14 天文台の戦い 前編

 天文台てんもんだいの天井から透ける星のもとで、仲間は戦いにのぞんだ。

 敵は、異邦人マルコが運んだたまごのマリス。

 それがかえった神の悪意の化身けしんサマエルだ。


 探求者アルによって召喚されたマルコは、事のはじまりからずっと、最後で最大の敵と一緒だった。



 黒い筋肉が美しい若神、サマエルは笑みを浮かべ立ち上がる。


「ご苦労なことだな、マルコ。

 ただ我が血肉となるため、旅を重ねた」


 だが剣と盾を構えるマルコは、動じない。

 狂戦士バーサーカーの足踏みをして、不思議と彼の心は落ち着いていた。

 静かに、だがはっきり問いかける。


「君は結局、誰なの?

 神の悪意は、なぜこの世にいるの?」


 とたん、悪意の化身けしんは翼を広げ飛翔。

 鋭いつめで、真っすぐマルコにせまる。


 それがマルコの顔を突く瞬間、円盾まるたてが爪を流し彼の身体からだは半回転。

 ねじった身体からだの反動で、即座に片手半剣ハンド・アンド・ハーフが黒い翼をいくつもつ。


 おぞましい絶叫。

 ふり返ったサマエルは、黒い血走った目でマルコをにらんだ。


われは、人の心のみなもと

 悪意が無ければ善意もなく、文明もない。

 人は荒野のけものには戻れない。だから、われを消すことはできない」


 言うと化身けしんは、翼を左右に伸ばし、鋭い羽で空気を裂いた。


 マルコの横にバールがついて、二人は剣と棍棒でそれを防ごうとする。だが翼の動きは速く、武器は羽先に触れてもち切れない。

 マルコのマントを、バールの腕を、刃物はものの羽が切り裂いた。


 だがその時、白い炎の人影が二人の周りを舞う。

 二人の得物えものに白い炎がともり、振られるたびに敵の翼に飛び火した。

 白い浄化の炎、最高位精霊エルフの火だ。


 翼に白炎はくえんが踊ると、サマエルはわめき羽を背中に引っ込めた。

 刹那せつな、炎の間から戦士が3人あらわれる。

 アカネの小剣、マルコの長大剣、バールの棍棒はしかし、若神のあしきざむのみ。


 半分焼けた翼を広げ、サマエルは天井に上昇していた。

 マルコは顔を上げ、さらに問う。


「消せないなら、どこに連れてけばいい?

 君の居場所は、いったいどこだ?」


 すると若神は、冷たい目を落とした。


「わずらわしいことだ」


 マルコを見る若神の瞳が、赤く明滅めいめつした。



「いけない! 精神魔法だ!」


 アルのよく通る声がした。

 となりのエレノアが即座に腕を回す。

 だがマルコは剣を落とし、悲痛な叫び。


「ひぃっ! うあああぁぁ!」


 恐怖に引きつる顔を、ねじ曲がる指でおさえた。

 マルコは激しく胸がせり上げ、息ができない。これまで胸に秘めた辛い記憶や未来への恐怖の何もかもが混ざって、一気に頭の中を埋め尽くす。

 自分などなんの価値もないと、心の底から思った。


 アカネとバールはただ呆然ぼうぜんと、彼のそばに寄り添うばかり。


 サマエルは、満足げに厚い唇を舌なめずりした。


「異邦人にもこれはくか。

 ならばお前にも、みずから抱えるやみがある」


 瞳が赤く光る化身けしんは、苦しみひざまずくマルコを見るのが嬉しくてたまらない。


「教えよう、マルコ。

 お前の中にもあるのだ。

 われの居場所は、人の心の、やみ……」


 その時一瞬、マルコの体が半透明になる。

 と同時に響く、よく通る声。


せ、稲妻いなづま光束こうそく


 一直線に、鋭い稲光いなびかりの線がサマエルをつらぬく。

 化身けしんはのけぞり、瞳の赤い光は消えた。


 さらに満月の加護。


「ルーナムデウス! 我が戦士を照らせ」


 顎髭あごひげをたくわえた月の男神おがみ、ルーナムデウスのまぼろしがマルコをつつむ。

 エレノアが唱えた月光で、マルコの表情がやわらいだ。


 脇腹に空いた穴から出る黒い血を見ると、サマエルは驚いた顔を上げた。

 さらに力強いひかりに圧倒され、マルコに近づけない。

 だから悪意の化身けしんは、怒りに燃えた目を、魔法使いと巫女みこに向けた。

 

     ◇

 

 アルがまばたきすると、目の前に若い神がいた。

 背中にエレノアの震えを感じ、自分も歯をガチガチ鳴らす。


 サマエルが唇をゆがめ、つやのある声を出す。


「先にこちらを片付けよう。

 グリーの使い手と、月の巫女みこ


 遠くから、マルコの決死の声が届く。


「アル! 魔法の作戦!」


 だがアルは、恐怖のあまり化身けしんから目をそらすことができない。

 それでも、エレノアが彼の腰に抱きついたので思い出せた。


 黒い爪が目前にせまる。

 探求者は、唱えた。


魔法学院アカデミーグリーにぐ!

 召喚術の一時中断!」


 サマエルは驚いた顔で手を引いた。

 若神が顔を台座に向けると、若ドワーフと少年エルフの悲痛な顔の間で、異邦人の姿がかき消えていった。



 そして、杖のグリーが輝き発動する。

 召喚のかせがとれた狂気の攻撃魔術師バーサーク・ソーサーラーの術。

 アルの瞳が、あやしくきらめいた。


「古代魔法、はじめ吹く風」


 遠くから、低い振動が近づいてくる。


 サマエルの身体からだが、宙に浮いた。

 戸惑う化身けしんはすぐ、耳をつんざく轟音ごうおんとともに半球の中で吹き飛ばされた。


 術者のアルとしがみつくエレノアを軸に、凄まじい暴風がうずを巻く。


 バールが台座とアカネを握る。

 アカネの身体からだは横になびき、今にもちぎれそうだ。


 だがうずに飲まれたサマエルは、狂ったように壁と天井にぶち当たり、はね返った。


 そうして、嵐が過ぎ去った部屋で、探求者は大杖をかかげる。


「異邦人マルコの再召喚!」


 すると、台座のそばでぐったり横になったドワーフとエルフの間で、白雲しらくもが渦巻いた。


     ◇


 倒れたサマエルは、彼らがここまで自分を痛めつけることが、意外だった。

 思いもしなかった運命を呪い、若神は負の感情を増幅する。

 どす黒い悪意は、召喚中の異邦人の姿に目をつけた。



 バールとアカネに笑顔が戻り、形作られるマルコを見つめている。

 そこに鋭い爪が割って入った。

 青黒い爪が顔を、首を切り裂き、宙を舞う赤いしずくが、召喚されて血潮ちしおとなる。

 即座にアカネが白炎はくえんの剣をひらめかせ、バールが棍棒をふるった。


 吹き飛ばされたサマエル。

 脚は曲がり、片腕がない。だが顔は笑っていた。


「マルコ、やはりうかわれるかだな」


 ひざまずく異邦人は、顔から赤いものを流しながらも、なんとか立ち上がった。

 ペタン、ペタンと弱々しく床をふむ。

「おぅ……」とささやいて、「カラン!」と円盾まるたてを床に転がした。


 するとバールとアカネの目が開き、アルとエレノアへ顔を向けうなづく。



 神の悪意の化身けしんは、もう異邦人を傷つけることしか頭にはない。

 自らの肉体をかえりみず、サマエルは全身の憎しみをマルコへ放った。

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