10 宙人(そらびと)

 断片的だんぺんてきな、マルコの記憶が駆け巡る––––。


 アルと二人で旅をはじめたころ。

 目の前にした、激しくこわれた石板。

 エルフをんだ、ムクムク丸い第一の神。

 その右に、羽がある小さな何かがたくさんられていた。


 おそらく、彼はこうたずねた。


「この右側にあるのは何? 羽がえた……人?」


 アルは、羽のある民、つまり有翼人がアルバテッラのどこかにいるという説を話す。

 そして、こう問い返した。


「マルコにも、これは人に見えるのかい?」


 彼は、好奇心旺盛な目を丸くした––––。


     ◇


 翼あるストラグル。

 かつて有翼の民であった彼は、気が遠くなるほど昔に、人の手で顔にマリスを埋め込まれた。

 その呪いが、彼を火龍に変化へんげさせたのだ。


「当時は『実験じっけん』がさかんだったからな。

 うかつにも地にちたわれは、材料にされたのだ。

 むろん、龍になるとすぐ、その者らをってやったが」


 ほおに黒石が並ぶ金髪の青年は、壮絶な過去をたいしたことでもないように語った。



 沈黙する皆を元気づけるように、ルアーナが声を張る。


「そう! それで龍の願いはかなって、本来のゼロの民に戻れたって訳なの」


「長くかかったがな……」と、ナサニエルが白髪しらがあたまをかいた。

 有翼の青年ストラグルは、うるわしい流し目を婦人に向ける。


「ルアーナのおかげだ。

子供返こどもがえり』してを待つとは……よく思いついたものだ」


「そんな!」と老婦人は、赤くなるほおに両手をあてた。

 間にいるナサニエルは左右に顔を向けて、口をパクパクさせる。間の抜けた顔を、自ら何度も指さした。



 マルコは、ほうけた顔でアルを見た。

 アルもぽかんと口を開けたまま、見返す。

 同時に疑問をぶつけた。


「どうやって戻ったの?」

「ここがゼロの民の里?」


 老夫婦も仲間も、顔がほころぶ。

 しかし一人、真面目な顔のストラグルは、翼を背後にたたみ語り出した。


われの呪いは、均衡きんこうを抜け、こちら側でちからを失ったのだ。

 神の山のこちら側。すなわちアルバテッラの外でな」


「キンコウって何? ワって?」


 即座にマルコが質問。

 ストラグルは真っすぐ見返す。


均衡きんこうとは、つり合いだ。

 アルバテッラでは相対あいたいする神の善意と悪意がちからを持つ。そのたもち合いをと言う。

 われのマリスは、他のマリスとともに、あのみやこのグリーとつり合いを持っていた。

 だから他のグリーと均衡きんこうを得る前に、この地に参ったのだ」


「ここは一体いったい

 魔法学院アカデミーも知らないなんて……」


 今度は、アルが問いかけた。

 するとストラグルの目が、金色に光る。


「歴代の探求者のうち、知り得た者もいる。

 ただ、中まで入った第三の民は、この二人だけだな」


 そう言って、かつて龍だった青年はふいに膝まづく。

 なんと彼は、ナサニエル夫婦に拝礼した。


     ◇


 有翼の青年が立ち上がるまで、誰も一言も発しなかった。

 賢者ナサニエルは、かつて龍だった者に深くうなづく。

 ルアーナは、目尻めじりに指をあて涙をぬぐう。


 しみじみとした雰囲気の中、ストラグルが淡々と言った。


「……では、戻ろう」


 老夫婦もうなづいて、3人は仲間に背中を向ける。


「いやいやいや!」とアルが手を伸ばした。

「ちょっと待ってっ!」とマルコも絶叫。


 ストラグルは不思議そうな顔で、老夫婦は恥ずかしそうにふり向く。

「なんだ?」という青年の前に、ナサニエルが歩み出た。


「では一つだけ、教えよう」


 賢者は、有翼の青年に鋭く目配せすると、マルコの背後を指さす。


「この先の、『天文台てんもんだい』へゆけ」


 そしてかつての北の探求者は、真剣な目でアルを見つめた。


「アル……これを言うのは二度目だな。

 デメスンよりロムレスのものとなりし神の善意、魔法学院アカデミーのグリーを、南の探求者へとたくす。

 ……現世うつしよあるじたるおまえが、その行く末を決めるのだ」


 言い終えた今度は、ナサニエルは、背中を向けたきりとなった。



 アルは自分を失い、呆然ぼうぜんとした顔。頭の中では、マリスと結ばれたグリーをどうすべきなのかわからず、大混乱だ。

 へなへなとその場で座り込んだ。


「大丈夫? アル?」とマルコが彼の肩を揺する。

 その周りに、わらわらと仲間が集まった。


「旅はまだ続く……か」とアカネがぼやき、「休ませてもくれんのか」とバールが不平を言う。


 だがエレノアは、滝のそばでたたずむ青年と老夫婦をながめ、そしてはるか高みの淡い光を見上げた。


「翼ある民が住まうこの世の果て。

 人の身でけど、帰ることかなわず……」


 彼女は、幼いころ耳にした言い伝えが自然と口からもれた。


     ◇


 淡い光に包まれながら、老夫婦は凍ったたきのぼっていた。


 となりで羽ばたく青年ストラグルが、ナサニエルに問う。


「あれで良かったのか?

 はっきり言ってやった方が––––」


 とたん賢者は首を横に大きくふった。


「それではいかんのだ!

 みずからグリーを手放てばなさねば、あいつはよけいに苦しむ。

 わしよりも……」


 婦人ルアーナが、いたわるように夫の肩をさする。

 だがストラグルは不敵な笑みを浮かべた。


「歴代の探求者で、狂わずに済んだのはなんじだけだ」


 そう聞くと、ナサニエルははっと顔をあげ一喝いっかつ


「なにを言う!

 アルなら乗り越えられる。

 必ずわしより先へゆく!」


 急な怒声に、ストラグルと婦人は驚いた。

 しかし、ナサニエルが弟子に寄せる愛情が伝わってきて、二人とも思わず微笑ほほえんだ。



 3人は、滝の上に昇るとまぶしさで目を細めた。

 視界には、山あいの壮大な光景が広がる。

 空を何人もの有翼人がって、丸みをおびた奇妙な形の塔がいくつも宙に浮かぶ。


 老夫婦は、地面をすべる床に乗った。

 その後はアルバテッラへ戻ることは二度となく、独自に進化した宙人そらびとの大都市の中へと消えていった。

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