12 天文台(てんもんだい)

 新たなゼロの民、宙人そらびとと出会った翌朝。

 仲間は大変な苦労をして、神の山を登っていた。


「ボクの名は、ボー」と名乗った銀髪の青年は、雪と岩ばかりの難所を羽ばたいて登る。

 マルコは息を切らし、手が届く突起とっきを必死でつかんだ。

 アカネをのぞく仲間も、進みが遅い。

「どこまで登るんだ」と、バールは辛そうな顔だ。


 なんとか山の中腹まで登ると、宙に巨大な三角の岩が飛び出している。

 ボーは翼を広げ、巨岩へ飛んだ。

 岩に舞い降り、ふり返る。


「ハイ! ここは飛んで」


 アルとエラノアが同時に手をふる。


「飛べない飛べない」

「羽ないから! 私たち羽、ないから!」


 うろたえる仲間の中から、アカネがかろやかにんだ。勢いよく突起とっきを両手でつかんで、そのまま上空へ宙返り。

 岩の上に立つと、少年エルフは驚いた顔のボーにたずねる。


「なにかないのか?

 みんなが登れるような、ひもとか」


 するとボーは、腕組みをして考えた。

 そしてはっとした顔でふり向き、こんもりした小山を指さす。


「ん。天文台てんもんだいにあるかも。

 すぐ取ってくる!」


 言うとボーは、空へ羽ばたき飛び去った。

 アカネは調子が狂ったように、ぼやく。


「なんか……せっかちな奴」


     ◇


 ボーが持ってきた縄ばしごで、仲間は無事に三角の岩も登れた。

 今は、『天文台てんもんだい』と呼ばれる雪の小山へと向かっている。


 曇り空のした、マルコの腰の袋は一歩進むごとに重くなる。

 苦しさに顔をゆがめ、彼はふり返った。

 うしろのアルもまた、鋭い目で大杖の袋を凝視ぎょうししている。目が合うと、アルは真剣な顔でマルコにうなづいた。


 小山を目の前にすると、マルコはふと奇妙な感じがした。

 自然の山だと思っていたのはきれいな半球の建物で、あみ模様もようが一面をおおう。

 あみは白と紫がまじる骨組みで、まるでおわんをかぶせた形のかごだ。

 それは見たことない文明の遺跡のようでもあり、何か巨大な生き物の、化石のようにも見えた。


 マルコは有翼の青年に聞いてみた。


「あの……ボーさん。

 天文台てんもんだいって、なんなの?」


 とたん、驚いた顔のボーがふり返る。


「ん? 聞いたことない?

 天文台てんもんだいというのは、そらや星を観るところ」


「はあ」とマルコは仕方なく相槌あいづちを打つ。

 結局、肝心なことは聞けずじまい。

 なぜ、マリスとグリーを持ってそこへ行くのか。理由を知る前に、もう着いてしまったのだ。


「こっちこっち!」とボーが手招きをした。

 半球の建物のふもとに、あみの目のひし形に割れた、黒い穴がぽっかり空いている。

 一足先についたボーは、そのとなりでせわしなく羽を動かした。



 マルコはやれやれと言った表情で、仲間にふり返った。


「それじゃ、みんな。入るよ」


 バールもアカネもエレノアも、緊張した面持おももちでうなづく。

 アルがよく通る声を出した。


「召喚に応じてくれてありがとう。

 マルコ」


「こちらこそ」とマルコは答え、天文台てんもんだいへと歩み出す。

 仲間があとに続くが、探求者は遅れた。


「こちらこそ?」とアルは内心気になって、異邦人の真意がわからず戸惑う。

 だが、気持ちを切り替えるよう首をふって皆のあとを追った。



 白雪しらゆきがおおう神の山を、風変わりな一行のいろどりが半球の建物へ向かう。

 その足取りは重く、抱える不安のせいか、足跡は深い。


 しかし、少し離れた木立では、名も知らぬ花のつぼみが雪の下でもうほころんでいた。


     ◇


「んじゃ。ボクは外で待ってる」


 出し抜けにボーは言うと、マルコが止める間もなく天文台てんもんだいの屋上へと羽ばたいた。

 マルコは上空の宙人そらびとをながめたが、ため息をついてひし形の穴の奥へと入る。


 ほかの仲間は驚いたが、それは決して勇気ではなかった。

 マルコの腰の袋はもう、たえられないほど重かったのだ。彼は一刻も早くマリスを置く場所を求め、暗がりを進んだ。

 だがしかし、一筋の探求心も残る。


「中では、何が起こるんだろう?」


 そう思いながらマルコは、ぼんやりした光が照らす石段を見つけた。

 人の手による階段は、明るい上へと続いている。

 ゆっくりと、だがためらうことなく石段を踏みしめる。

 そして、高い骨組みの天井から空の明かりがさす、大広間に出た。



 背中に仲間の気配を感じながら、マルコは広間の中ほどに目を奪われた。

 天井から柔らかい光がそそぎ、まるで大樹の切り株のような台座を照らす。

 歩み寄ると、床から曲がりくねった繊維せんいが伸びて土台になっている。

 異界の生き物のような形は、マルコを魅了した。


 さらに台座の中央。

 少しへこんだくぼみも、黒っぽい繊維せんいがびっしりと埋める。それは硬い化石のようだが、奇妙なことに、彼には柔らかくて暖かそうに思えた。


「あぁ。これが……たまごだ」


 そう確信し、マルコは袋のとば口を開く。

 神の悪意、マリスと呼ばれる人の頭ほどの黒い石を取り出すと、の上に置いた。



「––––ルコ! そこから離れて!」


 アルや仲間の叫びに、マルコはやっと気づく。

「え?」とふり返った彼の顔には、蛮族の刺青いれずみのような、とがったすじがびっしりはしっていた。


 エレノアが口に手を当て、アルは驚愕きょうがくして瞳を開く。

 だが、バールとアカネはためらうことなく異邦人に駆け寄った。

 アルもなんとかちからをふりしぼって、大杖の暗い袋を外した。


 神の善意、グリーと呼ばれる白石は、数本の枝に別れた杖先でまばゆく、まばゆく輝き出す。



 そうして、それは起きた。


 ときの流れが曖昧あいまいになり、みるみる暗くなる天井を仲間は見上げる。

 先ほどまで昼の曇り空がけて見えた天井は、いつしか、満天の星空が広がっていた。

 それが終わると青い空、そしてまた星空となって美しい月が通り過ぎる。



 めくるめく時が過ぎる、天文台てんもんだい

 鳥の巣のような台座の上で、たまごのマリスに「ピシ……ピシピシッ」と、亀裂きれつが入った。

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