優しくて可愛くて包容力に溢れる会社の先輩が私の書いた百合小説できゅんきゅんしてるってほんとですか!?
優しくて可愛くて包容力に溢れる会社の先輩が私の書いた百合小説できゅんきゅんしてるってほんとですか!?
優しくて可愛くて包容力に溢れる会社の先輩が私の書いた百合小説できゅんきゅんしてるってほんとですか!?
@yu__ss
優しくて可愛くて包容力に溢れる会社の先輩が私の書いた百合小説できゅんきゅんしてるってほんとですか!?
私はこのせんぱいの大いなる? かどうかはわからないけど、秘密を一つ握っている。まあ、それを使ってせんぱいを脅迫しようとかそういうんじゃないけど。なんなら、出来ればこのままの関係を維持したいとすら考えている。
だって私にとってこのせんぱいは、色々とありがたい人なのだ。
「
「うーん、塩分が気になるので……」
会社近くの古民家を改装した居酒屋は、昼はお味噌汁が人気の和定食屋となっている。ここらでは最高のランチで、とくに秋から冬にかけてのこの季節は、暖かくて美味しいお味噌汁が嬉しくて、私とせんぱいはよく使っている。
「そう? じゃあもう少し休んだら出ましょうか」
「はーい」
「悠奈ちゃん、良いお返事ですねー」
せんぱいは悪戯っぽく朗らかに微笑むから、私も頬を緩ませる。やっぱりせんぱいって癒されるなぁ……。
白いタートルネックのニットに、軽く内に巻いたセミロングくらいのブラウン系の髪。柔らかに垂れた目元に、笑うと出来る笑窪が凄く可愛い。
目の前でにこにこと微笑むせんぱい、
会社でのせんぱいとっても頼りになる。いつもにこにこと笑顔だけど、部長に言い難いことは言ってくれるし、困っているとすぐに気付いてフォローしてくれる。
そういった意味でもすごくありがたい存在だ。
「そういえば悠奈ちゃんがリツイートしてたやつ読んだよー」
「大学生百合のやつです?」
「そー、とっても可愛かったぁ」
「せんぱい好きそうだなって思ってリツイートしました!」
またせんぱいに笑顔を見せると、せんぱいも楽しそうに笑ってくれた。
せんぱいの嬉しそうな笑顔を見ると、こっちまで元気をもらえるから一緒に居てすごく楽しい。
「ありがとー、嬉しいなぁ……」
「また見つけたら教えますね」
えへへ、とせんぱいはまた楽しそうに微笑んでくれる。
私とせんぱいは、仕事以外のプライベートなSNSでも繋がっていた。主に百合漫画や百合小説の感想を呟くアカウントなんだけど、なかなかリアルでは趣味の合う人が見つからなかったから、そっちの意味でもすごくありがたい存在だった。
たまたませんぱいのスマートフォンを覗いたら、発売日に百合漫画雑誌を読んでいるのが見えてしまった。だから声をかけたんだけど、今思うとあれは我ながら見事な判断だったなぁ……。
「そういえばせんぱい、またファンレ書いてましたね。映画化されるやつでしたっけ」
「うん、そういえばあの映画も来週からだよねぇ」
「ですね、楽しみです」
笑いかけると、せんぱいも笑ってくれる。もうすぐ公開の百合漫画の劇場版も、二人で楽しみに待っていた。プライベートで遊んだことはないけれど、せんぱいと一緒に観に行くのもいいなぁ。
「んっとね……」
「はい、なんでしょう?」
何か言いたそうなせんぱいの空気を感じて促す。けどせんぱいは、んーと言い淀んでいる。珍しい。
せんぱいの『秘密』のことを思い出して、私はほんの少しだけどきどきしていた。
「んー、まあ、いいや」
「そうですか?」
「うん」
少しだけ警戒したけど、またせんぱいはにこにこと楽しそうに微笑むからどうでも良くなった。
せんぱいの秘密を知っている私だけど、私もせんぱいに秘密にしていることがあった。
それは絶対にバレてはいけない。
もし、万が一にもせんぱいに知られてしまったら、私たちの関係は激変してしまうだろう。それは、たぶん耐えられない。
だからなんとしても、私の秘密は隠し通さねばならなかった。
一人暮らしのワンルームのアパートに帰ると、まずやることがある。
手洗いうがいとか、着替えとかの前に真っ先にやること。それは電車の中でスマートフォンで書いた小説をオンラインのストレージに保存して、パソコンの方にダウンロードすることだ。
これで今日一日の作業を外部に保存して、晩ご飯を食べた後にパソコンで続きを書くことができるようになる。私にとってはとても大切な作業だ。
買い置きのヨーグルトに蜂蜜を入れて、適当にミックスナッツを軽くつまんだらそれで晩ご飯は終わり。
キーボードに手を載せてかたかたと動かし始める。スマートフォンよりもタイプ速度は上がるけど、家では集中力が意外と続かないから、帰ったすぐにどれだけ書けるかは結構大事。
