第101話 祝宴
宝珠はサードアイとミストルティンによって砕かれた。
わたしは再度宝珠が生成されないよう、枝でできた台座にミストルティンを突き刺しておく。
世界樹の力を吸い上げ、弱めるこの剣が刺さっているなら、宝珠の生成を阻害できるはずだ。
そしてミストルティンの本質が宿木である以上――こうしておけば、やがて根を張り世界樹と一体化していくだろう。
そうなれば今後、未来永劫
「これでよし」
「うん、ようやく目的が叶うようになったわけだ」
「まだだよ? きちんと達成するまでは気を抜いちゃダメ。罠は目的達成の間際に仕掛けるのが一番効果高いもの」
そういう風なことを、レヴィさんから貰った罠指南書に書いてあった。
この場合の目的達成とは、リムルの両親とエリーを生き返らせ、その後の健康を確認するまでだ。
その到達点に辿り着くまでは、気を抜いちゃいけない。
「よし、それじゃ忘れてることは無いかな……ない? じゃあ帰ろうか!」
リムルも、自分の油断を警戒しているのだろう。
いつもは即断で下す判断を、皆に確認している。
でもその表情は、すごく明るい。まるで玩具を買ってもらった子供のような無邪気さだ。
転移の魔法陣に向かって、みんなが移動する。
わたしはその後ろでちらりと枝の台座を振り返った。
――ここにはもう、二度と来ないだろうから。さよなら、だね。
そこに突き刺さっていたミストルティンに心の中で挨拶を送り、今度は振り返ることなく立ち去っていったのだった。
四日後。
「どーして、勝手に突入したりしたんですか!」
テーブルをぱむぱむと叩いて破戒神が遺憾の意を表明している。
その姿はまるで子供が駄々をこねているようにしか見えない。
「あれだけ危険だといったのに! ようやく世界樹の接続を切る解除式を構築したというのにっ!」
ここはリムルの家だから、他に人がいないので大声でも構わないけど、それでもある程度は制限して欲しいなぁ。
人数が多いので、今日は庭でガーデンパーティ風に昼食を摂る事にしている。
現在庭にはわたしたちパーティの四人と、残留組の四人、それに蘇生したエリーと破戒神、アルバイン氏を含めた十一人が勢ぞろいしている。
さすがに少しばかり狭い。
ちなみに地下にはリムルの両親も蘇生を済ませており、現在は体調を戻すために入院中である。
さらに施錠できる場所にはアレフと暗殺者を二名確保している。
こいつらは証人なので殺すわけにはいかない。
破戒神謹製の地下室は、ちょっとやそっとでは脱出できない構造になっているので安全だ。
死んでも蘇生させられるので、自殺すらできない。というか無意味だ。
未知の魔術を見せつけられたのだから、彼らの意志が挫けるのも無理はない。
死んでも死ねない。死ぬほどの拷問を受けても死ねない。死なせてくれと懇願しても死なせてもらえない。
その事実を知らされた時の彼らの表情は、いっそ哀れなほどだった。
そんな彼らの感情まで計算した上で演出してのけたリムルは、やっぱり腹黒いと思う。
「わたしの見せ場が……かっこいいところを見せようと思ったのに……」
「ユーリ、本音が漏れてる」
そしてアルバイン氏。
まさか風神様本人で、破戒神の旦那様だったとは思わなかった。
つまり、この人は――
「ロリコンだ」
「違う」
わたしの独り言に速攻でツッコミを入れる風神さま。
「いいかね。私は別に幼女が好きでユーリと結婚したわけではなくだな――」
わたしを護ってくれてるのだとしたら、少し嬉しい。
「それにしてもフロア全体のリンク魔法陣ですか、わたしが行った時は部屋全体だったんですけどね」
「あの迷宮、免疫反応か何か知りませんが内部が進化するみたいですし、そう言うこともあるんじゃ無いかと。そのくせ侵入者には優しいところもあったりと意味がわかりません」
「まぁ、あの迷宮……というか、世界樹も一種の神ですからね。入れるようになってるってことは、けっして拒絶する意思があるわけじゃないんです」
人に対する試練。それを与えるための迷宮。
そもそも不可侵の領域にしたいなら、入り口なんて作らなければいいのだ。
そうすれば内部に迷宮があるなんてことも知られず、ずっと不可侵領域であることができる。
人を呼び入れるからには、餌にするなり、成長を促すなりの意思がそこにはあるということなのだろう。
「わたしの造ったニューウェポンのお披露目ができなかったのは残念ですけど」
「新しい武器ですか?」
ニューウェポンと聞いて、食いついたのはアルマだ。
まさに魔道具作成の本家が2柱揃っているのだから、ここは今、彼としては夢のような空間だろう。
「これです、剣に超振動を与える武器は存在するのは知ってますね?」
「切れ味がよくなるのだとか? その分強度が落ちるそうですが」
「これはその強度の難点を補った武器です。つまり……剣だからいけないのですよ、鈍器なら『もーまんたい』です!」
「で、メイスですか?」
「高周波振動メイス!略して魔導マッサ――」
そこでアルバイン氏……風神様――えーと、ハスタールさんがヒョイと破戒神を担ぎ上げ、室内へと戻っていった。
直後響く、怪しい振動音と艶かしい喘ぎ声。
「ちょ、ダメです! そう言う用途は少しばかり想定していましたが今は――ふにゃああぁぁぁぁぁ!?」
