第24話
膝と背中の傷が治ったタスクは宿に入り口付近に立ち、中央にいるランドグリーズと対峙している。
『タスク』
「リスプは?」
『ケガはしたが無事だ』
「レギンレイヴ、いるのは分かるよ。ランドグリーズはここだよ」
フィオナレギンレイヴに笑顔を向けるが、その顔は獲物を威嚇する動物のようでもあった。
『状況は?』
「よくないな。ずっと睨み合いだ」
タスクの声は固さがそれを証明している。
「レギンレイヴを私に返せば全部解決するよ」
ランドグリーズはタスクの腕輪を指差す。
『出来るわけがない』
「ならその娘を壊すよ」
ランドグリーズは石像になったコトリンを指差す。
「魔石の素材にできなくなるぞ」
「素材にできないだけだよ。このままでも指を折って、引きちぎるくらいのことはできるよ。首に穴を開けたっていいよ。待つのは飽きたよ。早くしないとこの娘が傷ついちゃうよ」
ランドグリーズが顎を動かすと、柄がカウンターから飛び出てコトリンを狙う。
『籠手だ』
「ああ」
籠手で弾き、柄は床に落ちる。
『下手に動かない方がいい。挑発だ』
ランドグリーズにとって、タスクはレギンレイヴを呼び寄せる餌にすぎない。
コトリンを傷つけなかったのは、人質としての価値がなくなり、タスクが逃げてしまうことを防ぎたかったからだ。
だがレギンレイヴが現れた以上、今のランドグリーズにはタスクからレギンレイヴを引きずり出すことしか頭になかった。
だがタスクは黙ってはいられないし、アーランとコトリンを見捨てる選択肢もない。
この状況は嫌でもフィオナを連想されるからだ。あのとき逃げるしかなかったタスクも、今は光銛を持ち、不死なるタスクと呼ばれるようになった。
(あのときとは違う)
タスクは左手を強く握り、ランドグリーズを狙う。
ランドグリーズが柄を浮かせ、自分の手元に戻している間にレギンレイヴは姿を現す。
「レギンレイヴ……」
ランドグリーズが喜びの感情を露にするが、レギンレイヴの体を貫通した光銛が自分を狙うことを認識して、それはすぐに消える。
「目障りだよ!」
光銛の紐を両手で掴んで投げ飛ばす。
タスクは宿の壁に背中をぶつけ座り込む。レギンレイヴはタスクに寄り添うように立つが、それ以外のことはできない。レギンレイヴの姿を見せることでできた隙を狙う作戦は失敗した。
「私のときとはずいぶん違うね。あのときは見捨てたくせにひどいよ」
ランドグリーズは見下ろしながらそう言い切る。
「……あんたはランドグリーズだ。フィオナの振りはやめろ」
「確かに私はランドグリーズよ。けどこの身体はフィオナなの。タスクは私のこと分かるよね?」
話し方が変わったのは混乱させるためだ。それはタスクも分かっている。
「三年前、私はタスクを守るために自分を囮にしたけどね、もしかしたら奇跡みたいなことが起きて、タスクが何とかしてくれるんじゃないかって思ってたの。そんなことは起きなかったけどね」
『聞くなタスク』
「……ランドグリーズは、死んだ人間から記憶を持ち出せるようだな」
「ちょっと違うかな。ランドグリーズはね、自分の体が欲しかったんだよ。だから定期的にガーディアンに人を襲わせて、死体の中身を作り変えて自分の身体にしてるんだ。私が選ばれたのは四人の中で一番適性があったからだって。私以外の三人はどうでもよかったんだね。でもさ、魔石を使って体を作ればいいって思わない? でもそれはできないの。レギンレイヴと違ってランドグリーズは魔石に意識を移せないんだよ」
「……お前が、やったんだな」
無意識のうちに、タスクはランドグリーズの呼び方をあんたからお前へと変えた。
「レギンレイヴに気づかれないようにやるのは難しいけどね、できなくはないんだよ。三年前だって気づかれちゃったけど、間に合わなかったでしょ。タスクはどうしてあのとき止めてくれなかったの? 一緒に逃げようって言ってくれれば、私はそうしたよ。言葉にできなくたって腕を掴むとかできたよね。それをしなかったのはどうして? 自分だけ助かろうとしたの?」
『ランドグリーズがフィオナの記憶を利用しているだけだ』