時折プロットを読み返しながら、シンプルな横書きのエディタでシーンを埋めていく。現在書いているのは、異世界ファンタジー百合小説のエピローグ部分。二日前に主人公の二人、姫騎士のレンと幼馴染のメイドのアイリが結婚する最高のシーンを更新したから、エピローグでは沢山の登場人物たちに祝福されるシーンをちょこちょこと書いている。
何度か登場させたライバルキャラとか、親友ポジのキャラとかと二人を絡ませていくと、本当に終わったんだなぁと感慨深くなった。
私の趣味であり、私がせんぱいに内緒にしていることは、百合小説を書くことだ。
私は『ゆうささ』という名義であるウェブ小説サイトで百合小説を書いている。短編だったり連載だったり、現代だったりファンタジーだったりSFだったり様々だけど、とにかく自分の好きな百合を書いていた。ちなみにペンネームは本名が
まあ、百合小説を書いているだけだったら、何もせんぱいに内緒にする必要はないのだけど、そこにもちょっと事情があって……。
『二人は、どこまで行っても幼馴染なんだと思い合い、笑い合った。』
と、これがエピローグの最後の一文になった。
はぁーっとため息をついてから腕を上に伸ばす。うーん、いいんじゃないかな。
一晩だけ寝かせて、あとは明日読み返してから更新しよう。
パソコンデスクから立ち上がり、お風呂場で風呂桶にお湯を溜め始めた。この時期は湯船に浸かりたいからね……。
お湯が溜まるのを待つ間に、私はパソコンに戻って小説を連載しているウェブ小説のサイトを訪れた。
二日前の更新は、それなりに評価を貰っているみたい。一番いいシーンだからね。
感想欄を覗くと、新しくは付いてないけど、それでもやっぱり元気を貰える。
『良かった……!』とか『最高のハピエンです!!』とか嬉しい言葉が並ぶ中で、やたらと長文の感想が目に付く。
『今回も最高でした! ついについにこの日を迎えたんだなって思うと読んでいて涙がわっと溢れてきました……。百万の大衆の前でメイドあがりのアイリにキスしたシーンは、私も大衆の中の一人になったような気分で読ませていただきましたが、とにかくきゅんきゅんして涙が止まりませんでした!! 思えば二人のスタートもこの結婚式を見たところから始まっているんですよね……。そう考えると本当に感慨深いです……。いつか二人がこの場面を見て感動したように、この大衆の中にも次世代のレンとアイリがいるのかなって勝手に妄想してました!! それにしても七話でレンが病に罹ったときは、本当に二人の約束が叶わないのかと本当に心配してました……!! アイリの愛情が通じて無事二人が結婚してくれてとてもとても嬉しいです!! この作品に出会えて本当に良かったなと思います! 本当に大好きな作品です!!! ゆうささ先生ほんとうにありがとうございました!! 最終回、そして次回作も楽しみにしています!』
と、まあこんな感じだ。めちゃくちゃ嬉しい感想で、送り主は『ミツカ』さんという方。
その人のアカウントのページに飛ぶと、私の作品へのフォローが並んでいる。
それと一緒に、別のSNSへのリンクが置いてあった。
飛べばまあ、ミツカさんのSNSが出てきて、沢山の百合漫画の感想が並んでいた。ただ、その中には私の小説への感想は置いていない。
そこからふと、ミツカさんがフォローしている人の一覧を覗くけれど、そこにはゆうささのアカウントは存在しない。つまりミツカさんは、自分がゆうささのファンであることをこちらのSNS上では内緒にしているらしい。
その替わりに、フォロー欄には見慣れたアイコンが目に付く。『井奈子@百合感想bot』という、まあ、botでもなんでもない普通の百合感想を呟くアカウント。実はこっちも私のアカウントで、百合の感想を呟くためのアカウントだ。
で、ゆうささは井奈子を知らないし、井奈子もゆうささを知らないという設定でやっている。
そして、ミツカさんは三峯はるかせんぱいのことだ。
……そういうことだ。
まあ整理するほど複雑でもなんでもないけれど。
私がゆうささであることをせんぱいは知らない。せんぱいは、たぶんだけど自分の長文感想を私に見られたくなくてゆうささをフォローしていない。けれど私は、ゆうささの中の人なのだから、当然せんぱいが長文感想を送っていることを知っている。
……なんていうかもう、最高だよね。
だってあのいつもにこにこして、穏やかで、テンションのあがることなんか無いように思えるせんぱいが、私の書いた百合小説を読んで本当はきゅんきゅんしてくれてるんだよ?
ちょっとおっとりしていて、百合漫画を語る時も仕事の時もどんな時でも余裕があるように見える落ち着いた大人が、私の書いた百合小説を読んで大好きだって語ってくれるんだよ?
