13 誕生

 アルバテッラ。

 南北にそびえる雪壁山脈と、東西にのびる雪の棚山脈が交わる先。

 丸い山の西よりに、半球の建物がある。

 宙人そらびとはそれを、『天文台てんもんだい』と呼んだ。

 全てを見通す不可思議な遺跡。

 古代よりも前、神代かみよの昔から。



 背中にハクチョウのような翼を持つ宙人そらびと、ボーは天文台てんもんだいの屋上にいた。

 羽で雪をかき分け、ひし形の骨組みの隙間すきまから中をうかがう。


 異邦人のマルコが、中央の台座に黒い石をのせるのが見えた。


 息をのむボー。


 黒石と、魔法使いが持つ杖の白い石から、まばゆい雲が生じる。

 互いの方へ漂い、流れは神速となる。

 紫と白の雲が描いた8の字から放たれる閃光せんこう

 そしてマルコら仲間は、天井を見上げた。


「…………ん? あれ?」


 ボーは思わず独り言をいった。


 天文台てんもんだいの中の者たちの、動きが止まってしまったのだ。

 みな、驚愕きょうがくした顔を上に向けている。

 だがボーがいつまで待っていても、彼らはまばたきもしないまま。

 

 やがてボーは、屋上から中を凝視ぎょうしするのにつかれてしまった。

 冷たい空気で乾いた目を閉じると、眠たくなる。

 ふわあとあくびをして、羽をたたんだ彼はその場で居眠りすることにした。



 その夜。

 眠りから覚めたボーは、目をこすって再び中をのぞく。


 まだ変わりない。彼らは止まったままだ。


 どういうことか首をひねっていると、聞き慣れた声がする。


「おーい!」


 顔を向けると、星空の下に白い翼がいくつも浮かぶ。大勢の同族が羽ばたいてくる。

「しまった」と、ボーは顔を手でおさえた。

 帰りが遅いものだから、他の宙人そらびとが様子を見に来たのだ。

 しかし、皆で見届けるのも悪くないと考え直した。


 ボーは仲間に大きく手をふり、思う。

 みな気になって仕方ないのだ。

 なんといっても、長老しか知らない、神の化身けしんが誕生する瞬間なのだから。


     ◇


「ピシ……ピシピシッ!」とひびが入るたまごに気づくと、マルコはすらりと片手半剣ハンド・アンド・ハーフを抜いた。


 バールが、何気なく化石の台座に近づく。

 驚く仲間をよそに、彼は台座から飛び出た樹木のような繊維せんいを引きちぎる。

 そして、ブンッ! と素振りをした。

 若ドワーフは、マルコへニカッと笑う。

 今日は化石の棒切れで戦うのかと察して、マルコも笑顔を返した。


 ドワーフの反対側では、アカネが身体からだから白い炎を発し、エルフの火となる。

 白炎はくえんが燃える矢を、弓につがえた。


 マルコがうしろに首を回すと、満月の巫女みこエレノアが胸の前で手を合わせ、目を閉じている。

 すでに淡い月光を発し、仲間を守るはず。


 そしてアルといえば、白雲しらくもが渦巻くグリーから目を離し、さわやかな若者の笑顔をマルコに向けた。

 ただそれだけ。

 だが、マルコは安心して、目の前の台座を見据みすえた。



 たまごのマリス、黒い石のからが割れて、粘液ねんえきが光る黒いへびがのたうち出る。

 いや、それはへびではなく、黒石の大きさからは考えられない、人の立派な腕だった。

 さらにべとつく頭、もう片方の腕が出ると胴体とあしも一気に出る。

 れた髪をふり、腰布以外は黒い裸。


 その姿は、マルコが石板や像で何度か目にした、美しい第三の神だった。


「やっと……会えたね。

 僕が運んだマリは……神さまだったんだ」


 彼が呼びかけると、生まれたばかりの若神は、落ち着いたつやのある声で応じる。


「もう、お前のマリではない。

 テテュムダイそのものでもない。

 われはサマエル」


 とたん若神はうなり、背中の肉が盛り上がると、何重もの黒い翼が飛び出した。

 驚くマルコと仲間に、サマエルはげる。


「楽しい旅は終わりだ。

 お前らは所詮しょせん、我が養分ようぶんなのだ。

 お前らをい、その善意と一つになれば、我が血肉は完成する」


 そう言って、美しい若者姿の神は、悪意に満ちた目をマルコに向け、厚い唇を舌なめずりした。


     ◇


 第三の民であるアルとエレノアは、どうしようもなくはだが震えた。

 龍や古代こだいひととはまた違う、人をぎょする者との遭遇だった。

 一変した空気は肌をし、体の中から声がする。

 決して、逆らうな、と。


 しかし、異邦人はとぼけた返事をした。


「へえ……。

 その姿になっても、やっぱりべるの?

 またおなかをこわすんじゃ––––」


 刹那せつな黒影くろかげ

 サマエルのこぶしがマルコを襲う。

 とっさにマルコは円盾まるたてを構えたが、身体からだは吹っ飛んだ。


 広間の端へ、若神は異邦人を追いめる。

 黒い翼が鋭い刃物となって、マルコの髪をほおを、執拗しつようきざんだ。


「お前は! もう! あるじではない!

 いい加減に我がさわりを知れ!」


 苛立いらだつサマエルは絶叫。


 だがしかし、一本の炎の矢が飛ぶ。


 白炎はくえんの矢を顔の横でなんなくつかみ、若神は怒りにゆがんだ顔をアカネに向けた。


「わかってて……歯向かうのか……?」


 白炎はくえんが包む少年エルフの表情は、はっきりしない。

 ただ使いものにならない弓を床に置くと、サマエルに見せつけるように、けものの小剣を取り出す。

 片手をあてて、やけにゆっくり、白い炎を刃にまとわせた。


 サマエルが、片方の手のひらをアカネに向ける。


 その時。

 ドゴオッ! と爆発音がして、サマエルは腰から横に吹き飛ぶ。

 反対側の壁に激突し、神の化身けしんはふらふらと頭をふった。


 マルコのそばには、化石の武器を握り直す若ドワーフがいる。


「取引も、いよいよ大詰めだ。

 最後まで護衛する。

 第一の民と第三の民と、一緒に」


 バールは無表情に言った。



 傷だらけのマルコは、笑みを浮かべて立ち上がる。

 サマエルに叫んだ。


「君は、僕とずっと一緒だったマリだ。

 だからもう少し……知りたいんだよ!」


 言うとマルコは、ドッ! ドッ! と床石ゆかいしを二度踏み鳴らす。

「おう!」とえて、戦いにのぞむ狂戦士バーサーカーの儀礼をした。


 すると両脇に、白炎はくえんを身にまとうアカネ、化石の棍棒を構えるバールが並び立つ。


 3人の仲間を見て、アルとエレノアもついに心を決めた。

 神の悪意を知るために、それと戦うのだ。

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