最終話 愛を歌う天使

なんて馬鹿な子。全部あげてしまうなんて……。


         *


どうか、この歌が世界中に届きますように。どうか、この歌を聴いて優しい気持ちになってくれますように。

どうか、この歌がわたしに翼をくれた、誰かに届きますように。

わたしは月夜の海で、朝の海で、真昼の海で、広い広い海の真ん中で歌っています。

声が枯れるまで。声が枯れた、その後もきっと。

わたしに翼をくれた誰か。あなたの歌が聴こえます。優しい、優しい歌が。

ねえ、わたしは祈っています。あなたの幸せを。わたしに幸せを分けてくれた、あなたの幸せを。

そして、世界中の人々の幸せを。


         *


どうして、すぐに自分を犠牲にしてしまうの?


だって、わたしは懸命に生きている人が好きだから。わたしなんかよりも。


         *


夢を見た。遠くて優しくて、そしてひどく哀しい夢だった。

それは、真っ白な天使の夢。

けれど、その天使には真っ白な翼も、美しい瞳も、しなやかな体もなかった。翼は折れ、瞳はなく眼窩は落ち窪み、片足を地面に繋ぎ止められていて。ただ残されていたのは、美しい歌声と、真っ白な心だけ。

彼女は、自分の全てを他人に捧げてしまっていた。それを彼女自身はなんとも思ってはいないようだったが、見ている者にとっては少し辛い姿だ。

けれど、彼女は美しかった。天使とは思えないような辛い姿でさえ、なぜだか美しかった。

白く輝いているのは、彼女の心。

そう、僕の瞳に映る彼女の姿は、本当に美しかったのだ……。


         *


大好きだから。好きで好きで、どうしようもないの。どうしてって、そんなの、わたしにもわからないのよ。

ただ、幸せであるよう、祈っている。だから、歌うの。


         *


旅をして、歌を聴いて、旅をして、海に着いて。

そうして、探していたとてもとても大切な人にわたしは出会えた。可哀想な天使さんの自由を使って。

だから、わたしはあの天使さんのために歌う。あの可哀想な天使さんに幸せがあるように祈ってる。

彼女の歌が世界中に届きますように。そうして、彼女に溢れんばかりの愛が降りますように……。


         *


不完全な天使。だって、あなたのような天使はいないわ。


……多分そう。わたしは不完全。わたしのような天使はいない。


翼も、光も、自由も失って。もう、天使の姿じゃないわ。


でも、歌だけは失いたくないの。


それなら、歌いなさい。そこで、永遠に。世界中の愛を感じながら。


         *


「あぁ……」


僕の目の前にそびえ立つのは、緑に覆われた巨大な世界樹。

長い時がかかった、でも。


「やっと、見つけた」


僕が、どうしても探さなくてはならなかった人。僕に、光をくれた人。人の形はしていないけれどわかる。この世界樹こそが、僕に光をくれたあの人なのだ。

僕の耳に届くのは、あの人が歌う優しい優しい歌。僕をここまで導いてくれた歌だ。

僕の瞳に映るのは、巨大な世界樹。そして、美しい天使の姿。

翼も瞳も自由も失った、けれどなによりも美しい姿の天使。

多分、僕は彼女の愛を世界中に届けるためにここへきたのだ。そうして、世界中の愛を彼女へと届けるために。

僕は、この世界樹の存在を世界中に伝えるだろう。そうして、彼女の愛を世界中へ伝えるだろう。彼女の歌う優しい歌を伝えるだろう。

そして、彼女にも伝えるのだ。彼女の存在を、歌を、癒しを、愛を感じた人々が、彼女へと向ける愛を。

それは多分、雨のように降り注ぐ愛。大地を、そして緑を潤す歌。世界中に満ちるその愛の歌を、きっと彼女は受け止めてくれるだろう。

そして、歌うのだ。彼女だけが歌える、愛の歌を。


         *


わたしはここで祈っています。世界中の人々が幸せであるように。

わたしはここで歌っています。世界中が平和であるように。


世界は、大きな愛に包まれているから。


わたしは大空に手を伸ばし、その愛を感じています。

この世界を抱きしめて歌って行きます。

永遠に。


わたしは、不完全な天使だから……。



Fin.


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アリア はな @rei-syaoron

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