とにかくとにかく嬉しかった。
知らん顔で感想に返信して、知らん顔でせんぱいに接するのは、少しだけ後ろめたさもある。けれど今さらこの関係を変えることなんてできない。
私は、今のこの関係がすごく貴重で必要だ。
だから私は、自分の秘密も、せんぱいの秘密も、絶対にバレてはいけない。
なんとしてでもこの関係を守り続けなければならないのだ。
昨日書いたエピローグは、結局ほぼ改稿することなく誤字修正だけして投稿した。
投稿してからすぐは反応がないと落ち込むので、あえてスマホやパソコンから離れてお風呂に入ることにしている。十分時間を置いてからPVなんかを確認するのが更新した日のルーティンだ。
肩こりに効く入浴剤を投入した湯船に浸かりながら、最終回の余韻に浸ることもそこそこに、私の頭は次回作へと動き出している。
前々からやろうやろうと画策していた社会人百合が、次のターゲットだ。いわゆるバリキャリみたいなクール系な上司と、ほんわかおっとり系の後輩ちゃんの百合なんかいいんじゃないかな。
なんて事のない二人のオフィスでの日常をまったり切り取りながら、少しずつ進行していくゆっくりとしたオフィスラブなんか、すごく私の好みだ。
脳内の新しいヒロイン二人の会話を十分に楽しんでからお風呂からあがる。冷えないうちに着替えてからゆっくりと反応に目を通す。
何件かのブックマークや評価が付いていて、PVは想像以上に伸びていた。完結してから読む派の人が結構いるのだろう。
そして感想は、まだ一件。
付けてくれたのは、ミツカさんだった。
『うわぁぁぁぁ……ついに終わってしまいましたね……大好きなシリーズが完結してしまうのはやはり寂しさもありますが、二人が無事に幸せになってくれたのでとにかく良かったです!! レンもアイリもずっとずっと幸せでいると確信しています!!! きっとおばあちゃんになっても二人で紅茶を楽しんでいるんでしょうね……。想像したらすごく癒されてしまいますね! 他のキャラクターたちも幸せそうで良かったです……! 前回はぼろぼろに泣いちゃいましたが、今回はしっとりとしみじみと涙が溢れてきました。本当にゆうささ先生の作品はどれも大好きですが、この作品はとくにお気に入りです! リンやアイリにはたくさんの勇気を貰いました!! 私も好きな後輩がいるのですが、もっと近づけるように頑張ります!! 連載本当にお疲れ様でした! 次回作もまた楽しみにしております!!』
……ん?
え、あれ?
『――私も好きな後輩がいるのですが――』
思わず二度見してしまい、なんなら三度見四度見した。
『――私も好きな後輩がいるのですが――』
何度読んでも、そこにはそう書いてある。
好きな、後輩……???
少なくとも会社では、思い当たる節はない。
いや、ある。あるが。
え、まじか……。
……私じゃん。
いやまあ、私の知らないところで気になっている後輩がいるのかもしれないし、社内の話とも限らない。もしかしたら学生時代からの後輩かもしれないし。
しかしまあ、少なくとも私の知る限りにおいては、せんぱいの好きな後輩にあたりそうな人物は、一人しかいない。
……どうしよう。
どうすれば良いのかな……。
***
連載小説を完結させたあの日から数日が過ぎた夜の八時。普段ならそろそろアパートに着いて、ご飯を食べ終えて執筆に取り掛かるくらいの時間だけど、その日はまだ外にいた。
「ここね、朝比奈さんに聞いて一度来て見たかったんだ」
そう言って、せんぱいは微笑んだ。朝比奈さんというのは、会社の総務の人だ。
せんぱいのいつもと変わらない、朗らかで表裏の無さそうなにこにことした笑顔。
会社の近くにある、ちょっとお洒落な高級志向な日本酒ダイニング。落ち着いたジャズの流れる、間接照明だけの薄暗い空間。落ち着いた雰囲気がとても良くて、デートにはもってこいかもしれない……なんて思ってしまうのは、考えすぎだろうか。
私もせんぱいもアルコールが特別好きな方じゃないから、最初に頼んだ小さなグラスの日本酒が飲み干せないまま、料理のお皿だけがテーブルには増えていく。ナスのミートソース焼きが驚くほど美味しかったからおかわりを頼んだくらいだし。
なぜこんなところにいるのかというと、事は少し前、それこそあのせんぱいの感想を読んでしまった翌日のランチ中、せんぱいは私と晩ご飯がしたいと誘ってくれた。
断る理由も、少なくともゆうささであることを内緒にしている私にはなくて、その場で了承し今日に至る。
「確かに良いお店ですね!」
「気に入ってくれて良かったぁ」
せんぱいは相変わらずにこにこと微笑んでいていつもと変わらない。本当にあのハイテンションの感想をくれるミツカさんなのかと疑ってしまうくらいだ。
もしかしたら本当に別人で、たまたま同じアカウント名を使っているということもあり得ない話ではない。むぅ……。
だって、せんぱいの好きな人ってほんとに私かなぁ。
せんぱい、さっきから恋愛感情があるようには全然見えないんだよね……。
折角のディナーなのに、いつもと変わらない世間話から百合漫画の感想などなど、そんな会話しかしていない。
もしもせんぱいが私に恋愛としての『好き』を持っていてくれるんだとしたら、少しくらいそれっぽい話になってもいいと思うんだけど。
「お昼はいつも一緒だけど、たまには晩ご飯もいいよね」
「ですね」
と楽しそうに微笑み返す。出来るだけ考えていることが顔に出ないように。
「……どうして、急に誘ってくれたんですか?」
笑顔を崩さないまま、少しだけ踏み込んでみた。
「まあ、たまには良いかなって思って」
けれど、せんぱいは相変わらずのにこにこ笑顔。細めた目元も口角の先の笑窪も本当に可愛いなぁ。
もしかしたら、これは本当に私の勘違いかも知れないなぁ、なんて呑気なことを考えていた。
まあ、ちょっと残念な気持ちもあるけど、私とせんぱいの関係が変わらないなら良いや。
実際、ほんとにせんぱいが私の事を好きだって想ってくれてるなら、色々悩んで答えを出さなきゃいけないしね。
このままの関係は、たぶんかなり心地良いはずだ。
「そういえば、もうすぐクリスマスだよね」
「ええ、そうですね?」
唐突にどうしたのだろう?