破戒神の叫びは突如として途切れた。
おそらく防音の魔術でも使用したのだろう。
部屋が汚されないといいなぁ……
「俺、神様に対する幻想が少し壊れた」
「うん、ボクも」
まぁ、あんな神様だから仕方ない。
エリーやセーレさんも少し顔を赤くしている。
「エリー、身体はもう大丈夫?」
「ええ、蘇生したばかりの頃はかなりきつかったけど、三日もすれば出歩く程度はできるようになったわ」
「本当にこの度は……エリゴール様のために感謝の言葉も――」
「セーレさん、それはなんだか『らしく』ないよ?」
エリーを蘇生させたときの彼女の号泣っぷりを知ってるだけに、彼女の気持ちは理解できる。
でも、セーレさんにはいつものように、オバチャン臭い親しみやすさが欲しいのだ。
それに立太子の宴まで後三日。
いつもの調子を取り戻してくれないと、どんなとばっちりが飛んでくるかわからないのだ。
「城に戻ったら、ドレスとか髪型とか儀式の手順とか……もう大変で。ここだってバルゼイが居てくれるから来れたようなものよ」
「今が一番大事だから、仕方ないね」
「リッテンバーグに関しては、ハスタール様が釘を刺してくれたようで、今のところ大きな動きはありませんね」
一度は暗殺者を撃退したケビン達だったが、相手はむしろそれで本気になってしまったらしい。
より大量の暗殺者を準備している所を、ハスタール様が襲撃して牽制を入れてくれたのだそうだ。
その際二十人ほどの死者が一晩で出たというのだから、恐ろしい。
「でも、
「わかってるわよ、もうしない。セーレは一段と心配性になったわね……」
口うるさく注意するセーレさんの姿を見てると、奔放な姉としっかり者の妹を見ているようでなんだかおかしな気分になってくる。
姉妹のような関係を羨ましいと思ってしまう。
セーレさんの無駄に気安い態度は、この本性の裏返しなのかも知れない。
人懐っこく周囲を安心させ、誰がエリーに害を与えるのか見定めているのだろう。
「セーレさんって実は女リムル?」
「なにそれ、全然褒められてる気がしない!?」
「どういう意味か詳しく聞きたい気分だね、エイル」
うっかりポロッと漏らした言葉に、二方向から追求が殺到した。
どこからか助けが来ないかと周囲を見回して、ケビンとアミーさんが妙に仲睦まじく話しているのを発見する。
「むぅ?」
「どうしたの?」
「ケビンとアミーさん……」
「ああ、近々結婚するらしいよ、あの二人」
「ええっ!?」
さらっと飛び出した爆弾宣言に、わたしたち女性陣は衝撃を受ける。
なにそれ、聞いて無いよ?
「ま、区切りになる出来事でもあったんだろうね」
ニヤリと似合わないニヒルな笑みを浮かべて、追及を逸らそうとするリムル。
そういえばわたしも、なんだか引っかかる出来事があったような気が……
少し考え込んだわたしに対し、リムルが逆に質問を飛ばしてくる。
「そういうエイルこそ、身体の具合はどうなの?」
魔王との戦闘でわたしの左腕は、人間のそれへと変化している。
どうやら身体の一部を失ったときに、『竜の血』で再生した場合は竜に、魔術で再生した場合は元の人間のモノになるらしい。
それを発見したリムルに、右足の再生も依頼しているが、時期的にまだこの手術は行えていない。
無骨な竜の身体もいいけど、やはり両親から貰った身体の方が、精神的に安心できるのだ。
「うん、すごく非力になってるけど、不調とかは無いよ。むしろ器用になって、生活には便利」
左腕の腕力は全く鍛えて無いこともあり、破戒神と同程度――つまり子供並の腕力しか発揮できなかった。
それでも爪や過剰腕力でやらかしていたドジが解消されて、日常生活を送る分にはむしろ効率的になっている。
「そう? ボクとしてはドラゴンの腕の方がカッコよくていいんだけど……」
「それは女の子としてどうかと思うの」
「そうよ。リムル君は知らないでしょ? エイルの左腕ってすっごいプニプニなのよ? まるで赤ちゃんの腕みたい」
「そこまでじゃないもん」
再生したばかりではだがツルツルなのは、まぁ、役得といえるだろう。
だけどことあるごとに触りに来るエリーは、少しばかりウザい。
「そうだ、リムル。できれば右足だけじゃなくて、右目と角と翼もお願い」
「えっ、そこまでするの?」
「うん」
これはさっき思いついたことだ。
寄り添うアミーさんとケビンを見て、わたしもずっとリムルのそばに寄り添っていきたい。
それも自分の身体で。竜の力とか、関係なく。
もちろん竜の力は持っていた方がいい物だろうけど、それをずっと持っていると自分の心の中で『竜の力があるからそばに置いてもらえている』という疑念が消えない。
リムルがそんな風に考えない性格なのは知っている。これはわたしのワガママに過ぎない。
だからこそ、出会う前のままの自分を見てもらいたい。竜の力なんてなくても、居ていいのだと言ってもらいたい。
「――それにもう、戦う力は必要無いから」
リムルの目的は達成された。エリーも生き返った。
戦う必要は、もう無くなった。
そんなことを考えて、わたしはリムルにそうお願いした。
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