第26話

 ルビーは屋敷の自室でベッドに横たわり、その側でリスプは椅子に座っている。


「二人のことは今でも信じられませんね」

「落ちこむのは分かるけど、いつまでも引きずるもんじゃないわよ」

「あの二人は十年以上の間、よく尽くしてくれたのですよ。簡単に言わないでほしいですね」

「まー、そうよね」

「何をしているのですか?」

「んー? 元気がないなら差し入れ私が食べよっかなーって」

「それは私のですよ。城に戻るのですから、いい加減準備して下さいね」

「私の荷物なんて大したことないし、あんたが元気になってからでいいわよ。ずっとそのままなら、看病しなきゃ行けないから戻れませんって手紙送ればいいだけだしね」

「……そういうわけにはいかないでしょう」



 タスクが宿の食堂で荷物を背負った。


「王都に行くんだってな」

「ああ、おじさんにも挨拶しようと思う」

「クリスプ様のことお願いね」

「俺がいなくても大丈夫だと思うぞ」

「そうかもしれないけど、一緒の方がクリスプ様も喜ぶと思うよ」

「お前はこれからどうすんだ? 冒険者はやめちまうのか?」

「おじさんと話して、それから決める」

「そうか、こっちに戻る気があるっつーんなら早く来いよ」

「来れないときは手紙送ってね」



 王都でリスプがタスクに驚いた。


「まさかあんたのおじさんがこの店にいるとはね」

「来たことあるのか?」

「小さい頃飲んだホットミルクがね、もうすごい美味しくて、あれが忘れられなかったのよ」

「ホットミルクねえ……」

「あんたは美味しいと思わなかったわけ?」

「確かに美味いけど、普通じゃないか?」

「何言ってるのよ。あれは普通なんて枠にとどまる代物じゃないわ。あんなに美味しいものはお城じゃ飲んだことがないわね。あんたも今度飲んでみなさい。味を意識すれば、あればどれだけ素晴らしいものか理解できるわよ」


 二人は店に入る。


「いらっしゃい」

「久しぶり」

「また来たわよ」

「……驚いた。この子と知り合いなのか、タスク」

「フォートレスで知り合ったんだよ」

「ホットミルク。この前頼んだのと同じやつね」

「すぐに用意するよ。タスクはどうする?」

「同じやつにする」

「分かった」



 二人は王都の墓地へ着く。


「ここに家族の墓があるの?」

「遺品しかないけどな。あの日、両親はガーディアンにぐちゃぐちゃにされたのに、俺はフィオナも助けられず逃げるしかなかった。それがどうしようもなかったのは分かってる。でも時々、もっと他にできることがあったんじゃないかって考えてしまうんだよ。だからずっと墓参りに行くのが怖かった。だけど、やっと行く気になれた」


 大きく息を吐くように話すタスクに対し、リスプはただ側で話を聞いていたが、話し終わったところで口を開く。


「……ねえ、これからのことって考えてる? 冒険者をやる理由はもうないんでしょ?」

「まあな。おじさんかアーランの店や冒険者ギルドで働くのもありだとは思うけど……」

「……じゃあ、私に付き合う気はないかしら? この前話したでしょ? 今回のことで私は魔石に関しては優秀だって認めさせることができたから、魔石の調査発掘のためなら外に出ていいって許可を取れたの」

「やったな」

「でしょ。で、調査のためには古代人の遺跡を調べる必要があるし、ガーディアン退治の必要もあるわ。城からも人を引っ張れるけど、そんなことしたら反発されるし、冒険者として名高い人間の力も欲しいわけ」

「俺の力を使いたいと?」


 リスプはタスクにメリットのある話だと思っていたが、タスクの反応は悪い。


「……浮かない顔ね」

 

「レギンレイヴが消えたせいか、前みたいに魔石を使えなくなった。レギンレイヴがいた頃は、いつも自分以外の存在を身体の中に感じていたが、それももうない」

「私だって同じよ。あのとき使ってた魔石の力が弱くなったわ。レギンレイヴは戦乙女が魔石の力を引き出す存在みたいなことを言ってたけど、それが関係あるかもしれないわね」

「レギンレイヴがいなくなって、魔石の力がなくなったってことか?」

「そうでもないわ。王都の工房で作った魔石は相変わらず使えるし、城にある古代の魔石の中には今まで通り使えるものもあるのよ」

「使える魔石とそうでない魔石があるってことか」

「仮説だけど使えなくなったのは、石にした人間で作った魔石だけかもしれないって考えてるの。それを調べるためにも協力して欲しいのよ。給金は出すし、休みが欲しかったら融通するわ」