今年のクリスマスは平日だから、普通に仕事してるはずだろうけど。
まあ、この時期は避けて通れない話題ではある。
「今年は私も、恋人欲しいな……」
「……せんぱいならすぐ出来ますよ」
……まさか。
「悠奈ちゃんみたいな子が彼女だったらな」
「……え?」
「なんでもない」
せんぱいは誤魔化すように微笑むけど、いつもよりだいぶぎこちなくて、眉根が寄っている。アルコールを摂っても変わらなかった顔色は、一気に上気していた。
ていうかせんぱい。
匂わせが下手……!!
もっと自然な流れに出来なかったのか……!?
もーこれ、完全に私じゃん!!
せんぱいの好きな人、ぜったい私だよ……。
んん……。
まあ、めちゃくちゃ嬉しいけどさ!!
どうすればいいのかなぁ……。
結局、新しい連載は社会人百合となった。
バリキャリ先輩とおっとり後輩ちゃんのキャラクター設定とプロットを作ってみたところ、想像してたよりも面白くなりそうだった。
大手食品メーカーの企画開発部を舞台に、新商品の企画から開発、販売までのディレクションを任せられた二人が、時にはいがみあったりお互いの愚痴を言ったりしながら、徐々に相手の仕事を信頼し背中を預けていくという王道の物語。そこに百合を交えながら、二人の関係を恋愛方面に進展させていく。
仲の悪い二人を取材と称していきなり遊園地デートに巻き込んでみたり、自然災害で帰れなくなった二人を同じホテルの一室で寝泊りさせてみたり。あー楽しい……。好きなCPに好きなことさせるのが、百合小説執筆の醍醐味だよなぁ……。
まあ、そんな感じで百合コメディを、三話くらいまでのプロットを書いたところで執筆に入り、アップロードする小説を完成させた。
これならばエタることなく最後まで物語を完成させられるはずだと信じて、第一話から順番に公開した。
……のだけど、続きを書いてみると全然キャラクターが設定通りに動いてくれなくて困ってしまった。
例えば作中の先輩の言動。後輩が苦手で厳しい人っていう設定なのに、ちょっとした後輩の失敗とかに気づいたら優しく微笑んでる。
第一話では後輩ちゃんに厳しく注意したりする気難しいキャラだったはずが、とくになんの心の交流もなく急に後輩ちゃんを甘やかそうとするから困る。
そしてもっと困ったことに、後輩ちゃんの先輩好きが止まらなくなってしまった。
『私、私のこと苦手っていってくれる人好きなんですよね』
『私の方が、先輩のこと好きですけど?』
『先輩が好きになってくれるなら、今の私もそんなに嫌いじゃないです』
とか言ってる。別に先輩のことが苦手っていうキャラクターじゃないんだけど、ここまで好き好きだと、二人の距離が想定より早く縮まってしまうから、最初に考えてたよりも早く二人の関係が進んでいく。まあそれはそれで楽しいけども。
原因はなんとなくわかってる。
私が、はるかせんぱいを強く意識してしまっているせいだ。
先輩が後輩を甘やかしてしまうのは、はるかせんぱいならそうするだろうし、私もそんな先輩のほうが好きだ。
後輩の先輩好き好きが止まらないのは、私のせんぱい好き好きが止まらないから……なのかなぁ。
……まあでも、仕方なくない?
あんなに可愛くて優しいせんぱいが、私のことが好きだなんてなったら、意識しないなんて無理だ。
性格は穏やかで優しい。顔も服も髪型も可愛い。仕事は丁寧で周囲に気配りができる。自分から仕事を作る事もできる。私との趣味も合う。話していて楽しいし落ち着く。
そして、私が書いた私の好きな小説を、好きだと言ってくれる。
それって、私の価値観にとても近いってことだよね?
こんなに完璧なひと、たぶんこの世に二人と存在しないだろう。
せんぱいのためだったら、私はいくらでも執筆を続けることができる。
たった一人の読者に巡り会えた天の配剤に、感謝してもしきれない。
はー、嬉しいなぁ……。
確かにそれは、すごく嬉しいことなんだけど……。
せんぱいの事を思い出して、小説を連載してるのウェブサイトを覗く。
先日あげた第一話の感想欄には、せんぱいからの感想が付いている。
『新作は社会人百合ですか!? 大歓喜です!!! ゆうささ先生も社会人百合書かないかなって思ってたのでめっちゃ嬉しいです!! 私が知る限りはじめてですけど、いきなり好きな展開です!!』
と、ここまでで読むのをやめてしまう。その後に続く言葉、もちろん嬉しい言葉たちだ。せんぱいのゆうささへの感想は、どれも嬉しい。すごく励みになる。
ゆうささである私は、すごく嬉しい。けれど、佐々井悠奈としては、後ろめたさしかなかった。
せんぱいが私のことが好きだというのはとても、それこそありえないくらいに嬉しい。
けれど、せんぱいに気持ちに応えて良いのだろうか?
私のしていることは、余りにも誠実さに欠けないだろうか?
