第25話

 リスプは窓から侵入して、光射の力で一気に近づき、ランドグリーズの腹部に光射の力を当てる。


「……驚いたよ」


 予想外の攻撃に、ランドグリーズは数歩下がる。


「私としてはあんたの正体より、ヘックスとミランダに使用人やらせた理由の方が気になるわね。タスク、戦えるなら手を取って」


 リスプは右手をランドグリーズに突き出したまま、左手をタスクに差し出すが、タスクは動けない。


「……立つのは、まだ辛いな」

『抗魔石にやられた』

「不死身も不便なもんね」

『君には助けられるな』

「あんたが気を逸らしてくれたおかげよ。戦乙女って口が上手いのね」

「ひどいことをするお姫様だよ。ミランダを実体化できる魔石はもうないんだよ。もう生き返らないんだよ」

「あんたにだけは言われたくないわね。で、ミランダたちに何をやらせたわけ? 王家に近ければ目当ての人間と魔石を見つけやすいって思ったの? 門を開かせればいいから、あんたはのんびり眠って待ってたってわけね。ここの領主は資金難で悩んでたみたいだから、安く雇える護衛兼業の執事やメイドとして入り込むのは簡単だったと思うのよね~」

「ヘックスとミランダが王女様を優秀だと言っていたのがよく分かるよ。二人が頼むから見逃すつもりだったけど、もうダメだよ。素材にするしかないよ」

「あっそ!」


 リスプは追撃しようとするが、ランドグリーズは窓を割りそこから逃げる。


「逃げやがったわ。持久戦をしかけられたら面倒ね」

『動けるのか?』

「……ランドグリーズを止めるにはどうすればいい?」


 弱々しいが返事はできる。彼はまだ戦える。


『光銛で刺してくれればいい。後は私がやる。やれるか?』

「……ああ。あいつからは錆みたいな匂いがする。俺はフィオナが本当に死んだとしても、それが暴走したガーディアンの起こした事故みたいなものなら、時間をかけて受け入れるしかないと思っていた。でも違った。だから俺は、ランドグリーズを許せない」


 タスクがここでこの話しても何の意味もない。彼は自分の精神を落ち着かせるためにこの話している。それが分かるリスプとレギンレイヴは黙って聞いていた。


「……ありがとう。少しは楽になった」

『君はどうだ。その足は?』

「タスクよりはましだと思うわ。滅茶苦茶痛かったけど、今は痛みが引いてるのよ」

『興奮で一時的に痛みを感じなくなっているだけだ』

「一々言わなくていいわよ」

「リスプは休んだ方がいい。包帯が血で真っ赤だ」

「傷口が開いただけよ。大したことじゃないわ」

「悪いな」

「別に、あんたのためじゃない」

「分かってるって」

「ここから狙うくらいはやってもいいわよね?」

「どうぞ。タイミングは任せる」

 

 左手で耳を抑え、大きく深呼吸をする。耳に液体が流れる音がした。体内を血が流れる音は生きている証拠だ。


「それ、何かのおまじない?」

「コトリンと同じこと言うんだな。そんなとこ」


 扉を開けて外に出るが、周囲にランドグリーズの姿はない。


『どこかに隠れて攻撃する機会を狙っているのだろう。気をつけてくれ』

 真っ暗な夜空の下で、無人の街であるかのような人の気配がしない空間がある。


(懐かしいな)


 ふと、タスクの頭にフィオナの記憶が蘇える。

 それはフィオナの好きだった舞台のラストシーンで、離れ離れになった若い男女が、無人の街で再開するというものだ。


「……あのときは意味が分からなかったな」

『タスク。何があった?』

「フィオナと見た舞台のことだよ。付き合っている男女が事故で同時に記憶を失い、少しずつ相手のことを思い出しながら、国中を探しまわるというのが大まかな話だった。俺は同時に記憶を失うのが嘘くさくて話に乗れなかったけど、フィオナは相手を探す二人を見て泣いていた」

『舞台というのは私にも何のことか理解できる。しかしそれが今この状況と何の関係がある?』

「見てなって。説明するより見る方が早い」


 相手に生きていてほしい。無事にいてほしい。そんな気持ちが実父の死を連想させたのだと今のタスクなら理解できる。

 タスクが冒険者として他人の手助けを始めたのも、お人よしの冒険者して名前を売ることでフィオナの情報を得やすくするためだ。


 フォートレスに留まらず周辺の村を探し回ったこともあるが、フィオナが生きていてほしいから探すのか、それとも死んだことを納得したくて探すのか、自分でも分からなくなるだけだった。

