第100話 宝珠

 挽肉になった魔王の残骸は、細切れになっても尚、再生しようともがいていた。

 さすがにミストルティンの効果を受けたせいか、その再生力は今までのように働かない見たいなのが救いだけど。


「それでも――十分くらいあれば再生しそう?」

「うん、あくまでその剣って『倒せる』だけなんだよねー。再生を封じたりできないみたい」


 治癒のポーションをラッパ飲みしながら、イーグはわたしの推測を補足する。

 地面に胡坐をかいて座るその姿は、女の子としては色々物申したい気分ではあるが、今は仕方あるまい。

 実を言うと、わたしもへたり込みたい気分なのだ。

 だが魔王――ヴィゾフニールの反応がまだ不明だ。再生が封じられていない以上、気を抜くことができない。


「破戒神が倒せなかったのは、そのせい?」

「そーだね。ああ見えてユーリ様は慎重派なので、勝利確定の条件を手に入れない限りは挑戦しないんだよ」

「あのドジッ子が慎重派だなんて、とても信じられないんだけど?」

「それは本来の気質だよ。基本的に開発した魔術はきちんとテストしてから運用したり、魔道具もしっかり理論付けて開発したりと、わりと堅実派なんだよ? そのテストで失敗して、死に掛けたりしてたけど」

「それは慎重派じゃない。きっと」


 むしろテスト段階で死に掛けるって……自分が不死だから、かなりアバウトにやってるんじゃないだろうか?