せんぱいのことを騙しながら、勝手にせんぱいの気持ちを知ってしまっているのはとてもズルくないか。
せんぱいのことを、好きになって良いのだろうか。
連載している社会人百合小説の第五話を投稿した。
新商品の企画については、紆余曲折ありながらも社内コンペを通過して晴れてプロジェクトとして発足することが正式に決まった。
仲の悪かった二人の関係も、気付けばすっかりいちゃいちゃする仲になっている。まあ仕方ない。
お互いに恋愛感情になりかけていた気持ちに最初に気付いたのは先輩の方だった。
仕事のパートナーとしての掛け替えのない存在になっていた後輩。プライベートのことまで踏み込んできて好きだ好きだと言ってくれる後輩に、仕事以外の関係を求めている自分に気づく。
初めての気持ちに戸惑いながらも受け入れてくれるはずだと信じて、誰もいない二十二時のオフィスで後輩への想いをラブレターにして読み上げるという不器用な告白をした。
といった内容。告白の返答は次回をお楽しみに、という感じ。
社会人としてのお仕事の物語としては一区切りついた。けれど百合の物語としてはここからが一番いいところだ。
その第五話の感想欄も、一番上はせんぱいだった。
『ついに……ついに告白ですね……!! この瞬間を待っていたました!! お仕事の方も一区切りしたかと思うとこの怒涛の展開、本当の大好きです!! 後輩ちゃんの口ぶりからするとたぶん先輩の告白を受け入れると思うんですけど……さてどうなるのかなぁ……。楽しみに待っていますね!! お仕事の方でも、二人の考えた女性カップル向けのサービスが世の中に受けてほしいです!』
そんな風に始まる、嬉しい言葉の海の中の一番水底はこう閉じられていた。
『それにしても、先輩の告白は本当に感動しました!!! 私もまたゆうささ先生の作品に勇気を貰えました!! 次のデートで、私も後輩に告白しようと思います!!』
***
週末の土曜日、この前話題に上がった百合映画を二人で見てから、ちょっとお洒落な雰囲気のイタリアンバルのようなところで二人で飲んでいる。
とはいえまあ、二人ともそんなに飲めないから、相変わらずご飯とお喋りがメインだけど。
土曜日なんてもう随分前から執筆しかしてなかったから、こうして休日に誰かと遊ぶのも久しぶりのことだ。
せんぱいはまた私を誘ってくれた。平日以外でせんぱいと会うのは初めてのことで、私としてもだいぶどきどきしている。
もちろん『告白』のことがあったからだけど。
「よかったね」
「はい……原作の良さがめっちゃ出てました」
「丁寧な良い関係だよね……強い思いを、淡く描く感じ」
映画の感想を述べて、せんぱいは相変わらず優しく微笑む。いつもより少しだけ饒舌な気がするけど、映画の余韻か、お酒の力か、それとも好きな人と一緒だからだろうか。
一方で私は、どこかで冷静だった。
自分の中に、もっと一緒にいたいという気持ちと、早く逃げたいという気持ち、私の中には両方が存在していて、私はその感情を自覚できている。
「ね?」
とはるかせんぱいから水を向けられるたびに、心はとんと跳ねる。
「何か飲む?」
「あ、いえ、私は平気です」
「そう?」
「はい!」
返事をして、笑顔を見せる。私の心が跳ねていることは、おくびにも出さない。
だって私は、今日はるかせんぱいに告白されることを知らないのだから。
せんぱいもにこにこと微笑んでいる。誰かに告白しようとしているほどの緊張や気負いみたいなものは一切感じないから、このまま何も起こらずに今日を終えられるんじゃないかと思ってしまう。
せんぱいに告白されることを、私は恐れている。
だってもしそうなったら、私たちの関係は劇的に変化してしまうから。
もし私が小説なんて書いてなくて、今日告白されるなんて夢にも思ってないとしたら、私はせんぱいの告白を受け入れると思う。
けれど今の、ゆうささという秘密を持つ私に、せんぱいの告白を受け入れる資格なんかあるのだろうか。
あの日からずっとずっと、後ろめたさは消えてくれないのにね。
「近くにあるよね……行ってみない?」
やや震える声で、上気した頬でせんぱいが誘うから、本日最後のデート場所は駅前広場の公園になった。
巨大なターミナル駅の南口側にある公園は、現在はイルミネーションで着飾られている。入り口ゲートや植え込みなんかが電飾で彩られ、中でも中央の四メートルくらいありそうなツリーは、赤や緑のクリスマスカラーの電飾が施されている。その幻想的な光景に周囲に多くの人々が集ってスマートフォンを向けていた。
そのクリスマスツリーから少し離れた園内の通路を、せんぱいと二人で歩く。冷たく澄んだ空気の中に、吐き出した白い息が霧散していく。もしも空気の透明度と寒さに相関があるのなら、イルミネーションが綺麗に見えることと寒さにも相関があるのだろうと錯覚したことを自覚する。
隣を歩くせんぱいは白いスタンドカラーコートを襟を立てて羽織っている。暖かそうで可愛い。
ここは先ほど見た映画の聖地にもなっていて、主人公がここで最後の告白をするわけだけど、せんぱいもそれにならったのかもしれない。
「悠奈ちゃん」
「……はい」
せんぱいに向き直る。
誰もがクリスマスツリーに目を向けるこの空間で、離れた場所でお互いを見つめ合う。私の白い吐息と、せんぱいの白い吐息とが中空で交わって少し耽美だなと感じた。
