16 昇華
翼ある何人もの
神の
だが異邦人が探求者に歩み寄ってからは、時が止まったように動かなくなったのだ。
星空の下で一人、また一人とあくびをし、夜が明けた頃には、屋上にたくさんの丸い鳥のような寝姿が並んだ。
その中で、ふと誰か目覚める。
寝ぐせのついた銀髪を上げ、驚いた顔で周りを見渡す。
突然の、爆発。
続いて紫に光る人影も上昇。それと共に、マリスの黒い
寝起きに吹き飛ばされた
すると最後に、白く輝く
◇
少しだけ時を戻し。
アルが大杖を見上げると、グリーの白石がみるみる
彼は、神妙な顔で
白い雲、すなわち探求者のグリーの精は、アルの姿に
それは、探求者の前で
アルはただ立ち尽くし、見下ろすばかり。
するとそれはすぐ立ち上がり、今度は白く輝くマルコの姿に変わる。
異邦人の
「アル! もう、お別れみたいだ。
バール! アカネ! エラ!
みんな本当にありがと––––」
とたん
次に紫に光るマルコの影。
最後に白く輝くマルコの影が、追うように天空へ飛んだ。
探求者でなくなったアルは、ふと力が抜け膝から崩れ落ちる。
仲間があわてて駆け寄った。
◇
朝日の中、マルコはぐんぐん空を昇る。
下からマリスの精が追いついた。
紫色のマルコは、
「もう少しで……
あの時、エルフの邪魔が––––」
何の話かマルコが戸惑っていると、下から叫ぶ声が追いつく。
「待ってえぇぇっ! 置いてかないで」
白く輝く、やはりマルコの姿。
だがマルコは、それが誰かわかっていた。
アルが
「あぁもう! また邪魔……」と紫マルコがぼやく。
だが白マルコは無視して言った。
「マルコ! 真っすぐここまで来たね!」
そう言われてマルコは、全然真っすぐではない、と思った。これまでの旅を思い出し、涙ぐむ。
白い自分と紫の自分の顔を見て、訴えた。
「本当は……帰りたくない。
この世界が……出会った人たちのことが、好きなんだ!」
グリーとマリスの精は、不思議そうに顔を見合わせる。
眼下の
「マリと……たぶん同じだよ。
帰っても僕には……僕が望む居場所なんてない気がする」
マルコは、さみしげな顔を上げた。
すると紫のマルコ、つまりマリスの精が、意地悪な顔をする。
「なら、僕らを入れるのは正解だな。
理由は言わないけど」
白いマルコ、グリーの精が手を伸ばす。
「怖がらないで。
この世界の思い出も、僕らも、君の心の中で生きられる」
マルコは、神の善意と悪意のふたりの真似をして、両腕を前に広げる。
空を昇る彼の
右手の指先から、マリスの紫の指が、ゆっくり入ってくる。
「いつか誰かを傷つけて、居場所をつくってやる」
悪意は言って、ニヤリと口の端を上げた。
左の指先からは、グリーの白い指が入る。
善意はマルコを励ました。
「君の居場所は、
決して
マルコは正直、どちらにも共感できない。
だが考える間にも、ふたりの腕が、顔が、自分に重なってくる。
この時、善意と悪意がもたらす
彼は変わらず彼のままで、だが喜びで胸がいっぱいになる。
この世界の記憶と、自分と完全には
それはまるで自分の中に生まれた小宇宙。
彼はそんな自分自身が、少しだけ、好きになれた。
雲を抜け昇るマルコは、晴れやかな笑顔で瞳を開く。
そして眼下の景色を見て、はっとした。
「なぁんだ。そういうことか……」
東西にのびる雪の棚の山脈は、もがいて曲がった左腕。
雪壁山脈は胴体で、遠く南へと
足先はマリスを見つけた所。その北側が、はずれ森と、
天から見下ろすアルバテッラの東の山は、地割れにのまれた第三の神、テテュムダイの
この世界の神は、その地のとなりにずっと横たわっていたのだ。
息をのみ、マルコはいつまでもながめた。
それは地をおおい支配しているようにも、あるいは
気づくと、雲の上の青空から、
「そうだ……忘れずに、知らせなきゃ」
そうつぶやくと、マルコの透明な
◇
アルバテッラ、大いなる変化の年。
神の悪意と善意の核である精神が異邦人と旅立ってから、
しかし、その
異邦人の帰還とともに空に散ったマリスとグリーの
ほんのわずかな神の悪意や善意が体に入ると、アルバテッラの人々は変わっていった。
例えば、生まれながらに善良な者が、ふと魔がさして、自らの出来心で恐ろしい罪を
また例えば、
つまり、私たちと同じになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます