6 おのず湖を北へ
まるで鏡のように、真冬の湖面に雲ひとつない青空が
ナサニエルが愛用する
彼は暗い袋を
袋は、彼が「マリ」と呼ぶ
それに
しかし今、中身を確かめる気にはなれなかった。
さすらう旅も終わりを告げ、最終の目的地を得た仲間は、ナサニエル邸でしばしの休みを楽しんでいた。
湖の反対側の森から、少年エルフの声。
「マルコー! これ見てみろ!」
マルコがだらしなく首をねじると、満面の笑みのアカネが白いウサギをかかげる。
「んあぁ……すごいねぇ」
マルコのやる気ない返事でも、笑顔のままアカネは狩りの続きで森の中へ姿を消した。
ふいに右手の湖岸から、
「すごーい! 大物だよアル!」
マルコが目をやると、へっぴり
その時。
「ザバッ!」と水しぶきをあげ、裸の若ドワーフが水から立ち上がる。
「きゃーっ!」とエレノアが顔を隠してしゃがみ込む。
「近いよバール! 釣りしてるんだから」とたしなめるが、笑顔のアル。
バールは、無表情のままマルコの方へ向き直った。
ザバザバと水をかき分け岸に上がると、マルコのとなりを素っ裸のまま通り過ぎる。
「せちがらいもんだな」
と、言い捨てた。
若ドワーフが過ぎ去ったあと、マルコは「んん」と気の抜けた返事をした。
まるで絵に描いたように幸せな、気の合う仲間とのゆとりある時間。
だがマルコは、数日ですでに息苦しい。
顔を上げると、しんと冷えた寒さの中で、青空はまぶしくどこまでも
しかしマルコの心は晴れなかった。
忙しい日々で忘れていた、
そして、自らの行く末へのぼんやりとした不安が、どうしても頭をよぎる。
彼は、恵まれた快晴の下でくよくよと悩む自分が、
ぼんやりと、波のない湖をまた見つめる。
しかしやがて、導いてくれる人を思い出す。老夫婦の笑顔が心に浮かぶと、おのずと気力が湧いてきた。
すると今度は、いても立ってもいられなくなって、椅子から勢いよく立ち上がる。
「アル! そろそろ次の計画を話そう!
その大物を食べたあとでね!」
マルコの叫びに、アルとエレノアがびっくりした顔でふり向いた。
こうして短い休みは終わって、仲間たちは『おのず湖』の北へと旅立つことになった。
◇
翌日。
山登りの
みな大きな荷物を背負い、森を抜けた冬山では毛皮を身につけるつもりだ。
右手の湖は凍ることもなく、透き通る青の中を動く魚も見える。
足元は枯れた芝から、やがて真っ白な雪道へと変わる。
左手はモミやカラマツの樹林で、かぶった雪の下から
はじめ一行の足取りは軽く、アルがナサニエルの探検話を語ったり、アカネがエルフの歌を披露して陽気に進んだ。
しかし日が高く昇る頃、バールが異変に気づく。
「み……湖が、変だ」
マルコもアカネも首を横に向けた。
静まり返った湖面の下は、動くものが一切いなくなっていた。
エレノアも不安げに樹林に目をやる。
「そういえば、森から鳥の声もしないの」
そう聞いて、すかさずアカネが両方の耳に手をあてる。
仲間は見守るが、こわばった顔のエルフは静かに首を横にふるだけ。
それでもアルは、気持ちが沈む仲間を励ました。
「もうすぐ昼だ! 雪の棚の山に登る前に、腹ごしらえしよう!」
するとみな、ほっとした顔で、気を
マルコは、急に生き物がいなくなったのがどういうことなのか気になる。
顔を上げると、雪におおわれた山の峰々が青空を切るノコギリのようにギザギザと並んでいた。
◇
雪と枯れ草を踏みしめながら、マルコは山を登った。
雪の間から所どころ岩が顔を出すが、仲間以外に動くものはない。
足を止め、白い息を大きく吐いて深く息を吸ってみても、空気が足りない。
異様な静けさの中、仲間一人ひとりの息づかいまで聞こえるようだ。
しかし一番辛いのは、腰の袋がどんどんと重くなることだった。
エレノアが、息を切らす。
「ちょと……ハア……ゆっくり……ハァ」
みな足を止め、互いの調子を気遣うように目をやる。
だがマルコが一番うしろを見ると、アルが驚く目で大杖の先の暗い袋を見つめていた。
マルコは
「アル? ……フゥ……どうかした?」
しかしアルはあわてて首をふる。なんでもないように手をふって、近くの岩壁を指さす。
もはや声も出せず、そこで休みたいのだろうとマルコは思い、うなづいた。
雪だと思っていた岩壁の前は、妙に白っぽい石だった。
マルコは不思議に思い、足ではらってつま先でつつく。
仲間も近寄り、バールとエレノアが倒れるように座り込んだ。
アルも到着する。
すると彼は、もはや耐え切れないように、大杖の先から袋をとった。
瞬間、
アルが唱えたわけでもないのに、白く光る雲がいくつも白石の周りを渦巻く。
探求者は、声を絞り出した。
「マルコ……ここは……神の地だ」
仲間は
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます