11 思い出ごはん

 音のない死んだ森を右に、左は雪原の奥にごつごつとした岩山が見える。

 その間の雪道を、仲間はとぼとぼ歩いた。


 マルコが顔を上げると、真っ白な雪山がそびえている。いただきとがっておらず、丸っこい。

「きっとあれも、神の山だ」と彼は思った。

 こごえる空気の中、ほおが赤くなった顔をさげ腰に目をやる。暗い袋を見たところで、これからの不安は消えない。

 心なしか、おなかもすいた。


 アルは一番うしろをうつむいて歩いた。

 ナサニエル夫婦と、そして宙人そらびとと呼ばれる有翼人と別れたあとも、聞いたことを必死で思い出す。

 しかし考えれば考えるほど、これからどうすべきなのかわからなかった。

 ふいに、ぐうとおなかが鳴る。


 静かな雪景色の中、バールが叫んだ。


「アルの腹は正しい! そろそろ飯時めしどきだ」


「でも……この先も、たくわえもつのか?」


 と、アカネが心配した。


 マルコが歩みをとめ、アルも顔もあげる。仲間は不安げな顔を見合わせる。

 するとエレノアが、おずおずと片手をあげた。


「あのー。さっきルアーナさんから『みんなで食べて』って、もらったんだけど……」


 とたん、仲間は彼女を取り囲む。

「見せろ!」とか「まず休むところを!」と口々に唱え、急ににぎやかになった。


     ◇


 森の境の木陰こかげ

 アルの指が、小指の先ほどの茶色い豆をつまんでいる。目を寄せ、心の声を口にした。


「なにこれ?」


 彼は落胆の表情をかくせず、エレノアに顔を向ける。


宙人そらびとの携帯食で、ちょっと特別って……」


 もじもじ答える彼女を、皆うらめしそうに見つめた。

 バールが豆をにらみ、苛立いらだって言う。


「これっぽっちじゃ……はぁ、肉食べたい」


 と、豆を口に放り込んだ。

 すると「あーーー!」と、エレノアが手をのばす。

 異様な光景に、ほかの仲間は身を引いた。


 若ドワーフの大口から、巨大鹿エルクの肉のかたまりが半分飛び出ていた。

 涙を流すバールの背をさすり、エレノアが早口でしゃべる。


「ちょっとずつかじるんだって!

 望む物が食べられる魔法の豆だからっ!」

 

 ぽかんとする、アルとマルコとアカネ。

 一呼吸おいて、ぱあと笑顔を見合わせる。


 マルコがさっそく試すことにした。

 心に描いて、茶色い豆のはしをちょびっとだけかじった。

 パリッと皮が音をたて、口の中に肉汁があふれる。

「はふ! はふ!」と彼はあわてて口を動かし、笑いがこみ上げてきた。


 あやしむ目でアルがたずねる。


「マルコ……一体いったい、何食べてるの?」


「エルベルトが焼いてくれた鳥の山賊焼き!

 もう最高!」


 マルコの満面の笑顔を見ると、アルとアカネはごくりとのどを鳴らした。


 アルも、思い切ってちょっと豆をかじる。

 とたんびっくりした顔でもぐもぐ頬張り、飲み込んだ。


「ああ! なんて美味うまいんだ!

 お米と豚肉の、このハーモニー!」


「バルドの豚丼でしょ?」とすかさずマルコが指をさす。

 となりでアカネも叫んだ。


「やっぱ、木の実の焼き菓子アッシュケーキいい!」


 3人はうるさく話しながら、豪勢なお昼を楽しんだ。



 ふがふがと苦しむバールをおいて、エレノアがあやしげなまなざしで小瓶こびんを取り出す。


「これももらったの! 汁ものみたい……」


 驚く仲間の前で、エレノアは小瓶こびんの透明な液体を慎重に口に含んだ。

 そして叫ぶ。


「ああぁ! これもう一度飲みたかったの!

 ヌーラムの、乾燥小エビのスープ!」


 すると3人もエレノアに小瓶こびんをねだった。それぞれ口に含むと、これまた騒ぐ。


 だが、アルはふと、マルコが涙ぐんでいるのに気づいた。

 口もとをゆるめ、たずねてみる。


「マルコ、今度は何を飲んでるんだい?」


 ふいをつかれて、マルコはあわてて目元を手でぬぐった。

 ぼそぼそ答える。


「小熊亭の……スープリゾット」


 そう聞いて、アルはふっと笑顔になる。

 旅のはじまりを思い出して、彼の瞳が輝いた。


     ◇


 雪の棚山脈の裏。

 山頂が丸い、神の山の夕べ。

 そのふもとで、仲間はき火を囲み野営した。


 夕飯も宙人そらびとの不思議な豆で、あふれるほど元気になった。

 おなかと心が満たされると、先行きも希望を持って話せる。

 皆で、いくつもの作戦を練り上げた。

 

 ふとマルコが顔をあげ、揺れる炎がひらめく表情を照らし出す。


「あの! いま思いついたんだけど」


 宙人そらびとびんを傾け、顔が赤いアル––––きっと葡萄酒ぶどうしゅで一杯やっているのだ––––が応じる。


「なんだい? ……いい考えでも?」


 ご機嫌なアルに、マルコは真剣な顔でうなづいた。

 仲間も身を寄せ、き火を囲む影が小さくなる。

 マルコは語り出した。


「ここはきっと神の山だから……少し離れたとこ、あの森の木の根元とか、遠くの岩場にマリスを置いてさ!

 ……そのまま帰っちゃうのはどうだろ?」


 アルとエレノアの目が見開く。

 バールとアカネは、暗い目を見合わせた。


 アルがかばうように答える。


「悪くない……かも。この辺はアルバテッラの外だから、マリスだけ置けばちからは弱まる。

 いけるよ! マル––––」


「んなわきゃあない!」


 突然、聞き慣れない声がした。みな一斉に周りを見渡す。

 マルコは夜の岩へ目をこらす。暗がりの中、白い翼が羽ばたいた。


「誰だ?」とバールが、松明たいまつで照らす。

 白い翼がある銀髪の青年が、近くの岩の上でしゃがんでいた。


「ボクらの地で、んなことされちゃ困る。

 ん。ナサニエルに頼まれたから。

 ボクがちゃんと、天文台てんもんだいへ案内する」


 そう言うと、その細身の青年は、ふわあと生あくび。

 マルコもアルも、新たにあらわれた宙人そらびと驚愕きょうがくした顔で見つめていた。

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