「聞いて欲しいんだけど」
「ええ、なんでしょうか?」
白々しくとぼけたように返答した。まだこの場においても、逃げられるんじゃないかと勘違いしているのかもしれない。
もうそんな段階じゃないと知っているはずなのに。
「私ね、ずっと言いたかったことがあって」
しっかりと目を合わせる。
せんぱいの表情はいつもの余裕のあるにこにこ顔なんかじゃなくて。
苦しそうな表情で眉根を寄せ、顔は赤いのに唇は震えている。唾液を飲んでから、呼吸を荒くする。
こんなせんぱいの表情は見たことがない。
それだけ私の事を想ってくれているのだと実感できて、心底から温かな嬉しさが込み上げてくるけれど……でも。
やっぱり嬉しさよりも、不誠実を申し訳なく思う気持ちの方がずっとずっと強くて困った。
「私ね、悠奈ちゃんのことが大好き」
恋愛の意味でね、と震える声でぎこちなく笑いながら、せんぱいは付け加える。
「悠奈ちゃんは、私にとっては世界でいちばん大切な人」
せんぱいは小さく呼吸を整える。緊張が解けたのか、唇の震えは止まっている。今は力強く、自分の気持ちを訴えかけてくる。
「初めて会ったときから、明るくていい子だなって思ってけど、百合が好きだって知ったとき、びっくりしたけど嬉しかった」
懐かしむようにせんぱいが笑うから、私も微笑もうとするけれど、うまく笑えているのかな。
「悠奈ちゃんと同じ時間を過ごすほど、楽しそうに笑う悠奈ちゃんに、共感してくれる悠奈ちゃんに、たまに拗ねる悠奈ちゃんに惹かれて、気付いたら大好きなところまできてた」
私も同じだ。一緒に過ごした時間のうちのいくつかが思い出されるけれど、その全てが楽しく嬉しくて、大好きな時間だった。
せんぱいの思い出の中の私が可愛いのは、せんぱいの前では可愛くあろうとして、それが自然と出来たから。せんぱいじゃなかったら、とてもそんな自分にはなれなかっただろう。
せんぱいのために可愛くあろうとした私を、せんぱいが可愛いと言ってくれるのが嬉しかった。
「私は、もっと悠奈ちゃんと一緒にいたい」
いつもの朗らかに笑うせんぱいとは全然違う。情熱的で凜然とした、大人の女性。優しくて可愛いと思っていたけれど、今はとっても凛々しくて美しい。そんなせんぱいの表情もやっぱり初めてで、どちらのせんぱいも、私は大好きだ。
「悠奈ちゃんと一緒にいる時が、私はいちばん幸せだから」
そこで一呼吸置いてから、せんぱいは私に告げる。
「だから、まずは、私の恋人になって」
まるでプロポーズかと聞き紛うかのような情熱的な告白に、私の脳はくらくらした。だって「まずは」なんて、そんなに欲張りなことを言われたら、また嬉しくなってしまう。
……私も好きです、せんぱい。
厚顔無恥にも、せんぱいにそう言えたならどれほど良かっただろうか。
せんぱいと一緒にいることを最優先して、絶対にせんぱいにバレないよう小説を書くのもやめて。せんぱいとの幸せな日々に逃避することが出来た方が、もしかしたら良かったのかもしれないけれど。
でもせんぱいは、そんな私を好きになってくれたんじゃないと思う。
「私は、せんぱいに謝らなければならないことがあります」
そう切り出した。
その後のことはあんまりよく覚えていない。真っ赤だったせんぱいの顔が、白くなったり青くなったりしていたから、やっぱりショックだったんだと思う。
全てを告げた後に、せんぱいは何も言わずに俯いて震えていた。
私は怖くなり、謝罪の言葉を一つだけ口にして、逃げるようにその場を離れることしかできなかった。
その日の夜、私は自分がどれほどせんぱいが好きだったか思い知った。
それほどに、ずっと泣いていた。
翌日、せんぱいの書いてくれたはずの感想は、全て消えていた。
***
人間の心というものは、案外丈夫にできているんだなと、あの日から二日経ってからの私は思っていた。
散々泣きはらした挙句ひどい頭痛と吐き気を催した日曜日を挟んで、月曜日の朝。思ったよりもずっと冷静だし、体調は存外戻っていた。ジム通いをしてた頃に買った粉末のスポーツドリンクが残ってて、それをいっぱい飲んだんだけどそれが良かったのかも。
どうせ大した仕事なんかなかったから一日有給にして宅配ピザを頼んだ。持ってきてくれたお姉さんがせんぱいにちょっと似てて凹んだけど、ピザは旨かった。一食じゃ食べきれなかったけどね。
体調が良くなってお腹も満ちると、精神も相応に回復するらしい。まだ色々とキツい部分もあったけど、昼過ぎにはSNSを覗けるくらいには精神は回復した。
せんぱいのアカウントは、土曜日で止まっている。
もう一度ウェブ小説の方のサイトを見るけど、やっぱりせんぱいからの感想は全て消えていた。ふー……。
自分のしたことがどれほどせんぱいを傷つけてしまったかを考え、だいぶいい感じに凹んだ。
一日放置したメッセージアプリを立ち上げる。せんぱいとのトーク画面は、土曜日の待ち合わせの時のやりとりが最後になっている。
何か送らなければならないのだろう、とは思っている。
会社の、それも同じ部署の先輩なのだ。一生顔を合わせない関係でなはい。
私はせんぱいが好きだし、できればこれからも仲良くやっていきたい。まあ今までみたいに一緒にご飯に行くような仲には戻れないかもしれないけど。
