第99話 決戦

 魔王の完全耐久を封じて攻撃が通るようになったとはいえ、こちらが有利になったとまでは言えない。

 なにせ今でもイーグに手足を切り飛ばされても、一秒と経たずに再生してのけるのだ。

 あの異常な再生力によって、破戒神たちは撃退されたと言っていい。


 わたしもクト・ド・ブレシェを破壊されているので、異空庫から新しい武器を取り出す。

 取り出したのは巨大な鉄の塊を取り付けただけの、無骨な戦鎚ウォーハンマー

 イーグはこれを『クリーヴァ』と呼んでいたっけ。

 これを振り回すには、魔力付与で身体全体を強化する必要がある。

 人の手に戻ったわたしの身体では、重過ぎる武器だからだ。


 でも、今必要とされるのは面での破壊力だ。魔力を振り絞るようにして全身を強化。

 魔王の世界樹との接続を破壊するには、とにかく大きく叩き潰しに掛かった方がいいはず。

 ただし、わたしが首輪を取り付けた右足だけは、破壊しないように気をつけねばならない。


「イーグ、どいて! そいつ殴れない」

「うひゃ!?」


 イーグの退却を待たずに、クリーヴァを一閃。

 バグンと鈍い音を立てて、上半身の三分の一が綺麗に吹き飛んだ。

 ただし、それもほんの一秒程度の出来事。

 吹き飛ぶ先からミシミシと音を立てて肉の繊維が伸び、あっという間に元の身体に再生されていく。

 これだけ激しく再生していると言うのに、頭が元の状態に戻らないのが不思議だ。


「うへぇ、きもい」

「躊躇いもなくわたしごとぶん殴ろうとしたオヤビンの方がキモイっす」

「なんか言った?」

「なんでもー」


 もはや魔王には防具も武器も存在しない。

 無造作に拳を振りかぶり、非常識な速度で叩きつけてくるだけだ。

 そこには技も何も無いので、避ける事自体は容易い。


 問題は、殴った先で拳が派手に爆散し、一種の目くらましの効果を生んでいること。

 飛び散る血飛沫に視界を奪われ、その隙に逆側の手で殴ってくる。

 そしてそれを躱す頃には砕けた拳が再生している。

 そんな無茶苦茶な戦闘を行ってくるのだ。


 しかも、こちらがどれだけ切り払っても、全く怯まない。

 こちらもリムルの活力回復で多少のスタミナは回復できるけど、リムルの魔力だって無限ではない。

 対して魔王は世界樹から無限の生命力を供給される。


 こんな戦いを真っ向から行っていれば、リムルの魔力かわたしの集中力のどちらかが先に尽きる。

 それは少なくとも、わたしにとっての即死を意味する。わたしはイーグよりも華奢なのだから、あの破壊力には耐えられない。


 轟音を立てて、拳が通り過ぎる。

 それを躱して、反撃を入れる。

 続いてイーグが斬り払う。

 そして魔王が再生する。


 無限に続くかと思われた戦闘だが、徐々にこちらへと天秤が傾きつつあった。

 すなわち……数の暴力である。


「オヤビン、受け持つから少し休みいれて」

「任せる」

「代わりに俺が入るぜ!」

「死ぬよ?」

「っざけんな!」


 体力のあるイーグが常時攻撃を受け持ち、わたしとアルマが交互にサポートに入る。

 こうすることで数十秒とは言え、休憩を挟むことができる。


「リムル、どう?」

「わりとキツイ……あまり魔力が持たない」


 イーグとアルマの治癒に、わたしの腕の再生。

 リムルはこの短時間に、普通の治癒術師なら気絶どころか、命すら危なくなるほどの魔力を消費している。

 もっとも休憩を挟まないといけないのは彼なのに、彼の代役になる仲間がいない。

 それが彼の負担をより大きくしている。


「活力回復――エイル、まだいける?」

「大丈夫、リムルこそ」

「うん、多分……」


 そう言いつつも、彼の顔はすでに蒼白だ。

 リムルが倒れたら、わたしたちへの活力回復が途切れ、あっという間にスタミナ切れでミスを犯してしまうだろう。

 戦況は有利になりつつある。だが勝利は絶望的なままという、矛盾した状況になっている。


