切れなくなって近衛の一人が怒声を上げる。

 それを国王は手で制して、話を続けた。


「ほう、そなたがあの『災獣殺し』のケビンか。従兄弟殿を上手く嵌めたようだが、そなたの計画か?」

「いや、あいつだ」


 ケビンは顎をしゃくってアミーを示す。

 その声には少しばかり自慢げな抑揚が含まれていた。


「なるほど、気鋭の英雄殿には優秀な参謀が付いておるようじゃの。エリゴールのことも?」

「ああ、こっちは巻き込まれたクチだが……」

「世話になったようだな。あとで褒美を与える故、しばらく時間をくれぬか? やっておかねばならぬ儀式があるでな」

「ん、ああ。そうだな、邪魔をした」


 エリゴールの継承権。

 それをこの場で明確にしておかねば、ただでさえリッテンバーグの失脚が起こって混乱が予想されるのだ。

 下手をすれば王の足元が崩されかねない。


 こうして、その夜――エリゴールは晴れて次期女王の座を手に入れたのだった。

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