15 天文台の戦い 後編

 神の悪意の化身けしんサマエルは、異邦人マルコへんだ。

 痛みへの恐れはなく、神の渾身こんしんちから

 片腕でのばすとがった爪が、マルコへ深々と刺さった。


 と思われたとき


 肉片の飛沫しぶきが舞う。

 化身けしんの腕は円盾まるたてで防がれ、あまりの衝撃でおかしな角度に曲がっていた。


 盾を握るのは、筋肉が盛り上がる若ドワーフの力強い腕。

 目にするアカネは、信じられない思いだ。

「ただのドワーフに、なぜこんなちからが?」と唖然あぜんとする。


 だが、バールは作戦通り動いた。


「うおおおおおぉぉぉっ!」


 若ドワーフは叫び、そのおそろしいちからで、盾ごとサマエルを押し出す。

 勢いのまま、反対の壁まで若神と激突。


 しかしサマエルは、紫から赤へと光る瞳をバールに向ける。


「第二の民が、なぜここまでやる?

 お前のやみに、聞いてみよう」


 第二の民ドワーフのバールは、神の悪意の赤い瞳を、まともにのぞきこんでしまった。


     ◇


「いいぃぃっ!」と床に顔をつけ、バールは泣いていた。


「全部……僕のせいだ。

 みやこちたのも……マルコが傷つくのも!

 僕がマリスを掘り出したから!」


 彼は自らに秘めた罪悪感に打ちひしがれ、敵の前にひれ伏した。


 しかし。

 白い炎が、若神の前で瞬時に燃え立つ。


おれともに、なにしやがる!」


 白炎はくえんが包むアカネが、小剣をふる。裏拳をみまい、宙返りでけり上げる。

 白炎はくえんすじ化身けしんの周りをいくつも舞うが、ことごとくかわされた。


 首をそらし、片腕で受け流しながら、神の悪意は平静に語る。


「第一の精霊とは厄介やっかいだ。だが知ってるか?

 テテュムダイが死んだ時、太陽母神も涙を流した。

 海をつくるひとしずくをな!」


 突然ザパアッ! とアカネの全身に潮水しおみずが落ち、彼は床にたたきつけられた。

 手を見ると、白い炎が消えている。

 アカネは愕然がくぜんとして見上げる。

 サマエルが、うすら笑いを浮かべていた。



 そしてその時。

 またもよく通る声が響いた。


そらの暗球。倍掛け、さらに倍」


 アルの魔法がサマエルを包む。

 黒いたまがサマエルを封じ、羽と手足がはみ出て必死にもがく。

 たまはみるみる小さくなる、がしかし。


 収縮は止まって、少しづつ、大きくなる。

 急にふくらみ、轟音をあげ破裂。

 四肢ししを広げるサマエルがあらわれた。


「小細工は無駄だ! われを誰だと––––。

 ……!」


 言葉の途中で、神の化身けしん驚愕きょうがくした。


     ◇


 サマエルの目の前に、白光はっこうをまとう異邦人の剣先がせまる。


 化身けしんは瞬時にさとった。

 これまでは全て時間稼ぎ。

 召喚を完成させ、脅威の回復とともに突く全霊の一撃だ。

 若神は一瞬、白い光のみなもとに目をやる。

 白い法衣ローブと水色の髪が揺れる満月の巫女みこ

 だが神の化身けしんの目には、彼女と心をつなぐ助けの姿も見える。

 満月の巫女みこの老女、それと碧髪へきがみの精霊が、ともに異邦人へ祈りを捧げていた。


「––––ぁぁぁあああああっ!」


 マルコの雄叫おたけびにサマエルが気づいたとき


 若神は不思議そうな顔で、自らの胸に目を落とす。

 マルコの剣が、根元まで、深々と刺さっていた。


     ◇


 マルコは白く輝く槍となって、神の悪意を壁ごとつらぬいた。


 アルの目が見開く。

 床に倒れるバールとアカネが顔を上げる。

 瞳を開いたエレノアは、唇が微笑ほほえんだ。

 仲間は、作戦の成就じょうじゅを見届け、ほうけたように無言だった。



 だがしかし。


 うつむくサマエルが「くっくっ」ともらす。

 おかしくてたまらないように、顔を上げて高笑いした。


「愚かな! ナサニエルの言葉を忘れたか!

 われらは合一なのだ。

 片方のちからが増せば、他方たほうも増す––––」


「わかってるよ。だからつかまえた」


 剣を持つままマルコが口をはさみ、なぜかサマエルに向かってにこりと笑いかける。

 そして顔を寄せると、化身けしんの耳もとで何かささやいた。


 するとサマエルは、うっとりとした表情に変わる。

 そして不思議なことに、け出した。

 若神の黒い筋肉はとろけ、紫の雲となってただよう。

 そして再び人の形を作ると、声を発した。


「やっと……わかりあえたね」


 神の悪意の化身けしんは、紫色の、マルコの姿になっていた。


     ◇


 ようやくマルコがふり返ると、となりには紫色の全く同じ姿の影が立った。

 それがまだ神の悪意なのか、誰にもわからない。


 マルコは笑顔で仲間をながめると、探求者を見つめた。


「みんな……あの……ありがとう。

 アル、もう平気だよ。


 だから、……帰還きかんじゅつを」



「え」とアルは驚く。

 エレノアが目をひらき、バールとアカネは顔を見合わせる。


 異邦人は、みなに決意をげた。


「マリスの心は、僕が一緒に連れて行く」



 長いながい、沈黙。


 アルは、マルコの思いを想像していた。

 サマエルは言った。


「居場所は、人の心のやみ


 ならばきっとマルコは、神の悪意を自らの悪意に変えて、心のやみに住まわせ元の世界に帰るというのだろう。

 そう理解すると、アルは瞳を上げる。

 そして表情が、泣き崩れた。


「そんなの。ぜったいに。いやだ!」


     ◇


 急変した探求者アルの姿に、みんな呆気あっけにとられた。

 床に座り込み、駄々をこね泣きじゃくる。まるで、子供返こどもがえりしたように。


「うええええぇぇっ! そんな……グズッ!

 そんなつもりで呼んだんじゃない!

 君は……ズズッ! 君こそ僕の……」


 人が変わったアルの背中を、エレノアがさする。

 しかし彼女も戸惑っていた。異邦人を帰すことを考え、彼は気がふれてしまったのか。


 するとマルコが歩み寄り、アルの前にしゃがんで、肩を握る。

 目にする者みな微笑ほほえむような、甘い笑顔を見せた。


「大丈夫だよ、アル!

 ぜったいに、忘れないから」



 それからは誰も動けず、天文台てんもんだいでめくるめく時が過ぎる。

 夜空が明けて雲が流れ、また星空となってしらむ。

 ついに、探求者は立ち上がった。


 鋭い目つきで腕を広げ、太陽のように朗々ろうろうと唱える。


われ、神の善意なりしロムレスのグリーを用いる者!

 アルバテッラの人ならぬ異邦の人を、第三の神の力を借りて元の世界へと帰さん!」


 するとマルコの身体からだを白い雲が取り巻き、うっすらけた。

 半透明のマルコと、向き合うアルは微笑み合う。


 だがさらに、声は続いた。


「デメスンよりロムレスのものとなりし神の善意、魔法学院アカデミーのグリーよ!

 現世うつしよあるじたるわれが命じる!

 そのちからを解放! 異邦人マルコ・ストレンジャーと共にゆけ!」



 半透明のマルコの瞳が、大きく、大きく、見開いた。

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