結局全て私自身が悪いのだから、何もかも望むなんてできないよね。
せんぱいの気持ちは本当に嬉しかったし、もしせんぱいが許してくれるなら、私だってせんぱいと付き合いたいよ。
ため息が出る。
トーク画面を小一時間睨んだまま、何を送ればいいか散々悩んだ挙句「すみませんでした」と一言だけ送信した。
数分おきに何度か確認したけれど、そのまま既読は付かなかった。
社会人百合小説の第六話を書きながら待つこと数時間、せんぱいからの返信があったのは夜の帳が降りきったくらい。
「小説の続きをします」
なんのことかわからずに、トーク画面を睨みながら首を捻った。
「どういうことでしょうか?」とか聞いてみようかなと思っていると、せんぱいから追加のメッセージが届く。
「二十二時まで、待ってます」
そう時間の指定があって、私はやっとピンときた。
おそらくそれは、さっきまで私が書いていた物語のこと。
先輩が告白したところで止まっていた小説の続き。せんぱいと私の物語を小説に重ねて、せんぱいがその先を紡ぐということなのだろうか。
私の望むエンディングはさっきまで書いていたものしかないけれど、せんぱいの望むエンディングは一体どういうものなのだろう。
私とは全く違うのかもしれない。
優しく控えめな声で、やんわりと私を拒絶するかもしれないけれど、それがせんぱいの望むエンディングなのだとしたら、私は受け入れる他にない。
どちらにしても私は、せんぱいが待っているのなら、行くという選択肢しかなかった。
会社に着いたのは、結局二十一時を回った頃になった。
オフィス内の蛍光灯は一部を除いて消えており、エアコンも点いていないのか薄暗く寒い印象だった。
この時間でも未だ点灯している唯一の明かりの下へ辿ると、その席にははるかせんぱいが掛けている。
「せんぱい」
背後から声をかけた。声をかけるまでもなくこちらには気づいているはずだ。
けれどせんぱいは、こちらを振り向かずに手元の書類のようなものを見つめている。
少し待っていたけど、じれったくなり私はせんぱいの真横の自分の席の椅子に座った。
「せんぱい?」
せんぱいの手元を覗き込む。
そこに握られていたのは、書類ではなく便箋のようだった。あまりオフィスで見かけることのないものだから最初はわからなかったが。
ちらりとこちらを見て、せんぱいはキャスター付きのオフィスチェアをこちらに寄せた。斜め横に椅子をつけて、せんぱいは私の耳元に顔を寄せた。
キスされてしまうのかと勘違いするところまで顔を近づけてから、便箋を持った手を私の膝の上に乗せ、せんぱいは便箋に目を落とす。
「佐々井悠奈先生、拝啓、お手紙では初めまして、三峯はるかです」
白っぽい高級そうな紙を見ながら耳元で音読する。さながら私の書いた小説の告白シーンのようではあったけれど、内容はラブレターではない。ファンレターのようだった。
オフィスには誰もいなけれど、それでも誰にも聞かれないようウィスパーボイスでせんぱいは囁く。
「私が先生の作品に初めて出会ったのは一年ほど前です。私の夢や理想が丁寧に描かれていて、とても感動してすぐに大好きになり感想を書いてしまいました。その感想を悠奈ちゃんに見られるのが恥ずかしくて、ずっと内緒にしていたつもりだったんですけど。
私が先生の作品を読んで感じていたことは、私もこんな素敵な関係を誰かと築けたらいいなということでした。幸せな二人の関係は二人だけのもので、私もそんな二人だけの関係を、好きな人と紡げたらいいなと想っていました。
先生の作品はどれも温かく、愛情に満ちています。私はそんな先生の作品が大好きです。百合って良いものだと再認識させられます。先生の作品に出会えたことは本当に幸運で、先生には感謝の気持ちしかありません。
いつも元気をもらっています。ずっと先生を応援しています。これからも先生の作品を楽しみにしています」
敬具、と便箋二枚にわたるファンレターをせんぱいは読み上げて、そっと私の膝の上においた。
どれも嬉しい言葉だった。せんぱいはいつも私を褒めてくれる。
「……ありがとうございます」
掠れるような声でお礼を述べる。
でもそれは、やっぱりファンレターだった。
私の小説の中のような、ラブレターによる愛の告白ではない。
せんぱいの望むエンディングがファンと創作者という関係なら、私はそれをもちろん受け入れるつもりだ。
ただ、私の気持ちだけが、消えてしまえば良いのだから。
「悠奈ちゃん、拝啓、お手紙では初めまして、三峯はるかです」
せんぱいはまた囁く。いつの間に、私の膝の上にはせんぱいの手と何枚かの便箋が握られていた。
今度は白いものではなく、ピンク色っぽい、随所にハートが散りばめられた便箋。
「私は悠奈ちゃんが好きです。いつからそうなのかって、もう思い出せないけど。初めて会ったときは元気で明るい、楽しそうな子が入ってきたなぁと思っていて、あの時にはまだ、悠奈ちゃんのことを好きになるなんて想像もしていなかった。
趣味が合うってわかって、一緒に行動する時間が増えて、仕事中でも休憩時間でも懐いてくれてる悠奈ちゃんが可愛くて好きでした。その気持ちが恋なのかなと自覚してしまってからは、なかなか二人きりで遊びに行こうと誘えなくて、いつものランチだけで我慢するしかなかったけど。
