第10話 1556年平戸 仏は燃やせ。寺燃やせ2(日6P161)
「わてらはな僧侶やさかい、仏さんにされたえげつない侮辱を黙っとるわけにはいきまへんのや」
平戸の松浦館で隆信は2人の坊主に説教されていた。安満岳(やすまんだけ)と志々伎山(しぎさん)の上長だった。(日6P161)
仏教の僧と言うのは、殺生という大罪に手を染めているヤクザを見下し、兵隊たちを嘲笑ったと、6国をとりしきった豊後の大親分 大友義統が語っている。
かれらは400年続く名門である大友組組長を、座敷に座って迎え、話が終わっても庭まで見送りもしなかった。と『当家年中作法日記』という組のイベントカレンダーに記録している。
当時の客の迎え方には3等級あり、最高の敬意の払い方は「庭まで出て迎える」次が「玄関まで出る」最低ランクは座敷で座ったまま、らしい。
見送る時も外に出るほど尊敬の念があるのである。
九州の北半分を抑えた大組長ですらガキの使いのように扱う僧たちに大友義統は報復をした。大友組でのシノギの停止。放火してシマを没収したり、怪しい僧は見つけ次第タマとったれ。などのキツイ処分である。
ヤクザは暴力と恐怖だけが資本だ。
ヤクザはなめられたらおしまいだ。
そのヤクザをなめまくって、組長ですら「仏罰」の一言で脅しをかける僧たち。
当然、隆信も好きではなかった。
だが、今回は舎弟たちが相手の米櫃に泥入れて、家に鼠まで放り込み、しまいには火をつける位の失礼な事をしたのだ。
ただただ頭を下げて謝っていた。
そんな隆信を僧たちは冷ややかに見据えている。
あんさんは仏の教えもぞんざいだし、粗忽で粗野で献金も少ない。
学識もないから今回の様な事が起こるのだ。おお、おろかおろか。
次々に突き刺さる言葉の矢に隆信は「こいつら頭カチ割って平戸湾に、コンクリ詰めて沈めたろかいな」と思いながら真摯に謝っていた。
「おまけに今回の事態は一人の異国人にそそのかされてされたそうやおまへんか」
その言葉を聞いて隆信は、ぱぁっと光明が見えた。
「そ、そうなんじゃぁ、あの異国人にはワシも手を焼いててな、まさかあげな事をしとるとは」
「言い訳は結構や」
ぴしり、といわれた隆信は「あっはい」とかしこまった。
「あのな松浦はん」
となりで黙っていた僧が口を開いた。こちらは顔は笑っていても目は笑っていない。
「仏様の侮辱はわてらへの侮辱、つまりは檀家全体への侮辱だす」
「そ、そうでっか…」
「松浦はんがあのバテレンへ相応の罰をあたえへんのでしたら、松浦はんにも仏罰があたるかもしれまへんし、もしかしたら」
そこで一瞬まじめな顔になり
「松浦はんの舎弟たちのあいだで、抗争がおこるかもしれまへんなぁ」
信者を扇動して一向宗みたいに抗争を起こされたくないなら、ケジメをつけさせろ。と暗に要求してきたのだ。(日6P161)
「は、ははは流石住職さん。冗談が上手いの「これが冗談に聞こえるんやったら、その耳、取り替えた方がよろしおまへんか?」」
僧は懐からドスを取り出そうとしていた。
ヤバい…こいつ本気じゃ。
そう理解した隆信は姿勢を正した。
長崎の僧侶は気が短い。宣教師が馬に乗って歩いていたら「自分が徒歩なのに南蛮人が馬に乗っているのは生意気だ」というだけで馬から引きずりおろしてドスを抜いたし、商売敵の教会に一人のりこんでドスを抜いた鉄砲玉もいる。
やくざとは別方向に特化したやくざ。それが戦国NAGASAKIのやくざ、いや僧侶なのである(現在の僧侶とは一切関係がありません)
だから、隆信も対応には慎重になる。
「よぉわかりました」
こうなったら腹をくくるしかない。
本音を交えておとしどころを探そうと決めると
「実はワシも貿易は好きやけど、あのキリシタンいうんは胡散臭くて好きやなかったんじゃ」
と言った。
「本当なら仏さんを焼いた、あのバテレンたちはどつきまわしてコンクリにつめて沈めたらどんなに楽やろうなと思うとるんじゃ」
「なら、そうすればよろしいでっしゃろ」
「それが、あいつ等がおらんとポルトガルの船が来んようになるんじゃぁ」
