第11話 さよなら宣教師(日6p163)(二度と来ないとは言っていない)

「先生!先生がおらんごとなったらワシらどうすりゃええんですか!」

 宣教師追放の決定を聞いて多くの会員たちが教会に押し寄せた。

 みんな宣教師の身を案じ、神の教えを説く人間がいなくなることへの不安を口にする。

「先生がおらんごとなりゃあ松浦組の組長が改宗せぇ言うかタマ取られるに決まっとります!あん人ァ寺の坊主とズブズブですけんのう!」

「ワシらはどうすりゃええんですか!処す?処せばええんですかいのう!」

 平戸のドスの効いた迷える子羊たちが口々に尋ねる。(日6p163)

 ぎゃあぎゃあ喚き立てるむさ苦しい子羊たちに司祭はこう言った。


「やかましいわ!」


 なぐさめでも説得でもない神父の言葉に子羊(推定平均年齢35歳)達は動揺した。


 ああ司祭様でも苦難になると慌てるんか、騙された。

 

 こうなったらこいつの首でも取って組長に差し出すか。とまで思い込んだカタギもいた。

 だが司祭も宗教家と言う名の肝の据わったセールスマンである。殺気だった信者の前でこう言った。

「その程度の事で一々騒いだらあきまへんよ、あんたらみんなビビりかいな」と舌鋒強く信徒の弱気を咎めた。

 これには一同恥じ入り、司祭を見直した。

「わてがおらんことなったら改宗させられる?タマ取られる?だったら話は簡単やないの」

 その言葉に信者…いや会員たちは首を傾げる。神父は続けて言う。

「もしあんたらに、でうす様への忠誠を示すことでタマ捨てる勇気があるんなら、あんたらは幸せや。あんたらの運は幸せと言わずには申されへん」(日6p163)

 その言葉に信者はハッとした。普段ワシらは何と言っていた?

「ワシはでうすの親分のためなら何でも捨てられる。タマの1つや2つ惜しうなんぞないわ」とか「親分のためなら命かけますわ」と威勢の良いことを言っていたではないか。なのに本当に危険になったらビビるなんて恥ずかしい話である。


 賢明なる読者諸兄におかれましては言うまでもないが、軽口に責任を負わせて追い込むのはカルト宗教とブラック企業の手口なので騙されないようにされたい。


 司祭は続けて言った。


「あんたらが悪魔に迫害されて、家族とでうすの教えを捨てたくないなら。家財に家、親戚捨てるんが自分に必要や思うんなら、天国に行くためにはそうしたらええやろ(あくまで自己責任です)」(日6p163)


 そう言うと司祭は荷物をまとめて出て行った。


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 出港する船には

「アホー!」「二度と平戸の土を踏めると思うなやボケェ!」「月のない夜は、後ろに気をつけぇや!」という僧侶の暖かい言葉が投げかけられた。

 こうして平戸にはキリシタンの支柱はいなくなった。


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「あー、あのボケナスどもがおらんことなってせいせいしたわ」

 隆信は司祭という家庭の破壊者が自分の領地からいなくなって幸せを感じていた。


 これで邪魔者はおらんことなった。


 これで、あのあんぽんたんどももマトモなるやろ。

 後は事情を説明するだけやな。あの仏でも燃やすような狂信者どもに説明を…


 そう思うと隆信は少し胃が痛くなったが、気をとりなおして自分を振るい立たせた。

「わいは虎や!虎になるんや!」

 そう言いながらマサを呼ぶ。

「おうマサぁ!これからキリシタンのボケどもにクンロクたれたるから舎弟ども全員館に呼び出しぃ!招集や!」

「へぇっ!」

 これで平戸は元通りになる。マサもにこやかな顔で命令に従った。


 数十分かかったが、平戸の舎弟たちが半分くらいは集まった。

 時計も伝達手段もないこの時代、武士たちは意外と時間にルーズだったらしい。

 それでも上機嫌の隆信は気にしない。大きな声で

「おう!アホンダラども!ようきた!」

 と、みんなを歓迎した。

「あんなぁ!お前ら最近ぶったるんどるからワシ直々に説教してやろ思うたんじゃ!」

 そう言うと大きく拳を掲げ

「イエズス会!ダメ!絶対!さあ復唱じゃ」

 と叫んだ。

「イエズス会!ダメ!絶対!」

 舎弟たちが後に続く。

「武士の本分は略奪じゃ!」

「武士の本分は略奪じゃ!」


「ぎょうさん働いてええ暮らしをするぞ!」

「ぎょうさん働いてええ暮らしをするぞ!」


 ヤクザもブラック企業の端くれである。スローガンを大声で言わせる事で洗脳する方法をいち早く取り入れた。多分。

 仏様は燃やしてはいけない事。略奪は仲間内では行わない事。外国人貿易者は丁重に扱う事。ただし宣教師は追っ払う事。

 これらの重要事項を周知して、集会は無事終了した。


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「おかしいのぅ」

 組員が宴会をしているなか、アドレナリンの抜け切った隆信はある違和感に気がついた。

「おかしいって何がですか?組長?」

「いやな、キリシタン言うんは頑固じゃけん。絶対に文句言ったりワシの言うことに従わんと思っとったんじゃ」

 そんな奴らを追い込むために、前歯の6本や小指の5本くらい詰めさせようと鉄の棒やドスの準備までしていたのである。

「アンタそんなもんまで用意しとったんか」ちょっと引き気味のマサに気がつかず隆信は言う。

「なのに今日は誰も文句も言わんかった。これ変やないか?」

「…………言われてみればそうですなぁ」


 何か嫌な予感がする。

 そういえば今日の集会には籠手田のアンドレもゼロニモ親父も来ていなかった。


「おう、マサ!お前、ちょっと親父っさんの家に行って様子を見てこい!」

「合点じゃ!兄貴!」

 底知れない、不気味さを感じながら隆信たちはキリシタン会員を探らせた。

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