でも、ある大好きな小説に勇気を貰って、やっぱり悠奈ちゃんとの関係を恋人と呼ばれる関係にしたくて頑張りました。その小説のことは悠奈ちゃんには内緒にしてたつもりだけど。
悠奈ちゃんに告白するのは二度目だね。私はあの日、ショックと動揺で泣いてしまって、悲しそうに苦しそうに語る悠奈ちゃんを引き止めてあげることができませんでした。本当にごめんね。
悠奈ちゃんのことならなんでも受け入れてあげようと思っていたのに、やっぱり私に対して秘密を持ってたのがちょっとだけ嫌だったのだと思います。最初に大好きな小説があることを秘密にしたのは私なのにね」
せんぱいは小さくひと呼吸入れて、もう少し私の耳元に唇を近づけ、甘く掠れるようなぞくぞくする声で囁く。
「もう一度書きます。私は悠奈ちゃんが好きです。明るくて可愛い、いつも元気をくれるあなたが大好きです。
そして、佐々井悠奈先生が大好きです。先生の描く小説が大好きです。
私にとって、貴女は本当に奇跡のような人です。会社でも大好きで、プライベートでも大好きで、小説も大好きで、こんな出会いは、たぶん生涯に二回はないと思います。
この出会いを手放したくないです。私の強い思いが、少しでも伝わってくれたら嬉しいです」
敬具、とせんぱいは締めて、膝の上に便箋を乗せて椅子を離した。
せんぱいを目で追いかけると、頬を上気させて唇を結んで私のことを見つめている。
「伝わりましたか?」と訴えるような瞳に魅入られながら、私は無言で頷いた。
「私もせんぱいが好きです」
目を見ながらキャスターを転がして膝を突き合わせるほどの距離まで寄せる。せんぱいの手を握って、下からあざとく上目遣いで見つめた。好きな人にされたら、たまらないんじゃないかな。
「私にとっても、せんぱいは特別な人です。私だってせんぱいのこと、絶対に手放したくありません。せんぱいと仕事してる時間も、せんぱいと百合について語っている時間も、せんぱいから貰った感想も、ぜんぶぜんぶ大好きなんです。せんぱいだって、私にとっては奇跡みたいな人なんですからね」
語る言葉に力を込めるほど、少しずつ握る手が強くなっていってしまう。
せんぱいの目元には、少しずつ涙が溢れていたから、そっと手を伸ばして涙を拭った。
「せんぱい、かわいいなぁ」
「悠奈ちゃんの方がかわいいよ……!」
今日もまた、キーボードに向かって手を動かしている。もちろん百合小説を書くためだ。
今執筆しているのは社会人百合の連載小説の第八話部分。
第五話の告白シーンからの続きの第六話が驚くほどに好評で、あそこで終わらせようかと思っていたのだけど、調子にのって続きを描くことにした。
第七話はつい一時間ほど前にあげて、いつも通り反応を待っている時間帯。
いつもなら読者の反応が気になってどきどきしている時間だけど。
「えー、さいこう……」「後輩ちゃんやるじゃん」「こういうこと言われたいわぁ……」「やばぁ」「こういう先輩になりたーい!」「しゅきぃ……」
と、背後のベッドでパジャマを着たせんぱいが、一人で何やら呟いている。
たまに起き上がったり、ごろごろとベッドに寝転がったりしながら、スマートフォンを両手に握って夢中になっているのは、まあ私の小説なのだろう。
「あーゆうささ先生さいこう……」「いつか結婚しよ」「またファンレ書いちゃおうかなぁ」
出てる、声に……!!
ちらりと背後を見るのだけど、私に気づかずに夢中で小説を読み耽っている。いや、まあ嬉しいんだけど。
暫く小説に集中できない時間が続いてから、せんぱいはふーっと大きな吐息を漏らした。
「あー今回も良かったぁ……」
せんぱいに喜んでいただいて何よりです……。
なるべく聞かないフリをしながら、キーボードに乗せた手を動かす。今書いているシーンは、二人が付き合い始めてからの夜の水族館での初デートのシーンだ。妙に初々しい二人がキスをするというシーン。
「悠奈ちゃん」
「……はい」
声をかけられて、椅子を回して背後を振り向く。
ベッドには興奮したのか、パジャマをはだけさせたせんぱいが寝転がってこちらを見つめている。
「ゆうささ先生の連載読んだ?」
「いや、書いたの私ですし」
私がそう返すと、せんぱいはため息をつく。
「はー、私悠奈ちゃんのこと大好きなんだけどね」
「……ありがとうございます」
「ゆうささ先生の作品について悠奈ちゃんと語れないのだけがなぁ……」
「……すいません」
不満げなせんぱいの言葉に、つい謝ってしまう。
まあ自分の作品に対して、読んでくれた人と感想を一緒に語るのは無理だよね……。
「きゅんきゅんしちゃったなぁ……」
あぅ……めっちゃ嬉しい……。
なるべく顔に出ないようにするけど、きゅんきゅんしてもらったのめちゃくちゃ嬉しい……!!
「きゅんきゅんしちゃったせいで、悠奈ちゃんといちゃいちゃしたくなったなぁ……」
せんぱいが可愛い笑顔で笑いながら手招きする。私は一瞬だけ我慢して、書いている小説の最後の一文を完成させた。
『唇を合わせた二人の夜は、まだ始まったばかりだから。』と。
そして、せんぱいの寝転ぶベッドに私も入った。
優しくて可愛くて包容力に溢れる会社の先輩が私の書いた百合小説できゅんきゅんしてるってほんとですか!? @yu__ss
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