「……二つ条件がある」

「言ってみて。何でもいいから言うことを聞けとか言わないわよね?」

「まさか。一つはフォートレスに行ったら必ずアーランの宿を使うこと。もう一つはこれから墓参りに一緒に行くこと。簡単だよな」

「それくらいなら何の問題もないわ」

「じゃあ、約束だ」

「握手ね。いいわよ。でもその指どうしたの?」


 リスプが言っているのはタスクの指に巻かれた包帯のことだ。


「……ああ、これか。机のささくれで切れたんだ。傷がすぐ塞がらなかったから、コトリンにもらった。つけたままなの、自分でも忘れてたんだな」


 タスクの声はどこか投げやりだった。

 レギンレイヴがいなくなったことを、タスクが消化しきれてないことは、リスプにも分かる。

 彼女は何か言うべきだと思ったが、これだという言葉が出てこなかった。


「それって……」

「リスプの言いたいことは分かる。俺はもう不死身じゃないんだろうな」


 タスクが自分の左腕を見つっめる。そこには腕輪がはめられていた。


「レギンレイヴの声が聞こえるんじゃないか。そう思ってずっとつけてるんだよ」


 その腕輪が突然光りだした。

 光が収まると、羽飾りと胸当てをつけた戦乙女が姿を現す。顔立ちはレギンレイヴそっくりだが、表情は幼く見えた。


「……レギンレイヴ、なのか」

「初めまし……て!」


 ゆっくりと地面に足をつけようとしていたが、つま先がついたところで転びそうになり両手を地面に当ててそれを防いだ。


「し、失礼しました……」

「……レギンレイヴ、なの? この子が?」 


 声も同じだが口調がまったく違うため、リスプは目の前のレギンレイヴが本当にレギンレイヴとは思えなかった。


「は、はい! 今立ちますね……初めましてタスクさんリスプさん! 私はレギンレイヴですが、正確にはお二人の知るレギンレイヴじゃないんです。ええとどこから説明したらいいか……腕輪です腕輪。私は先代のレギンレイヴがタスクさんの魔石に残した力と、ランドグリーズから奪った力で生まれたんです」


 レギンレイヴと名乗る戦乙女が自己紹介を済ませ、それから二人の顔を見るが返事はなかった。


「あ、あの! 私何か失礼なことしましたか? あ、気付かないだけでしてたんですね。ごめんなさい。私先代のレギンレイヴからちゃんと引継がれてなくて、色々と安定してないんです」