「私はタスクと話をしているの。私たちのときは見殺しにしたくせに、今更口を出さないで。そうだよねタスク? レギンレイヴはタスクが死にそうなときにようやく現れたんだよね? 生きた人間の身体を魔石にするのって、すごく苦しいって聞いたよ。私を助けたかったんだね。嬉しいよ。でもね、あのとき一緒に逃げて一緒に死んだら、こんな風に再会しなくて済んだよね? 辛い思いもしなくて済んだよね?」
タスクは床に手を突き上体を起こそうとするが、ランドグリーズの手に持った柄から現れた光剣に、右肩を刺されて呻き声をあげる。
「不死なるタスクの話はミランダから聞いたよ。でも抗魔石には勝てないよね。タスクの体全部が魔石じゃなくたって、痛くて辛いのには変わらないよ」
抜いた直後に傷口は塞がるが、剣が抗魔石のためタスクはすぐに動けない。
「タスクは私に会えて嬉しい? それとも私を殺したい? 私が死んだらランドグリーズの野望を防いだぞって喜ぶ? 聞かせてよ」
タスクはじっと相手を見ているだけで何も話さない。
「戦乙女の舞台のことは、聞いてないのにべらべら話した癖に、肝心なことは黙ってるんだね。レギンレイヴ。このままタスクを殺すよ」
『お前はフィオナではない』
ランドグリーズはフィオナの振りをやめ、問いかけを無視して微笑む。
「そんなの関係ないよ。会えて嬉しいよ。一緒にやり直そうよ」
『かつて人間を戦乙女に作り変えることに反発した者たちがいた。彼らは人間を介さずに戦乙女を作り出すことで、生贄を必要としない社会を目指し、戦乙女の中にも協力するものが現れた。それがお前だ』
「覚えていてくれたよ。感激だよ」
『まだあきらめていなかったのか。私たちの時代は既に終わり、当時の人間は古代人と呼ばれている。いまさら何をする気だ』
「魔石を使って戦乙女を人間に戻すよ。二人ならできるよ。人間としてやり直そうよ。街を作るのもいいよ。国を興すのもいいよ。大陸を引っ掻き回すのもいいよ。辺境で静かに暮らすのもいいよ。人間として生きようよ」
『断る』
「どうしてだよ。悲しいこと言わないでよ」
『今は私たちの時代ではないからだ』
「じゃあ何でそいつに力を貸すんだよ。おかしいよ。」
『タスクを襲ったガーディアンは不自然な動きをしていた。命令を受けていないガーディアンは周辺をさまようことはあっても、一つの方向に移動を続けたりはしない。現代の人々はガーディアンに命令できない以上、古代の魔石について知る者が、何かを企てているということだ。私たちがいた国はもうどこにもない。生き残った戦乙女は、現代の人間に干渉せず生きていくべきだ』
ランドグリーズの顔が段々と曇っていく。
「レギンレイヴだってその男に力を与えたんだよ。おかしなこと言わないでよ」
『お前の言うことは正しい。私はタスクを助ける形で干渉したが、本当ならやりたくはなかった。言動が矛盾していることは認める。あのときの私は、人格のない人魔石を体として使っていたが、もう限界が来ていた。人魔石や戦乙女と戦うことになどできなかった』
「レギンレイヴも人間の体を使えばいいんだよ。そいつの体を乗っ取ったっていいよ」
『それではタスクという人間の人格が死んでしまう。彼は協力者だ。そんなことはできない』
「おかしいよ。そいつに気にかける理由が分からないよ。レギンレイヴだって人間に戻りたいはずだよ」
『私にあるのは戦乙女の記憶だけだ。人間だった頃のことは何一つおぼえていない』
レギンレイヴはタスクを守るように移動した。
『お前はなぜ私に固執する? 戦乙女は私だけではない。大陸中を探せば他の戦乙女に会うこともできるだろう』
「レギンレイヴじゃなきゃダメなんだよ。レギンレイヴを人間に戻したいんだよ」
『実体すら保てない私をか』
「魔石の力を使えばいいよ! 戦うのが辛いって悩んでいたよ! 人間に戻りたいって言ってたよ! あの頃のレギンレイヴは……!」
『今の私はそう思わない』
「何でよ!」
悲鳴のような声を出すランドグリーズの視界にリスプが映るが、奇襲をかけられたことは理解できても、それを防ぐことも避けることもできない。
ランドグリーズの意識はレギンレイヴに向きすぎていた。
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