7 仲間割れ

 雪山に吹く横なぐりの風が、マルコとアルの間に粉雪こなゆきを散らした。


 マルコは耳にした言葉が信じられず、またもアルに問いただす。


「でも戻るって……なんで?」


 ひゅうと息を切らし、アルが答える。


「私たちは……ここを越えてはいけ……いや、準備が足りない。

 マルコ……出直そう」


 息も絶え絶えつぶやく探求者の横で、同意するかのようにグリーがまばゆく光る。

 白い雲が、白石の周りを幾重いくえも渦巻いた。


 マルコは腰をねじり、少しでも楽な姿勢をとる。マリスを入れた暗い袋が、ひどく重く感じられたのだ。

 こんな辛い思いをしてここまで来たのに、アルは今さら戻ろうと言い張る。

 この苦しいつとめを早く終わらせたいのに、アルはわかってくれてはいなかった。

 そう思うとマルコは、アルに対して初めて怒りを感じた。


 ただならぬ気配を察して、エレノアが涙ぐむ。こんなに静かに、こんなに険悪な二人ははじめてだ。

 バールとアカネはキョトンとした表情で、マルコとアルを見比べている。

 素早くバールが、アカネに耳打ちした。


 我慢できず、マルコは心を爆発させた。


「わかったよ!

 じゃあアルは、来た道を帰れば?

 僕は先に進む! マリと一緒にね!」


 そう強がりを言ったとたん彼は背を向け、雪が舞う山頂へひとり歩き出した。


 エレノアが口に手をあてはらはらするが、アルは異邦人の背を鋭く見つめるまま。

 彼女は何か叫んで泣き崩れた。


 探求者と巫女みこのそばにたたずむバールが、少年エルフに強くうなづく。

 アカネが立ち上がり、うなづき返した。

 そして彼は、雪にかすむマルコを見上げると、忍ぶようにあとをついていった。


     ◇


 力強く、太い指が握るつるはしが、岩の間の土をえぐる。

 エレノアが涙目をまたたかせる間に、ドワーフは見る間に山壁に穴をうがった。


 バールは穴に首をつっこんだあと、アルとエレノアに無表情な顔を向ける。


「やっぱり……ここにほらがある。

 少し休もう」


 そして彼は、人が通れるよう手際良く穴を広げていく。

 だが、はっと目を開いたエレノアは、手で鼻水をぬぐい訴えた。


「でもマルコは?

 一人で行かせられないよ!

 ねえ、アル。……アル?」


 そう言って彼女は、アルの腕を引っ張ってみる。

 しかし、探求者はうつろな目をグリーに向けるばかり。


 エレノアは不審げな顔を近づける。

 探求者は、ほうけたようにささやいていた。


「行ってはいけない……私から離れてはダメだ……みは私のもの。もうずっと、これからもずっと……この祝福は……」


 ぶつぶつ言う表情にぞっとして、エレノアは身を引いた。

 ふり返ったバールが、エレノアを見つめて語る。


「マルコにはアカネがついた。だから、あとで追えば大丈夫。

 探求者には休みが必要だ。

 雪の棚の山では、たまに第三の民がおかしくなる。

 暗く風のない場所で、火にあたるといい」


 エレノアは淡々と話す若ドワーフを見て、ぎこちなくうなづいた。

 そして二人は、アルの両脇をかかえ、大事そうに穴の中へと導いていった。


     ◇


 一方、山頂を越えたアカネは、吹雪ふぶきの中でマルコのあとをつけていた。

 乱れ舞う雪の向こう、どんどんと先に進む異邦人の様子に少年エルフは驚く。

 何かにかされころがるように、マルコは山をおりていった。


 やがて雪が晴れて、暗い森が近づいても、マルコはためらうことなく樹々の間へ入っていく。

 アカネは、青暗い空を不安げに見上げた。


「あいつ……怖くないのか?」


 そうぼやくと、再びその後を追った。



 森の茂みで異邦人の足どりが遅くなったので、アカネは木に登って上から様子をながめた。

 やがてマルコは、大木のうろを見つけて、そこに倒れこむ。

 体を丸くして横になり、眠ったようだ。


 アカネは迷う。

 だが、「待つか」と心を決めると、大きな枝の上で横になり、目を閉じた。

 古代エルフの耳をすましてみても、周りには虫一匹いない。

 森は静かだった。


     ◇


 ふとささやきが聞こえて、アカネはまどろみから覚めた。

 生き物もいない森の闇の中、ひそひそ話すかすれ声がする。

 アカネは慎重に、木の上から下の茂みへとおり立った。


 月あかりの木漏こもれ日をたよりに、彼の姿を探す。

 音をたてぬよう静かに草をかき分けると、それが見えた。

 大木の右から、両の腕が伸びている。

 手で持つものはエルフの目にも暗すぎて、はっきりとしない。


 アカネはじりじりと回り込む。

 柔らかい月あかりで、マルコの顔が見え、アカネは心からほっとした。

 しかしその表情に気づくと、少年エルフの目は大きく見開く。



 異邦人は、ほうけた顔で両手にかかげるマリスを見つめていた。

 時にうっとりした表情で、時に親しげな笑みを浮かべ、人の頭ほどの黒い石に語りかけている。


 アカネの耳に、マルコのささやく声が聞こえてきた。


「結局、僕の仲間は君一人だったよ。マリ」


 マルコの手の上で黒石がもぞもぞ動くと、異邦人は忍び笑いをする。

 アカネの場所からは見えず、そしてその声も聞こえない。

 だが神の悪意、たまごのマリスは今、その饒舌じょうぜつな唇を動かし、優しく語る。


 アルバテッラの人ならぬマルコを、やみへといざなっていた。

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