 それでも舞台のように記憶をなくし、どこかで生きているならそれでも構わないとまで思ったが、フィオナの痕跡が見つからないことには変わらない。

 タスクは大声を出すために大きく息を吸う。身上げた夜空と満月は三年前のあの日と同じに見え、涙が出そうになる前に大きく口を開けた。


「ランドグリーズ! 聞こえているだろう! レギンレイヴは俺から離れたくないようだ! 俺のことが好きだと言っている! 諦めて帰るんだな!」

『今のは何だ?』


 口を開いたと思えば芝居かかった口調で叫ぶので、レギンレイヴは行動が理解できず聞いてしまう。


「ただの悪口。離れ離れになった二人の再開を邪魔したい、哀れな男の台詞をそのまんま言っただけのな。人間は自分が言われたくないことを悪口で言うって話がある。ランドグリーズ人は散々俺を煽ってきた。そういうやつならこういうのが一番効くんだよ。あいつ人間みたいな話し方してたしな」


 左手を降ろしたタスクは周囲を警戒するが、効果はすぐに出て、上から剣を振りかぶったランドグリーズが現れる。


「ほらな。分かりやすいよ」


 この奇襲はタスクの予想通りで、迎撃はできなかったが左手の籠手で剣を防ぐと、ランドグリーズは距離をとった。


「レギンレイヴは私が戻すよ」

「無理だな」

「紛い物のくせに偉そうだよ!」


 改めて光剣を構えてタスクへ突進するが、その手にあった柄は、弾かれたようにランドグリーズの手から離れていった。


「タスク!」


 姿を見せたランドグリーズに、リスプが一気に接近し光射を手にぶつけたからだ。

 リスプはまともに受け身も取れず、転がるように倒れたが、引き換えにランドグリーズの足は止まった。

 そして走り出したタスクはすぐそこまで来ている。


「その声はフィオナのものだ!」


 タスクのは胸元を狙ったが、寸前でランドグリーズの右手に籠手を掴まれる。続けて光銛を飛ばすが、紐を掴んだ左手で無理矢理軌道を逸らされた。


「甘いよ!」


 ランドグリーズはタスクの腹を蹴り、怯んだ隙に両手で紐を掴み、タスクを投げ飛ばした。

 地面に倒れたタスクはすぐに膝立ちになるが、立ち上がることはできない。


「人魔石ではなくても、痛いのは変わらないよ。これからどんどん辛くなるよ。レギンレイヴを出せば楽になれるよ」

「……お前を野放しにしている方が辛いね。いい加減レギンレイヴのことは諦めたらどうだ」


 タスクは光銛を籠手に戻し、それをレギンレイヴに向ける。


「私を挑発しても無駄だよ? 同じ手は通用しないよ」

「……そうか? またフィオナの真似をしてみろよ。俺は単純だから引っ掛かるかもな」

「言ってくれるよ」


 ランドグリーズが左手を伸ばすと、リスプの攻撃で落とした光剣の柄が浮かび、その手元へ戻っていく。次にランドグリーズは左手に持った剣を、タスクに向け突こうとする振りをして、すぐに横へ移動した。


「ウソ!」


 ランドグリーズの視線の先には、奇襲をかけようとしたリスプがいた。彼女の狙いは失敗だ。


「失敗だよ、お姫様」


 ランドグリーズはリスプの突き出した右手を掴み、光射が出る前に体ごと勢いにのせて放り投げた。

 タスクはその隙を狙って近づくが、それも読まれ光剣に狙われる。籠手で防御しようとするが、胸に光剣を刺された。


「紛い物の終わりだよ。悔しかったら抵抗すればいいよ」


 痛みで顔を歪めるタスクの前で、薄笑いを浮かべたランドグリーズだったが、その笑みはすぐに消えた。


「レギンレイヴが何もしないのはおかしいよ。どこにいるのか話さないととことん痛めつけるよ」

「……さあ、ね」

「自分で考えなさい!」


 ランドグリーズが斜め後ろからの衝撃によろめく。攻撃したのはランドグリーズに投げられた後、地べたを這いつくばって、攻撃の機会を狙っていたリスプだ。


「……お姫様が、生意気だよ……」


 ランドグリーズは左手で光剣を持ち、右手でリスプを投げ飛ばした。光銛の紐はランドグリーズの手から離れている。

タスクはランドグリーズの意識がリスプに向いた瞬間、光銛が籠手に戻るよう意識する。

紐は籠手に引っ張られ、光銛も籠手に戻ろうとするが、戻り切る前に左手で光銛を掴み、ランドグリーズの脇腹を突き刺した。


「その体はお前のものじゃない」


 冷静な声だった。

 彼はリスプとタイミングを合わせていたわけではない。不意打ちを狙うリスプの姿が見えたから、あえてランドグリーズに近づいて、リスプに意識を向けた瞬間に、光銛を刺す気でいただけだ。