「なんとかしないと」

「でも、どうやって?」

「わから、ない」


 再びアルマへと活力回復を飛ばすリムル。その呼吸は目に見えて荒くなっている。

 アルマでは魔王の矢面に立つには、少しばかり技量が足りない。

 彼を前線に置いたままなのは、リムルの負担になる。

 そう考えたわたしは早々にアルマと位置を交代し、再び魔王の矢面に立った。


「でぇい!」


 戦槌を地面に叩きつけ、左半身を砕く。

 直後、イーグのグラムが魔王の身体を腰斬し、その身体の四分の三が消失する。

 だがやはり、一秒も持たずに全快してしまう。

 先程よりはマシな状況。でも先の見えない戦況。


 異空庫からブレスを撃ち出しても、やはり同じ結果に終わった。

 どうやって世界樹にリンクしてるんだ、こいつ?


 疑問に思いつつも攻撃を弾き返し、再び隙を窺う。

 すると背後で切迫した声が上がった。


「リムル! おい、どうした!?」

「え――?」


 突然の声に振り向くと、そこには崩れ落ちて意識を失っている彼の姿があった。

 それを見て、すぐさまわたしは理解する。ついに限界を超えたのだ、と。


「マズイっすね、オヤビン」

「うん、もう後が無い」


 後が無いけど逃げられない。

 この部屋の周囲には出口が無いのだ。

 おそらくは破戒神が前回戦った後に、迷宮の構造を変えてしまったのだろう。


 ――世界樹の免疫が『敵を逃さない』ために最適化した結果。


 世界樹にとって、成長の足がかりである『新芽』とエネルギーの源たる『集魂の宝珠』は数少ない急所だ。

 それを護るために、存在する部屋を内部に隔離すると言うのは、充分考えられることだった。

 むしろ今までやってなかった方が奇跡に近い。


 ここから逃げ出すには転移の魔術を使うか、壁や床をブチ破って逃げ切るしかない。

 イーグが復活した今ならその手段も取れないことも無いけど……


 魔王が天井を破った時の反応から見るに、一度壁を破ると再生しきるまでに十秒程度の猶予がある。

 その間に、気絶したリムルを含めた四人が抜け出すのは、難しい。

 しかも敵がそれをゆっくり見ているはずがないのだ。背中を見せれば、必ず襲ってくる。

 それに、ここの位置が不明な以上、壁をいくつ破ればいいのかすらわからない。


 わたしのブレスは残り九発。

 イーグならもっと撃てるだろうけど……彼女には魔王の相手をしてもらわなければならない。

 合間に壁をブチ破る余裕なんて無い。


「リムルたちだけでも先に……」

「この上層で? この隔離エリアだから敵に遭わずに済んでるけど、他の場所となると、ちょっと安全は保証しかねるなー」


 そんな相談をしていたからだろうか、一瞬の油断に回避を失敗する。

 とっさに武器を掲げ攻撃を受け止めて事無きを得たが、わたしは魔王の攻撃を受け損ね、クリーヴァすら粉々に粉砕されてしまった。

 これで武器を破壊されるのは二つ目だ。


「こんの――やろ!」


 怒りに任せて魔王を蹴り飛ばす。距離が離れたその隙に次の武器を取り出す。

 エリーと初めて出会った時、素振りに使っていた大剣、センチネル。

 それを手に取った時、初めて自分の異常に気付いた。

 左手が、大きく震えている事に。


「な、に……これ?」


 いや、わからなくもないのだ。ずっと冒険者を続け、鍛え続けてきた右腕と、竜化した腕から再生したばかりの人間の左腕。

 言うなれば、今のわたしの左腕はただの村娘のそれと同じだ。

 魔力付与で身体能力を上げているとは言え、そのスタミナの無さは平民と変わらない。

 むしろ年相応の小娘の分だけ低い。わたしも、限界が近いのだ。


「――アルマ、少し変わって」

「お? おう!」


 もし限界が来たら? そう思うとすごく怖くなった。

 だから、アルマに前衛を交代してもらった。


 それからどうする……?

 逃げる? アルマとイーグを置いて?