「まぁ、ユーリ様はそう言う一面では臆病だからね。だから勝つために手段を選ばないでしょ」

「それは身を持って思い知った」


 いきなり詐欺紛いの手段で、落とし穴に叩き落してくれたことは忘れない。

 そんな過去を思い出しながら、再生しつつある魔王の肉片をざくざくと斬り刻む。

 こんな雑談の最中にも、むくむくとその嵩を増やしていたのだ。


「これ、目が離せないね」

「だからユーリ様も攻めあぐんでたの」

「まぁ、わたしにはどうとでもできるけど」

「へ?」


 事も無げに告げたわたしに、イーグは驚きの目を向ける。

 滅多に見ないイーグの驚愕に、少し得意になりつつも魔王の肉片を片っ端から“異空庫”へ放り込む。

 この中は時間経過が存在しない。なので、収納中に再生が進むことはないはず。

 有機物を仕舞えるのも確認済みだ。それに、肉片には収納を拒否する意識なんてないし。


「その手があったかぁ。オヤビンのギフトって本当に反則だよねー」

「そこは否定しない。でも異空庫に封じて置けるのはわたしが生きている間だけだから、無限じゃないよ」

「少なくとも宝珠を捜す猶予が出来るのは大きいよー」


 そういえば、ヴィゾフニールを倒したのに集魂の宝珠が見当たらない。

 守護者がいるってことはこの近くのはずなのに。


「とりあえず、何が起こるかわからないから、ボスとアルマ君の回復を待ってから捜そう」

「うん。アルマ、リムルは大丈夫?」

「俺の方が重症なんだけどな……まぁ、命に別状は無さそうだ」


 魔力枯渇は、症状が重いと衰弱死の危険だってある。

 先程リムルが行使した快癒の回数は、上級の神官が使える三倍近い回数を使用していた。

 今思うと、普通なら充分に衰弱死してるレベルだ。


「後衛だから気にならなかったけど、こいつも大概無茶するよな」

「うん、手の掛かる弟みたい」

「それ、本人に言ってやるなよ? 結構グサッとくるから」

「うん?」


 わたしとしては最大限の親近感を表す表現なのに、どうやらダメだったみたいだ。

 ともあれ、魔王ヴィゾフニールの脅威も去っているので、緊張感は限りなく低い。

 リムルが目を覚ますまで、イーグに見張りを任せてわたしたちは休息を取ることにしたのだった。



 リムルは半日ほど目を覚まさなかった。

 その間にわたしはぶち撒けた装備なんかを回収しておくことにする。


 そして明るい場所でよく見ると、彼の前髪が一房、斑に白く染まっていることが判った。

 どうやら衰弱の結果、変色してしまったようだった。

 金髪の中に白髪が筋のように紛れ込んでいたのだ。


「ま、髪の色だけで済んだだけで良しとしようか」

「金と白が入り混じって、キラキラ度が増した気がするね」

「おい、下も白くなってねーか?」

「下品!」


 間髪入れず下ネタを挟んできたアルマに、わたしは即座にツッコミを入れておく。

 殴り倒されたアルマをさらに踏みつけつつ、リムルは話題を修正した。


「それで、宝珠とやらの場所だけど……エイル、イーグ、魔力の反応とかで判らない?」

「ここ、なんだかあちこちから反応あるよ?」

「うんー、フロア全体から魔力、と言うか生命力? が溢れてるみたい」

「フロア全体ねぇ?」


 リムルが床を調べるけど、わたしが見てもそう珍しいものは見当たらない。


「特に何も――いや、これは……」


 だがリムルにとっては見るべき物があった様だった。


「エイル、この部分。赤色の蔦が走ってるでしょ?」

「うん、あるね」

「これ多分フロア全体に広がって、魔法陣を描いてるんじゃないかな?」


 言われて赤い蔦の配置に注目してみる。

 確かに何らかの模様を描いてるように見えなくも無いけど……明確なところはわからない。というか、わたしに魔法陣のセンスは無い。


「うん、わたしに魔術のセンスが無いことがよく理解できた」

「……なんか、ゴメン」

「エイル、これが陣を描いてるんなら、その剣で斬ればいいんじゃねぇか?」

「あ、その手があったか」

「気付けよ!」


 アルマに言われて、赤い蔦を切り落とし、再生しないようにミストルティンで回路を塞いで見る。

 その後、魔王の肉片を取り出してみたら、見事に再生が止まっていた。


「なるほどね……肉体内部ではなく、フロア全体に世界樹とのラインを設置してあったのか。これじゃ何をどうしようとラインが切れないはずだ」

「じゃあ、これでこの気持ち悪いの、放り出しても大丈夫?」

「多分大丈夫だろうけど、それ、外に持ち出すよ?」

「えー、なんで!?」

「ここに置いておくと、また利用されるかも知れないでしょ。世界樹の外に持ち出して、しかるべき処理をして弔っておかないと」


 リムルの言う通り、このとんでもないギフトを内包した遺体は、下手をすると軍事レベルの兵器になりかねない。

 きちんと処分して、二度と再利用されない様にしておく必要は、確かにある。


「ま、気持ち悪いだろうけど少しの間我慢してて」

「うー、リムルが気持ち悪いのをわたしの中に突っ込むの」

「そんなこと言うと本当に挿れちゃうからね!?」


 いけない、最近アルマとかリムルが遠慮なしに下ネタを口走るから、少し感染ってきたのかも?


「とにかく、帰り道を見つけないと……いや、せっかくだから先に宝珠だな」


 ぶっちゃけると、元々迷宮内に長期滞在する予定だったので、まだまだ食料などには余裕がある。

 そもそもわたしの異空庫の中には湖一つ分の水とか、魔獣の肉数百キロとかが突っ込まれているので、年単位で篭ることが可能だ。

 切羽詰って無い状況なのだから、クリア目標の確保を優先するのは当然だろう。


「ここで悩んでてもしょうがないし。イーグ、手始めにそっちの壁から壊してみて。他のみんなは、イーグが壁を壊したらすぐに潜り抜けるよ?」

「りょーかーい」

「巻き込んでくれるなよ」

「ん、アルマなら問題ない」

「んだとぉ!?」


 なんだかんだでこの男、シブトイったらありゃしない。

 瀕死になったり気絶したりするわりには、戦闘が終わると『死ぬかと思った』と言って起き出して来るのだ。

 魔王や破戒神とは違う意味で不死身なのかも?



