8 一山越えて
死んだ森の
神の悪意は、ぶ厚い唇を舌なめずりする。
「思えば
白い石を
だけど君と出会って全て解決! たらふく
「あの」とマルコが遠慮がちに口をはさむ。
「前から疑問なんだけど、なんで他のマリスを
「なにがおかしい? マルコも昨日、あの大きな魚を
君らがおいしく
「そう……なんだ」
「気にしないで! 生きることは誰かを
マルコは、知りたいことと何かがズレてる気がする。だが、
石は続ける。
「これからどうしよう! 例えばいま、僕が君を
そう言うと、黒石の唇がマルコの顔の前で大きく開く。よだれが光る
しかしマルコは吹き出した。
「また吐き出すんじゃないの?」
「それもそうか。
じゃあ……君が僕を
「前に口に含んだみたいに?
今はとても、入りきらないね」
言うとマルコは、おどけて黒石の端に歯をあててみせた。
暗い森で、異邦人と異形の何かの忍び笑いだけが響く。
やがて、またマリスが語り出した。
「それじゃこのまま……僕を連れて––––」
その時。
黒石の裏から何かがはがれ、ひらひら舞い落ちる。
マルコは思わず気がそれて、手が伸びた。
「
すっかりつぶれた葉に、きらきらした銀の粒がまぶされていた。
「
「いつでも、そばに」という言葉を思い出すと、なぜかマルコは急にさみしくなった。
息が苦しくなり、胸がつぶれる。
あせって葉っぱを振ってみる。
しかし、いくら待ってみても、さまよえるエルフたちは来なかった。
「こんなとこまで、来るわけないか……」
彼は涙を浮かべ、沈黙したマリスを抱いて横になると、眠りの闇に落ちていった。
◇
いつしか、マルコがいる大木から離れて、さまよえるエルフたちがいた。
みな耳に手をあて、横になるマルコを見つめていた。
彼らの前で、アカネが両腕を広げている。
女王、
「本当にこれでよかったかしら?
我らの精霊––––」
「母上、その呼び方やめて」
アカネは言い返し、女王は戸惑う顔で言葉に
反対から、長い
「わたしが行こうか?
心をつなげて少しでも安らぎを––––」
「違う。そうじゃないんだアオイ。
今、あいつに必要なのはお前じゃない。
……今はまだ」
と、これもアカネはとどめた。
エルフの間に戸惑いが広がる。
アカネは言い訳する。
「今は本当のマルコじゃないんだ。
マリスに心をさらわれそうになってる」
ざわめくエルフの中から、星読みの
動揺がおさまらない第一の民に、アカネは必死で訴えた。
「あいつは戻る。真の助けになるのは––––」
「アルフォンスだな」
エルベルトが、低く、なめらかな甘い声で言った。
◇
マルコは魂がゆっくり体に戻る気がした。
ふと横顔に、柔らかく、白い光を感じて、首を回す。
すると、まばゆい光に包まれる魔法使いがいた。
大杖を両手で持ち杖先の宝石が輝く。
詠唱はいくつにも重なって聞こえる。
マルコの
異邦人は再生され、そして全てを思い出した。
グリーで召喚術を唱えた魔法使いはアル。昨日、
心配そうな顔でのぞき込む
バール、そしてアカネも微笑みこちらを見つめる。
マルコは勢いよく上体を起こすと、自分が恥ずかしくなった。
「あの……昨日は––––」
「本当に危なかったよ……お互いにね」
アルが優しい目で、マルコを見つめる。
「え? どういうこと?」
マルコのぽかんとした顔を見て、アルは思わず口もとをゆるめた。
だが、鋭いまなざしになって語り出す。
「雪の棚の山も、そして雪壁山脈も、昔から聖地なんだ。
だけどバールに聞くまで、神の地で起こることを知らなかった。
マルコ、私のグリーが暴走したんだよ」
マルコははっとし、大杖の先で輝く白石を見上げた。
そして、かたわらのマリスに目を落とすと袋がかぶさっている。驚いた顔をあげると、バールがニカッと笑った。
しゃがむアルが、目を丸くして問う。
「マリスも……いつもと違ったんじゃないのかい?」
マルコは夕べのことを思い出せたが、仲間に話す気にはとてもなれない。
「もう……大丈夫」とだけ答え、うつむく。
アルとエレノアが、不思議そうに顔を見合わせた。
だが、まずアカネが口をはさむ。
「とにかく、
マルコがほっとした顔をあげる。
次にバールが、朝日で
「目指す地は、あれじゃないか?」
仲間は一斉に顔を向ける。
まだ暗い森の樹々の間から遠く、ぼんやり明かりが見える。
岩山が続く先、切り立った崖の間が、淡く光っていた。
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