内心では籠手田を怒らせたくない。というのもあるが、それをいっちゃぁおしまいである。
「だからの、とりあえず責任者を出禁にすることで勘弁してつかぁさい」
と言った。
この程度の事でケジメがつくのか?と筆者は思うが、おそらく貿易の利益は、寺にも幾分か活動資金としてながれていたのだろう。知らんけど。
「だったら、まあ仕方ないでしょう。ただ首謀者はきっちり、二度と平戸の土を踏めんようしっかりと追放してくださいよ?」
最後まで笑う事の無い僧侶の目に貫かれて、隆信は寺院を後にした。
見送りは当然だがなかった。
後日、隆信は司祭を呼びだして毅然とした態度でこう言った。
「あのなぁ…これはワシの意志じゃなくて他のやつらが言うんじゃけどな…」
組長はいつ相手が大事な客になるか分からない世界である。利用価値のある相手にはある程度妥協も必要だ。
そういった意味で、毅然とした態度で下手に出た。
「うちのカタギの衆まで抗争が起こりそうな空気が充満しとるし、あいつらはワシのシマでキリシタンが広まるのを嫌がっとるんじゃ。ワシは別に嫌やないんやけどな」
あくまでも籠手田やポルトガル商人を刺激しないように言葉を選びながら話す。
「まあ、じゃからこの平戸からセンセイだけ出てってくれませんかのう。本当にワシも悲しいんじゃがカタギの衆が収まったら、またワシがセンセイをお呼びしますけぇ」
一歩間違えたら、仏側。二歩間違えたらキリシタンからも反乱を起こされるのだ。
なるべく刺激しないでお引き取り願いたいというのが隆信の本音だった。
のるかそるか。文字通り運を天に丸投げして隆信は宣教師の返答を待った。
ヴィレラは今まで吸っていたキセルから口をはなすと、ふぅーと長い息をついた。
まるで仏教のいう一刹那ともいえる短い時間が四半刻に感じられるほど、長い時間静寂が流れる。
「組長はん」
しん、とした応接間に小さいながらもどすの効いた声が響く。
「へ、へぇ」
「まあ、わいもやりすぎたとは思うとったんですよ」
ぜんぜん悪いとは思ってない顔でセンセイは言った。再び小金色のキセルに口をつけて、ふぅーと煙を吹かすと急に笑顔になった。
「ただ、この私よりも悪魔を崇拝するあの詐欺師たちの意見を優先するいうんは、よおぉぉぉく、分かりましたわ」
「それは誤解ですわ!」
あわてて弁解しようとした隆信を手で制すとヴィレラは[猿にでうすのおしえを理解させるのは早すぎたようだ]と南蛮語でつぶやきながら館を出ていった。
「え?え?センセイ?センセイ!今なんていうたんじゃぁ!気になりますやん!」
隆信は南蛮語を知らなかった。
しばらくしてヴィレラは平戸から博多、豊後へと追放された。とフロイスは書いている。
だが、だまされてはいけない。
秀吉の禁教令が出たときに豊後の大友義統が「司祭を置いてほしい」という司祭の頼みに、一人だけ滞在を許したら、次の年の報告書には「義統は2人司祭を送ったら1人はすぐに送り返された」と恨みがましく書くような連中である。
よけいなことをしたのは火をみるよりも明らかだ。
こうして司祭がいなくなった平戸では
「報復じゃぁ!」
「教会を燃やせぇ!」
と僧の指示を受けたチンピラが教会に火をつけようとしたが、籠手田の尽力で教会は閉鎖されるにとどまった。とある。
とりあえず、隆信の謝罪で寺と教会の全面抗争は回避された。
この優柔不断な結末があらたな悲劇を生むとも知らないで。
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今の仏教と戦国時代の仏教は別物です。
今の仏教は相手のシマでドス抜いて脅したり、通りすがりの宣教師を刃物で切りつけたりしないでしょう?
イエズス会宣教師も今と昔では別物です。(白目
なので、これは架空の世界を舞台にしたファンタジー小説と思って呼んで頂けるとありがたいです。魔法も神罰もない鉄さび味の血の出るようなファンタジーですが…
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