 そんなこと、できるはずも無い。

 でも戦い続けるには、もうスタミナが無い。


「リムル……リムル、起きて!」


 戦い続けるには彼の力が必要だ。

 でもそれは無茶なことはわかってる……ここに来てリムルは何度も快癒を使用し、間断なく活力回復を飛ばし続けた。

 もう限界に来ている。それは理解してる。でも……


「起きて、リムル! リム――」


 その時、背後でバキッと何かの折れる音が響いた。

 予備の小剣で戦っていたアルマが、武器を砕かれた音だ。

 そして一緒に腕まで砕かれた音でもある。


「ぐああぁぁぁぁ!?」

「アルマ君は退がってて! わたしが引き受けるから」


 イーグの声と共に、乱暴に蹴り飛ばされたアルマが転がってくる。

 とっさに治癒用のポーションを取り出して、振り掛けるが完治するまでには到らない。


 いや……これが普通なんだ。

 今までリムルが凄すぎて実感できなかったけど、彼はわたしたちの命綱だった。

 安心して攻撃に偏重できたのは彼のおかげだった。

 でも今、回復の要である彼は気を失っている。


「起きて……リムル、起きてよぅ」


 何度揺すっても彼は目を覚まさない。それどころか呼吸すら危うい。

 重度の魔力枯渇による症状だ。

 桁外れの魔力と技量を持つリムルは、今までこんな姿を見せたことが無い。


 そうこうしている内に、今度はイーグの足が蹴り折られる。

 アルマを後方に送ったことで隙ができたんだろう。

 崩れ落ち、床に倒れるイーグ。


 雪崩を打って悪化していく状況に、わたしは呆然とするしかない。

 魔王は倒れたイーグを無視してわたしの方へと歩いてくる。

 今、五体満足なのはわたしだけだから。


「やだ――」


 今のわたしがセンチネルを持って、何度振れる?

 この腕なら二度か三度で限界になるはず。


 それで魔王を倒せる?

 答えは否だ。今まででも倒せなかったのに、たった三回で倒せるはずが無い。


「くるな……」


 悠然と歩みを進める魔王。

 顔は無いけど、その動きは一切の感情を読み取ることができない。

 まるで、蛇に睨まれた蛙のような気分になってくる。


「来るなぁ!」


 恐怖に駆られ、異空庫から手当たり次第にアイテムを取り出して投げつけた。

 大量の武器を雨あられとぶつけられ、一時的に魔王は歩みを止めるが……


「……あれ?」


 その右腕に一筋、切り傷ができていた。

 それは今尚、再生することなく存在している。いや、再生はしてるけど、極端に遅い。

 その遅さは百倍……いや、もっと遅い。


「なんで?」


 どれが効果があった? 必至になって飛ばした武器を観察する。

 大剣、槍、斧、弓、木刀……木刀?


 魔王の背後に山の様になって転がる武器。その中に一本の木刀があった。

 柄に『風林火山』と掘り込んだ木刀。

 それを見て、ふと脳裏に走った言葉があった。


『ん、魔剣ミストルティンだね。世界樹の番人フロアキーパーの一つであるヴィゾフニールを倒すための武器だよ。ちなみに柄の文字は破戒神様直筆』


 あれはいつか、異空庫の整理をしていた時に、イーグが語っていた。

 世界樹に寄生する宿木から削りだした剣。

 寄生――それはすなわち、世界樹に根を張り、その生命を吸い上げる唯一の存在であると言うことだ。


「そうか、あれ……あれって、破戒神が魔王を倒すために用意してた武器だったんだ」


 唯一見えた希望。それにすがるように前へ駆け出す。

 魔王の脇をすり抜け、ミストルティンを引っ掴む。

 こちらに振り返り襲い掛かる魔王を、見た目いかにもか細い木刀で迎え撃つ。

 イーグに習った剣術に従い、腕を切り飛ばし、足を裂く。


「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!」


 両腕を切り飛ばし、足を落とし、胴体を細切れになるまで斬り付ける。


 斬って、斬って、斬って――


 そしてわたしが力尽きる頃には、まるで挽肉のようになった魔王の残骸だけが残っていたのだった。

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