「……あんた、レギンレイヴ、なのよね? ならどうして手に土がついてるのよ」

「これですか? さっき転んだときに……」

「……そうじゃなくて、何で実体あるのよってこと。私が知ってるレギンレイヴは実体がなかったわ」

「あ、それですか! 先代のレギンレイヴがランドグリーズの力の一部を、タスクさんの魔石に光銛で引っ張んたったんです。私が実体を持てるのはその力のおかげですね」

「興味沸くわね。話してくれない?」

「もちろんです。元々戦乙女には魔石を様々な物質に変える能力があったのですが、先代はその力をタスクさんの体に使うことはできても、自分にはできなかったんです」

「……戦乙女の体に、実体を持たせることができないと言ってたな。初めて会ったときもボロボロの人魔石を体として使っていた」


 タスクは昔、レギンレイヴに人体を魔石に作り変えられるなら、人魔石もそうすればいいじゃないかと聞いたことがある。


『あの人魔石はもう限界だ。少しでも手を加えれば壊れてしまうだろう。それに今の私は魔石で人体を作れても、戦乙女の体は作ることはできない。その方法を知らないからだ』


 そのときレギンレイヴはそう返した。そのことをタスクは思い出していた。


「それですそれです! 私がこうして実体を持てるのは、ランドグリーズの力で戦乙女の体を作ったからです」

「……そうか」


 新しいレギンレイヴは自分の発言が後押しされたことに喜ぶ。それに対しタスクはぎこちなく返事をするだけだった。


「……あの、やっぱり私失礼なことを……」 

「……そんなんじゃないわよ。驚いただけ」

「……レギンレイヴなら、今まで黙っていたのはどうしてだ?」

「それはですね、この体を作り上げるのに時間がかかっていたんです。タスクさんの呼び掛けは聞こえていました。でもこちらからは何もできませんでした。」

「いや、それは仕方ないことだと思う……俺の知ってるレギンレイヴはどうなったのか聞いていいか?」

「その……ランドグリーズともに消滅しました」

「……そうか……」


 タスクはため息をつくように呟く。

 それを見た新顔のレギンレイヴが、あからさまに落ち込んでいるのでリスプは自分が間に入ることにした。


「あんたが気にすることは何もないわ……えーと……二代目レギンレイヴ?」

「そのままレギンレイヴと呼んでもらえると嬉しいです」

「ならレギンレイヴ、あんたはタスクの力になりたいと思う?」

「はい。先代のレギンレイヴはタスクには助けられたので、今度はこちらが力を貸す番だと考えていました。私もそれに賛成です」

「……タスク、私の話を断る理由がなくなったんじゃない?」

「……そうか、そうだな。冒険者として力を貸せそうだ。そうだな」


 タスクはリスプが自分の顔を見ていることに気づき話をやめた。


「何だよ」

「ねえ……ひょっとして泣いてる?」


 父親も義母もフィオナも救えず、エイダの家族が殺されたときは手遅れだった。レギンレイヴが消滅したときも、近くにいたのに気づけなかった。

 不死なるタスクと言われても、自分に何ができるのか考えたことは一度や二度ではない。

 それでもランドグリーズの暗躍を防ぎ、新しいレギンレイヴがこうして現れた。

 悲しいことと嬉しいことが混ざりあい、高まった感情が涙として流れるなら、それはおかしなことではない。

 タスクは今の自分について冷静に考えようとしたが、溢れるものを抑えられず目元に手を触れた。


「……泣いているんですか? もしかして私やっぱり……」

「何もしてないから安心しなさい。こいつは喜んでるだけよ」

「……嬉しいんですか?」


 レギンレイヴはリスプの言葉が理解できず、きょとんとした顔でタスクに意見を求める。


「俺は、うん、そうだな。それでいい。嬉しいってのはあるな」


 タスクは涙を拭いて左耳を左手で塞ぐと、あの日聞こえた音と同じ音が聞こえた。


「何かの儀式ですか? あれって」

「みたいよ」

「どんな意味があるのでしょう?」

「自分が生きてるって安心するらしいわ。気になるなら真似してみれば?」

「そうですね。やってみます」

 

レギンレイヴは両手を両耳に当て、目を瞑った。


「うーん? 生命は実感できませんね。リスプさんはどうですか?」

「やんないわよ。恥ずかしい」

「一回だけでいいですからお願いします。自分に落ち度があるか知りたいんです」

「落ち度って言葉を使うほどのこと?」

「人体を理解することにも繋がりませんか? 私は意識を持った瞬間から戦乙女ですから、人間のことはよく分かりません。でも理解したいとは思います。タスクさんがとっている行動にも何らかの意味や理由があると思うんです。リスプさんは人間ですから、私より人のことが分かりますよね? そんなリスプさんだからこそ、タスクさんと同じことをしてほしいんです」


 リスプは人間なら自分じゃなくてもいいんじゃないかとは思ったが、レギンレイヴの熱心な視線に負けて両手を両耳に当てると、液体が流れるような音がした。


「あ~、これ血が流れる音だわ。これで生きてる実感を感じてるのね」

「なるほど、それが人間なのですね」

「タスクだけよ。他の人はこんなことしないわ」


 ふと三人の前を通り過ぎる人物がいる。

 服装からして王都の住人だが、手に耳を当てる集団が奇妙に見えるようで、二度見しながら通り去っていた。


「二回見られましたね。私たちが存在することに何かしらの衝撃を受けたのでしょうか?」

「……どっからそんな考え方が出てくるのよ。ただの怪しい集団に見られただけ、考えすぎよ」

「どうかしたのか?」


 二人の声が聞こえてきたので、タスクも会話に参加する。


「どうもしないわ。変人集団に見られただけよ。言っとくけどタスクのせいだからね」

「……俺? 俺がどうして?」

「タスクさんの耳に手を当てる行動に何らかの意味があると思ったのです」

「……いや、意味とか言われてもなあ……」

「ないの?」

「あるけど……」

「じゃあ説明してあげればいいじゃない」

「そうですね。私も気になります」

「……もって私も入ってるの?」

「気にならないんですか?」

「別に……あーもー、そんな目で見ないでよ。気になる。私も気になるわよ」

「ですよね。気になりますよね」

「……嬉しそうね」

「先代のレギンレイヴが力を貸した人がどんな人か知りたいんです」


眩しすぎる笑顔を見せるレギンレイヴに、リスプはコトリンに言動が似てるなと思いつつ、タスクがレギンレイヴの期待にどう応えるか様子を見ることにした。

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不死と魔石の戦乙女 白黒セット @jouan

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