 ランドグリーズは声も上げず、無表情でタスクを見ると、糸の切れた人形のようにタスクへもたれかかる。

タスクはその様子を間近で見ながら、フィオナの体を光銛で刺した感触を、自分は忘れることはできないだろうと、冷静さを取り戻した頭で考えていた。

 後はレギンレイヴの仕事だ。


 レギンレイヴは光銛を通じてフィオナの体内に入り、ランドグリーズ本体と接触する。

 レギンレイヴもランドグリーズも実体を持たない精神だけの存在だ。精神が触れ合うには、お互いに憑依していたものが邪魔になる。


『レギンレイヴが来てくれたよ』


 レギンレイヴは自身に似た姿の存在を見つけ、それがランドグリーズだと認識した。ランドグリーズは喜びの感情を見せるだけで、レギンレイヴが何をするつもりかは理解できていない。


『私はお前を消すために来た』

『そんなことをしたら、あいつは不死身でなくなるよ』

『私の加護がなくても彼は生きていける。ここでお前の力を奪い彼に充てる。そうすれば私なしでも魔石は動く』

『自分の分身を作る気なのは分かったよ。でもその魔石を動かすのはレギンレイヴの偽物、劣化した戦乙女のなれの果てだよ。そんなものを残せれば満足とは思えないよ』

『私たちの時代はすでに終わっている』

 

 レギンレイヴはランドグリーズへの侵食を始める。ランドグリーズを消滅できるなら、自分自身はどうなってもいいと考えていた。

『私たちは過去の存在だ。私は私の元になった人間が、個人か集団かさえ分からない。そんな存在はいつまでもとどまる必要はないし、残ってはいけない』

 

 ランドグリーズを止めることができただけでレギンレイヴは満足だった。

『なら、せめて一緒にいたいよ……』

 

 浸食が進み、戦乙女の精神が同調する。

 レギンレイヴにランドグリーズの喜びの感情が伝わる。それは理解できるものではなかったが、目的が達成できるならそれで構わなかった。


『古代の妄執が今を生きる人間を振り回し、命を奪うことなどあってはならない』

『レギンレイヴ』


 名前を呼ぶが、その声には感情がこもっていない。ランドグリーズから感情が消失し始めている。


『レギンレイヴ、レギンレイヴ』


 存在そのものが消えようとしているランドグリーズは、もうレギンレイヴの名前を呼ぶことしかできない。

 レギンレイヴが意識を外に向けると、フィオナの身体が消滅したことで、呆然とするタスクが見えた。


「お疲れ様。やったみたいね」

「……そうだな」

「胸の傷は……塞がってるみたいね。でも泣きそうな顔してるわ。どうしたのよ?」

「ランドグリーズが消える直前、声が聞こえた。私は会えて嬉しかったって声が……」

「それ、ランドグリーズが言ったってこと?」

「分からない」


 ランドグリーズの存在も消えようとしている。

 そのためフィオナの人格が身体の主導権を取り戻し、ほんの少しの間だけだとしても、フィオナはタスクと話すことができた。


 それが喜ばしいことなのか、レギンレイヴにはもう分からないが、タスクがフィオナ本人の声を聞くことが出来たことには変わりない。


「とにかく、宿に戻りましょ。二人が元に戻ってるかもしれないわ」

「……そうだな」


 二人が宿へ入ると、石像から元の体に戻ったアーランとコトリンが出迎える。

 その様子をレギンレイヴは見送ることしかできない。すでに力を使い果たし、魔石に意識を移すこともできなかった。


「二人とも無事か」

「色々ありすぎて説明できる自信はねえが、まあ何とかな。お前は屋敷から追い返されたのか? まさか何かやらかしたんじゃねえだろうな?」

「色々あったんだよ。ちゃんと説明する」

「よかった! 無事だったんですね! 私心配しちゃいましたよ~!」

「あんたこそ平気なの! この指何本に見える!? 一から十まで数えられる!?」

「で、できますよそれくらい……って! 足どうしたんですか! ケガしてるじゃないですか!」


 宿から話し声が聞こえる。この様子なら町や屋敷の人間も、元に戻っているだろうとレギンレイヴは安心した。


「……なあ、なんで王女様までいるんだ」

「色々あったって言っただろ」

「……お、おいタスクまさかお前……か、駆け落ちしたとか言わねえよな?」

「そんなわけないだろ」

「あっ、どこに行きやがる」


 話を切り上げたタスクが、扉を開けて外に出る姿が見えた。

 タスクはフィオナの身体が消滅した場所に立ち、自分の左腕に顔に近づけ、相棒だった戦乙女の名前を呼ぶ。


「レギンレイヴ、ここにいるんだろ? 返事をしてくれ」


 レギンレイヴから何も出来ず、ただタスクの姿を見ながら消えてゆくしかないが、それが間違いとは思わない。

 ランドグリーズを消滅させたことで、自分の目的は果たせた。そう思うレギンレイヴにとって、今の状況は満足できるものだ。

 戦乙女と呼ばれた古代人のなれ果ては消え、タスクたちの前を過ぎ去っていった。

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