第23話

 籠の中を調べ始めたリスプの行動が理解できないレギンレイヴは、直接本人に尋ねることにした。


『君は何をしているんだ?』

「この人工房の人で、ここの工房にいたわね」


 話しながらもすぐ側の建物を指差す。


「使えそうな魔石持っていないか調べてるのよ……あった、指輪か……ちゃんと後でお金は払うわよ。それに泥棒とか言ってる場合じゃないでしょ」

『君はたくましいな』

「でしょー。この指輪どっかで見た記憶あるのよねー……どこだったかしら?」


 指輪には盾の紋章が刻まれている。


『その指輪は沈黙の魔石だ。力が発動すれば魔石周辺の話し声や物音は外に聞こえなくなる』

「……それだわ。この指輪、城を抜け出すときにルビーが使った魔石にそっくりなのよ」


 リスプの目が大きく見開かれた。


『あれは遮断の魔石だ。あの魔石は人の姿すら隠してしまうが、この魔石にそこまでの力はない』


 レギンレイヴの言葉は王都でのいざこざを知っていなければ出てこない。リスプはそのことが引っ掛かったが、少なくとも今は追及しないことにした。


「……でもあのときの腕輪を小さくしたような形だし、紋章は同じよ。ここの工房に作らせてたってわけね。わざわざそんなことをするのは……違う違う。今はそんなこと考えてる場合じゃない」


 リスプは喋りながらもカードがどこに落ちるか観察し、規則性がなくランダムに攻撃していることから、ミランダが自分の場所を特定できていないと判断した。


「今度はこっちから仕掛けるわ。あんたはカードがどこから飛んでくるか教えて」


 リスプは指輪の魔石としての力を発動し、周囲に音が漏れない空間を作ると、光射して工房の屋根まで跳び、睨み付けるように周囲を見回す。カードがどこから来るか高い位置から探しているのだ。


『その魔石を使えば音を聞かれず移動できるな』

「そういうこと。このまま一気に距離を詰めるわ」


 カードは近くの民家を沿うように飛び、屋根を越えたところで一度停止してから、細い路地へ向けて落ちていく。

 ミランダがリスプの場所を把握できなくなった証拠だ。

 それを知ってからのリスプの行動は早く、次にカードが見えた瞬間その場所へ一気に跳び、大通りにミランダを見つけると上から奇襲をかける。


「……来ましたね」


 ミランダは冷静に距離をとりながらカードを投げ、リスプに対し平面にして盾にしたが、それをリスプは光射の力で殴り落とした。


「まだまだあ!」


 地面に受け身をとるように着地して勢いそのままに詰め寄るように見せかけ、次のカードを盾にするのを見てから両腕の魔石を同時に光射し、一つはカードにぶつかりもう一つは避けられる。


『右上だ』


 レギンレイヴの声に反応したリスプは、上空から自分を狙っていたカードを打ち落とし、もう一度距離を詰める。

 リスプの狙いはカードで自分を狙いにくくした上で、光射の力を当てられる位置、つまり近距離で当てることだ。彼女の魔石は光射で相手を攻撃する場合、手に触れるほどの距離まで近づく必要がある。


 距離を詰めようとするリスプと、距離をとろうとするミランダの駆け引きは何度も続くが、徐々に二人の距離は狭まっていく。

 リスプは両手から光射の力を使えるが、ミランダはカードを一度に一枚しか出せず、新しくカードを出すには、今あるカードを消滅させなければならない。この差がミランダを追い詰めていく。


