エピローグ

 アルバテッラ。

 東西にのびる雪の棚山脈の、少し南。


 春を待つ茶色の荒野のまん中で、みっともなく泣き叫ぶ者がいる。

 立派な群青色ぐんじょういろ法衣ローブ姿。

 魔法使いが、子どものようにむせび泣いていた。


「びええええぇぇぇっ! ヒック……ング。

 ううぅぅ……なんで……マルコ……んあ!

 んあああぁぁぁっ!」


 となりの巫女みこエレノアが必死になだめる。


「アル! ここまでれば、もう大丈夫!」


 そう言って彼女は、地面に膝をつくアルの背中をさすった。

 マルコを帰還させ、探求者グリーを手放してから、彼はずっと泣き通しだ。


 少し離れて、少年エルフのアカネが遠くの空に手をふっていた。

 何人もの有翼人が羽ばたき、山脈の北へと帰っていく。


 仲間は、天文台てんもんだいでの出来事のあと、翼ある宙人そらびとたちにつかまり、山を越えアルバテッラの北の大地に戻ってきたのだ。


 アカネのうしろでは、若ドワーフが地面に顔を向ける。


「おええぇぇっ! げえぇっ!」とバールはもどしている。

 空の旅で、彼はまたもや酔ってしまった。



 アカネは、北の空に遠い目を向けた。


「とうとう、行っちまったな!

 マルコの奴……」


 感慨深い表情で、鼻の下を指でこすった。

 

 しかし背後では、「びええぇぇっ!」とか「おええぇ!」とか「大丈夫大丈夫!」と、なんだか騒がしい。


 アカネは、感傷的な気持ちに水をさされたくなくて、なかなかふり返ることができずにいた。


     ◇


 北の荒野で、仲間はアルを支えて歩いた。

 アルはもう、一人では歩けないほど自分を失っていたのだ。


 行き先は、かつてのナサニエルていを目指し西へ向かうことにした。

 だが一行の歩みは遅い。

 先頭のアカネは、夜に安全に野営できるか右手の森に目をこらした。


 アルの両どなりで肩を貸すのは、バールとエレノア。

 バールが、汚れた口もとをアルの法衣ローブすそでぬぐう。

 だがアルは、それにも気づかずおいおいと泣き続けた。



 エレノアは、彼の泣き顔を見つめ考える。

 彼女はひそかに、ナサニエルの妻ルアーナから、探求者のその後を聞いていた。

 どの探求者も、いつかは神の善意グリーを失う。

 その時生まれる喪失感は、歴代の探求者の心をむしばんだ。

 ある者は廃人はいじんとなり、またある者は狂人となった。


「だから、貴女あなたにアルを支えてほしいの」


 温かいお茶を飲みながら、ルアーナはエレノアにそうげたのだ。



 しかし、アルの場合はちょっと違うとエレノアは思う。

 彼はグリーを失ったことなど、一言もなげいてない。

 再び神の善意にがれ、狂おしいほど悩む様子もない。

 アルはただ、マルコが行ってしまったことを、ひたすらさみしがっていた。


 だがエレノアは思い出して、心を決めた。

 かつて自分は死んだのだ。

 それを救ったのが、探求者のアルだった。

 ならば、救われたこの命を使って、今度はアルを救ってあげよう。


 彼女はそう誓うと、アルの腰に回す腕とは反対のこぶしを上げ、握りしめる。

「よっしゃ!」と急にエレノアの気合の声がして、反対側のバールが驚いた。



 ようやく気分が落ち着いた若ドワーフは、ふとここにマルコがいないことが不思議だ。

「取引は、無事に終わった」と実感するが、何か物足りない。

 それでもバールは、前を向くことができた。


 第二の民ドワーフは、つながりをつことは決してない。

 マルコの勇気や思い出は、彼の心で何百年も生き続けることが、わかっていたのだ。


 そうなると、バールは目先のことに気がついた。

 首をかしげるアカネは、どうやって今夜を過ごすか悩んでいるようだ。


 そこでバールは辺りをキョロキョロ見渡す。

 東の故郷、ニックスマインは随分ずいぶんと遠い。

 ナサニエルていへの道中は、街道から離れて森ばかりだが。


「あった!」


 とバールが大声を上げると、アカネもエレノアも驚いた顔を若ドワーフに向けた。


     ◇


 北の荒野に、その冬遅めの雪が舞う。


 日が傾いて、仲間はあせる。

 バールとエレノアは、アルをほったらかしにしてアカネと言い合っていた。


 バールが訴える。


「あの山のあかりは、村だ。

 街道から離れてひなびてるけど––––」


「でもアルをつれて、夜までに着けるか?」


 とアカネは気がかりだ。

 エレノアも加わる。


「アルがあんなだから!

 野営よりも、人里で休ませたいの」

 

 といった具合で、山の中腹の––––バールが山村だと主張する––––あかりに向かうべきか、仲間はもめていた。



 アルは一人、雪が降る大地に座っていた。

 ほうけた顔を上に向け、空からふわりふわりと舞いおりる雪をながめた。


 一粒ひとつぶほおに落ち、冷たさに顔をしかめる。

 しかしはっと目を開くと、彼は口を大きくあけて舌を出した。


 すると、真っ白な一粒ひとつぶが舌に落ちてきて、「むぐっ!」とびっくりした顔。



 言い合う仲間のうしろで、長身の影が立ち上がる。

 よく通る声をあげる。


「村の酒場に行こう!

 今夜は……打ち上げだ……」


 エレノアもアカネもバールも驚いて、顔を向けた。

 だがアルは、天に向かって口を開き夢遊病のようにふらついている。


 見てられず、目を手でおおうエレノア。

 支えようと駆け寄るバール。

 しかしアカネは、彼に問いかけた。


「打ち上げ? 打ち上げって、なんの?」


 するとアルは、「声が聞こえたんだ!」と叫んで、仲間にふり返る。



「マルコ。……無事に帰った……って」



 そう言うと、彼は口もとをゆるめた。























「神の悪意の物語」

 最終章.雪がとどけたきみの声   完

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神の悪意の物語 王立魔法学院書記官 @royal_academy_secretary

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