9 北の探求の果て

 雪の棚の山を越えた先。

 日が中天にかかる頃。


 仲間はみな顔を上げ、山から垂直に落ちる、凍ったたきを見上げていた。

 マルコは、虹色の氷の柱に見惚みとれた。

 日差しをびてキラキラと、宝石のように輝いている。


 だがアルは、悩ましげにあごに指をあてた。

 たきの上に、ぼんやりした淡い光が見えるが高くて登れない。

 少年エルフに顔を向ける。


「アカネ、あの上に登るのは––––」


「ムリムリ。高すぎる」


 とアカネが否定。


 すると皆そわそわして、キョロキョロあたりを見回す。

 凍ったたきの両側は切り立った崖で、アカネがあきらめるほど足場がない。

 たきの氷柱も同じで、不思議なことにバールがつるはしで叩いても、傷もつかなかった。


 アルは、魔力を失った紺碧こんぺき雷鳥ライチョウ携帯杖ワンドをながめたが、はあとため息をついてそれをしまう。

 大杖の袋を外し、グリーをさらした。

 マルコの召喚を少し止めて、『観念動力』の魔法を試そうと考えたのだ。


 だが、その時。


「おい! あれ……」


 アカネが指さす先を、仲間は見上げた。


 遠くたきの上から、白い光がゆっくりと流れ落ちてくる。

 マルコもアルも目を開く。


 光に包まれ降りてくるのはあの老夫婦。

 笑顔で手をふる、ナサニエルとルアーナだった。


     ◇


 大地に降りたとたん、婦人ルアーナが駆け寄る。アルのほおに手をあて、真剣な顔で彼の瞳をのぞきこんだ。


 一方、ナサニエルはマルコの手をとった。片方の手で異邦人の手首を持ち上げ、彼の首筋やひたいに手をあて鋭い目をやる。


 だが老夫婦の表情は、ほっとした。

 呆気あっけにとられる仲間に、ルアーナが微笑ほほえみを向ける。


「よくぞ無事に、たどり着けましたね」


「実に見事みごとだ。がんばったな……」


 ナサニエルも、満足げな笑みで一同をたたえた。

 アルが、訳もわからずたずねる。


「そんな……危険だったんですね。

 ここは、……あの上の光はなんですか?」


 ナサニエルは、婦人と笑顔で目配せするとみなに語り出した。


「順に答えよう。

 山越やまごえは、おまえたちにはあやうかった。

 グリーに加え……マリスを持つからな」


 ルアーナが続ける。


「あの地は、神の山。善意も悪意もちからがいやします。でも、あなた方は乗り越えなければならなかった。

 たまごのマリスと、探求者のグリーが、均衡きんこうを得たか確かめるために」


 そう聞いて、即座にマルコが瞳をあげる。

 だが、ナサニエルは穏やかな目でうながした。


「見た方が早い。

 マルコ、グリーのそばにマリスをかかげてみなさい」


 アルもエレノアも驚愕きょうがくした。ここでマリスが暴走すれば、どうなるのか。


 だがマルコは、長くはためらわなかった。

 恐れと、夕べのことの嫌悪感よりも、一体いったいどうなるのかという好奇心がまさる。

 おもむろに暗い袋から黒い石を取り出し、大杖を持つアルのとなりに並んだ。


 すると、アルの詠唱もないのに大杖のグリーが輝き白雲しらくもが湧き出す。

 と同時に、マルコがかかげるマリスからも紫の雲が湧き出す。

 双方の雲は激しく渦巻き、互いの方へ流れ円を描く。

 白と紫が混じり合い、8の字を描いて閃光せんこうを放つと、光はおさまった。


 愕然がくぜんとする仲間に、ルアーナがつぶやく。


「やはり……すでにとなっていた」


 ナサニエルが深い声を響かせた。


「探求者のグリーと異邦人のマリスは、合一に結ばれたことが明らかとなった。

 片方のちからが増せば、他方たほうも増す。

 そして、逆もまたしかり」


 マルコはアルを見上げ、ふたりは唖然あぜんとした顔を見合わせた。


     ◇


 驚きの空気を破ったのは、マルコだ。


「それで、あの! さっぱり……わかんないです」


 アルもまくしてたる。


「そ! そうそう。結局、マルコのマリスをこれからどうすれば?」


 だが老夫婦は、とぼけた顔を見合わせる。

「知らん」と、ナサニエル老がこたえた。


「ええぇぇ?」とマルコがうろたえ、アルも「そ! そんなあぁ!」とあわてふためく。

 だが老人は太々ふてぶてしい顔で、「少しは自分で考えんとな。探求者だから」と耳をほじくり出した。

 思わず歯ぎしりするアル。

 絶句して白目をむくマルコ。


 場が緊張する中、おずおずと片手をあげたのは、エレノアだ。


「あのー。それじゃ、リリーは?

 彼は均衡きんこうからははずれて、今はあの上にいるんですか?」


 ルアーナが、ほっとしたように両手を合わせる。


「そうそう! 他の子どもたちも一緒にね。

 彼も無事に元の姿に戻ったわ」


 そう聞いて、仲間はざわつく。

 アカネとバールが、「元の姿?」と同時につぶやいた。


 ナサニエルが、咳払せきばらい。


「ウホン!

 あやつもマリスの犠牲者だ。

 だが、王都のグリーと均衡きんこうを得たマリスを持つゆえ、呪いからの解放がかなわなかった。

 気が遠くなるほど……先史の昔からな」


「あなた。

 呼んだ方が早いんじゃないかしら?」


 そうルアーナがすすめると、ナサニエルはうなづいた。

 真上を見上げ、口に手をあてる。


「ストラグル! ちょっと来てくれ!」



 マルコと仲間が見上げたとき、たきの上から鳥が飛び出した。

 逆光の中、大きな鳥影とりかげが舞い降りる。いや、鳥だと思った影は、人の形だとマルコは気づいた。


 その人は薄手うすでころもを身にまとい、背中にはまるでハクチョウのような翼が生えている。

 ばさあと音をたてて地に降りた。

 白い翼は、下半分が血のように赤い。

 金髪の頭を上げると、絶世の美青年だ。

 しかしその涼しい目の下、両頬りょうほほに点々と、黒い石が痛ましく埋め込まれていた。


 ナサニエルが手を伸ばし、紹介する。


「彼は、有翼人だ。北の探求の果てで知った我らは、宙人そらびととも呼ぶ。


 アル、伝説を覚えてるか?

 彼らが、アルバテッラの真のはじめの民。

 ゼロの民だ」



 アルも、仲間もただ、呆然と立ち尽くす。

 かつて龍だった翼ある人は、静かなまなざしでたたずんでいた。

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