「そこ!」


 リスプがミランダに手が届く距離で、右手の拳を突くように突きだし、魔石の力を光射する。

 ミランダはそれを横にかわすが、リスプはその動きを予測しているため、すぐ左手で追撃した。

 その左手をミランダは狙っていて、宿で何度も関節を極めたように両手でリスプの左手を掴もうとする。

 リスプは左手の魔石の光射を小出しにすることで、強引に左手を引っ込めその勢いで上半身を回し、右手をミランダの胸元まで持って行く。


「吹っ飛べえええええ!」


 右手の魔石から力が光射され、吹き飛ばされたミランダの身体は民家の壁に背中をぶつける。ミランダはもたれかかるように、背中を壁に預けたまま地面に座った。


「……やりますね」

「もし魔石があったらね、あんたにどう仕返すかいっつも考えてたわ。本当にやるなんて思わなかったけどね」

「……見事です」

「こんなときに褒められたって嬉しくないわ」


 リスプは立ち上がろうとしないミランダに対し、もう一度右手を突き出す。


「……止めを刺しますか?」

「あんたのコアはどこ?」

「……話したら助けてくださいますか?」

「みんなを元に戻せるならね」

「……それは私にはできません。ですが……」


 ミランダが右手を自分の胸元に触れると、コアが体内から浮き出る。


「……これがコアです」

「……簡単に出すのね」

「……身体が使いものにならないので、隠していても意味はないと判断しました。受け取らないのですか? これを手放せば私の身体は直に消えてなくなります」


 警戒を解いていないリスプはミランダに近づかない。


「あんたが投げなさい。それくらいはできるわね?」

「……ええ」


 ミランダは右手で自身のコアを投げたが、同時に左手でカードを投げた。


「……ッ!」


 私もリスプもコアに意識が向いていたため反応が遅れ、カードがリスプの右太腿を切った。


「ミランダ!」


 リスプは相手の名前を叫ぶが、ミランダはコアを手放したことにより消滅が始まり、何も言わないまま消えていく。


「待ちなさい! そんなの納得いかないわよ!」


 リスプの思いを無視するかのようにミランダは消滅し、カードを生み出す魔石の指輪だけが残った。


「……納得できないわよ」

『おそらく君にケガをさせ、タスクを助けに行けないようにしたのだろう。手当を先にやるべきだ。出血が激しい』

 リスプはすぐに腰のポーチから白い魔石を取り出して傷口に当てると、魔石は淡く光りだし傷口を塞いでいく。

『手慣れている。経験があるのか?』

「私のじいさん、あー、母親の方ね。そっちが若い頃冒険者やってて色々教わったのよ」


 傷口が塞がるのを確認してから包帯で巻く。そのうえで歩みを始めるが、すぐに包帯の場所を手で押さえた。


「痛っ」

『無理はしない方がいい。傷口を塞いだだけで、完治したわけではない。人間の体は魔石ですぐに完治できるほど便利ではない』

「あのフィオナって子、ランドグリーズなんでしょ。ほっとくわけにはいかないわ。私の方はもういいから、さっさとタスクを手伝いに行って」


 ミランダが消滅し、残るはランドグリーズになった。タスクに何らかの形で力になれることを祈りつつ、レギンレイヴはタスクの元へと向かう。


「さてと……」


 リスプは民家の壁に手を当てながら、少しずつでも歩くことにした。傷口は塞がっても痛みや熱が引いたわけではないが、それはここでおとなしくする理由にはならない。

 しばらく歩くと馬車が見えた。馬も人も石になっているが、リスプはそれよりも馬車に飾られたフォートレスの領主の紋章に意識が向いた。


「ルビーのところのやつね」


 工房のすぐ近くであり、路地にはエイダが見え、エイダの向かう先には馬車がある。沈黙の魔石を渡そうとしたところで石になったように見えた。


(もしかして、私に使うつもりだったんじゃ……?)


 リスプには牢に閉じ込められた自分が、王女であるを知る者が屋敷に何人もいるとも、ルビーが喋るとは思えなかった。


(あいつなら事情を知らない執事やメイド相手の対策くらいするでしょうね)


 必要最低限の人間にだけ話し、牢に閉じ込めたことを知られないように沈黙の魔石を使い、そのまま王都へ連れ帰る。

 リスプはあの妹のやりそうなことだと一人納得したが、その魔石に助けられたのも事実だ。


(気が向いたらお姉ちゃんらしいことしてあげるわ)


 リスプは改めて足に力を入れるが、それで歩く速度が上がるわけもなく、彼女は魔石を使うことを考えた。

 光射の魔石は力を発現すると、身に着けた人間が衝撃に耐えられるよう魔力の膜を全身に張る。

 屋根から地面に落下するように着地しても、ケガ一つ負わずに済む理由がそれだが、衝撃を完全に防ぐわけではなく、足に若干の負担がある。


 それは健康であれば問題ないが、ケガをしているとなれば話は別だ。

 普段歩くことに負担を感じない人間でも、ケガをしたり病気にかかれば立つだけでも辛くなる。それと同じようなものだ。


「問題は私の足がもつかだけど、独り言う暇があるなら試した方が早いわね」


 迷うだけ時間の無駄だと足元に魔石を向けて、なるべく低空で長距離を飛べるように力を放つ。

 魔石はリスプの思うように動くが、着地の際受け身をとっても右太腿に激痛が走り、路上へこけるように倒れ仰向けになった。


「あーもう! こんなの人に見せらんないわ!」 


 苛立ちを声に出しても、痛みの原因は無視することはできない。上半身を起こし太腿を見ると包帯が赤く染まり、傷口が開いていることを示していた。


「一歩ずつ歩けってことでしょ。分かったわよ」


 リスプはもどかしさを感じながらも再度傷を塞ぐ。それから立ち上がり、民家の壁を支えに一歩ずつ歩く。

 レギンレイヴがいれば情報を集めることもできるが、タスクの魔石に行ってしまってから連絡がない。

 解決したならそう伝えてくるだろうし、助けが必要ならその要請があるはずだ。そのどちらもないということは、離れられない状況が起きているということだ。


「もどかしいわね……」


 歩き続けているうちにタスクの話が思い浮かんだ。

 ガーディアンに襲われ、生き残ったのはタスクだけだとコトリンは言っていた。それが本当ならどうやってタスクだけは助かったのか?

 その時点で不死身なら、家族を守ることができたはずだ。そうできなかったのなら、当時のタスクはただの人ということになる。


(一人逃げたか助けを呼んだか。どこかに隠れるしかないわね)


 仮に助けを呼んだのだとすれば、タスクが逃げるしかない自分にどんな気持ちを抱いたのか。リスプは今なら少しは理解できるかもしれないと思った

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