 壁の向こうはこれまた大きな空間が広がっていて、そこには魔法陣が一つ設置されていた。

 おそらくは階層から脱出するための物じゃないかとはリムルの言。

 なぜそんな便利な物を迷宮が用意しているのかは不思議だけど……それを言うなら下層に強敵を配置していない構造にも疑問が出る。

 どうも迷宮はこちらの成長に合わせて、まるで『試練』を与えるかのように難易度が上がっていく。


「どうしてそういう仕組みなのかは説明つかないけど、ある物は利用させてもらうさ」

「それにしても、こっちはハズレか。いや、帰り道が見つかったから、まるっきりハズレってわけじゃないけど」

「まぁ、反対側の壁も見てみるかな。イーグ、余裕はあるかい?」

「反対? こっちをまっすぐ行けばいいんじゃないの?」


 この高さでも迷宮の階層面積は直径数kmはある。

 いちいち戻って反対側まで移動するのは、今はいいけど後になれば負担になると思う。

 一方を徹底的に検索する方が、効率的にはいいはずだ。


「番人があの位置で待機してたんだよ? 近くに何かあるに決まってるじゃないか」

「あ、それもそうだ」


 あそこに無駄に集魂機構ヴィゾフニールが配置されてるわけはないのだから、周囲を調べた方が当たりを引きやすいか。

 果たして、反対側の壁の向こうには一本の大きな枝が地面から伸びていて、その先に緑色の珠が安置されていた。

 その部屋もやはり緑と赤の蔦で覆われていて、その収束具合からおそらくはここが中心部であると推測できた。


「あれか……」

「うん、壊すね」

「任せる」


 破壊力重視でセンチネルと言う大剣を取り出して構えを取る。

 二メートルを遥かに超える巨剣は、今のわたしでは魔力付与無しでは扱えないほどの重量だった。


 クト・ド・ブレシェにクリーヴァ、アルマの大剣グレートソード


 魔王一人のおかげで大赤字だ。

 それを思うと苛立たしい気分になってきて、そのモヤモヤを乗せて剣を振り下ろす。


 ガキンと、手に重い手応えが返ってきて、痺れが走る。

 見れば、宝珠には全く傷一つ付いていない。


「リムル、これ硬い」

「みたいだね。エイルでダメとなると……イーグ、試してみて」

「おっけーぃ」


 軽く返事をして、グラムを全力で振り下ろすイーグ。

 だが彼女の豪腕をしても、やはり傷一つ付かない。

 いや、わたしと違って、わずかに傷は付いているようだった。


「うーん、傷が入るって事は魔王みたいに物理攻撃を無効にするってわけじゃなさそうだけどー?」

「ある意味世界樹に連結してる部位だからかな?」

「だったらミストルティンで斬れないかな」

「試してくれるかな」

「まかせて」


 魔王の肉片はすでに異空庫内なので、床の魔法陣が完成してしまっても特に問題は無い。

 刺したままだったミストルティンを回収してきて、宝珠に叩きつける。

 結果はイーグよりは深く傷が入ったけど、やはり割れるには到らなかった。


「むぅ、これは純粋にわたしの破壊力不足なのかな?」

「エイルで無理って、世界中の誰にも不可能じゃない」

「なんだか、わたしがバケモノみたいに聞こえる」


 それとなく視線を逸らすな、アルマとイーグ。


「とにかく、もっと力を込めて……あ、そうだ」


 回収した装備から、一張りの弓を取り出す。以前は硬くて、ビクともなかった弓だ。

 だが今のわたしならきっと引けるはず。


「あー、サードアイがあったかぁ。それ、ユーリ様の奥の手だよ」

「そうなんだ?」

「わたしのお母さんもそれで頭を吹き飛ばされたんだ」

「へ、へぇ……」


 そう言う重い話は聞きたくなかったな。なんとなく使い辛くなっちゃうじゃない。

 ともかく、ミストルティンを矢の代わりにして、至近距離から弓を構える。

 距離が近いのは、わたしの弓の扱いに不安があるからだ。


「ん、ぐぬぅぅぅぅぅ!」


 魔力付与で身体強化して、それでもなお重い弦を全力で引く。

 この弓、よく見ると水晶に弾力を持たせると言うとんでもない付与が施されている。

 鉄を遥かに超える硬さの素材を本体使い、それに何かの骨っぽい物で裏打ちして補強してある。

 後でイーグに聞いたら、骨はファブニールのものだったらしい。

 さらに弦も聖銀ミスリルを寄り合わせ、頑強の術式を施した一品。

 もはや人間に引けるレベルを超越した、ふざけた武器に成り果てている。


 限界まで引き絞ったサードアイに、ミストルティンを乗せて解き放つ。

 宿木の矢はパンと言う乾いた音を立てて――音速の壁をブチ破った。

 発生した衝撃波でわたしは盛大に吹き飛ばされる。


 だがミストルティンはきっちりと仕事を果たし、宝珠を真っ二つに打ち砕いていた。

 こうしてわたしたちは、四百年ぶりに魂の円環を解き放ったのだった。

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