第22話

ミランダの右手の新しいカードでリスプの首筋を狙うが、リスプは魔石の力で後方にジャンプし、地面についてからもう一度右手を突き出す。


「……今、私を撃つことはできましたね? それなのに後退するだけで何もしませんでした」

「あんたの身体の中にもガーディアンのコアみたいなのがあるんでしょ。それを壊さなきゃ意味ないじゃない。それにあんた人間みたいに傷ついたりすんの?」

「……傷つきます。私は人間のように作られた魔石ですから、血だって流れます。姫様はその腕輪を人に向けたことはあっても、人を狙ったことはありません。ですが私はできます。姫様を石にすることにも抵抗ありません。ヘックスがルビー様に何をしたのか見ましたね。私も同じことができます」

「段々喋り方がルビーみたいになってきたわね。メイドと雇い主って話し方まで似るものなの?」


 ミランダが一気に駆け寄ると、リスプは先程と同じように距離をとる。


「……ほら、人を傷つけるのが怖いのでしょう? 姫様は優しい方ですものね。でなければルビー様のために怒ることなどありえません」


 リスプは魔石を人に向けて使ったことがない。

 ミランダの発言はそれを見越し、リスプを動揺させるためのものだ。小さい頃から知っていることもあり、リスプはミランダへの攻撃できないでいる。


「私はね、正義の味方をやりたいわけじゃないわ。あんたたちのやり方が気に入らないだけよ」

「……脅すだけで私をどうにかできると思いましたか?」

「あんただって、脅すだけじゃない」

「……これは作戦というものです。姫様が何もしないのなら、あの男は一人でランドグリーズの相手をしなければなりません」

「へえ、作戦ねえ」

「……姫様は何もしなくていいのです」

「そうもいかないのよ!」


 リスプはミランダを見据えたまま、魔石の力で近くの狭い路地まで跳び、民家の壁を使って自分の身を隠す。


『戦えるのか?』


 ミランダから姿を隠したところで、レギンレイヴの声が腕輪から聞こえた。


「あんたはさっさとタスクのとこに行きなさい。あいつが心配じゃないの?」

『君が石にされ魔石を奪われたら、ランドグリーズはそれを使って町中の人間を素材にするだろう。一度砕かれたら人体はもう元に戻らないが、石にされただけならまだ間に合う』


 カードが壁に刺さるのが見える。投げたのはミランダだが、牽制が目的らしく追撃は来ない。


『見た目に騙されてはいけない。ミランダは人間ではないのだ』

「そんなの分かってるわよ」


 今度は上空からカードが落下した。カードは地面に突き刺さると消えるが、その頃にはもう一度カードが落ちる。


『狙いは君だろうな』

「あいつ、本気で狙ってないわね」

『足止めさえできればそれでいいのだろう。君を傷つけるつもりはなく、何もできなくすればそれで済むのだからな』

「人魔石ってやつはそういう感情を持つものなの?」

『私には信じられないが、ヘックスとミランダの言動を見る限り、持っているとしか言えない』

「……やんなるわね」


 リスプは戸惑っていた。

 ルビーを石像にしたヘックスも、自分を攻撃するミランダも、リスプとルビーを巻き込みたくないとでも言いたげな言動をとっているが、今リスプを攻撃しているのもミランダだ。

 リスプに状況を冷静に考える余裕はないが、そんなことは関係なしにカードは容赦なく迫る。


『カードだ。君を狙っている』

「しつこい!」


 右手の魔石で飛んできたカードを撃ち落とすが、すぐに別のカードが飛んでくる。


『魔石の力は使わない方がいい。君の魔石は力を光射する際大きな音が出る。敵に場所を教えるようなものだ』

「みたいね」


 リスプはカードから逃げるよう狭い路地を走る。途中通った民家の窓から、猫背の男性の石像が見え、気を取られた直後に石像にぶつかり尻餅をついた。


「痛っ」


 ぶつかったのはエイダの石像で、外出中に石になったらしく手に籠を抱えている。


「……さっきの工房の人か」

『ランドグリーズにやられたのだろう。宿にあった魔石を使い、周囲の人間を石にしたのだ。あれは古代の魔石ではないが、これくらいのことはできる』

「……これくらいのことは、できるのね……」

『君やタスクは不安になる必要ない。古代の魔石には防御機能がある。君たちが石になることはない』

「……そうじゃないわよ。ここまで逃げてきたけど、家の中ではみんなこうなってるのよね」

『そういうことになるな』

「……そう」


 リスプは大きく深呼吸すると、両手で思いっきり自分の頬を叩いた。


「よし!」


 小気味よい音の後で、溌剌とした声が響く。


「逃げるのはやめにしたわ。ミランダには魔石の力をぶつけてもいいのよね?」

『人魔石は人間に比べ何倍も丈夫だ』

「それ聞いて安心したわ」


 リスプの目が曇り気味なものでなくなり、声にも生き生きとした感情がこもる。そんな彼女が最初にやったのは、エイダの籠の中を覗くことだった。


 フォートレスが知らないうちに無人の街になった。

 そんなことが起こるはずがないと分かっていても、それが現実になったような気分を味わいながら、タスクは宿へと走る。


(エイダやハスケルさんも、石になっているだろうな)


 ランドグリーズという戦乙女のこと、古代の魔石が石像になった人間を素材にしていたこと、そのどちらもタスクは知っていた。

 もし人に話しても簡単には信じないだろうが、不死の理由を付け加えれば説得力は出るだろう。そうすればギルドや領主の協力を得られたかもしれない。

 そう彼自身も考えてはいたが、不死の秘密を知られることで奇異の目で見られ、フィオナの行方を知る際の障害になるかもしれない。そう思うと詳しいことを話す気にはなれなかった。

 今となってはそれが正解だったのか、タスクに考える余裕はない。今の彼はランドグリーズを止めることしか考えられなかった。


「……明かりはなし、か」


 近くまで来たところで宿の様子を外から伺うが、明かりがついていないことを除けばいつもの宿と変わらない。


「レギンレイヴー、待ってーるよー」


 気味が悪いくらい明るい声が宿から聞こえる。

 時間を考えれば今は夕食時だ。賑やかな話し声が宿から聞こえるのはおかしくないが、物音がろくに聞こえてこない今の状況ではひどく不釣り合いだった。

 宿の窓から中の様子を見ると、フィオナの姿をしたランドグリーズが呑気に椅子に座っている。石像になってしまってはいるが、入り口近くにアーランやコトリンも見えた。

 タスクはランドグリーズの死角になる位置の窓に移動し、そこから狙いを定め光銛を放つ。


「ダメだよ」


 ランドグリーズはあらかじめ知っていたかのように後ろを向き、光銛の紐を掴むとタスクを屋内に引きずり込み、そのまま紐を引っ張ることでタスクを宿の壁にぶつけた。


「お前の中にいないことは知ってるよ。レギンレイヴがどこにいるのか言いなよ」

「嫌だね」

「この子がケガするよ」


 ランドグリーズはコトリンの肩にわざとらしく手をかけた。


「レギンレイヴが来るまで待ってあげるよ」

「……あんたは、本当にフィオナじゃないんだな」

「そうだよ」


 起き上がり反撃しようとしたタスクだったが、コトリンを人質にされたような今の状況では、不用意に攻撃するわけにはいかない。それでもコトリンをランドグリーズから離そうと周囲を見回す。


「ダメだよ。レギンレイヴが来るまで動いちゃだめだよ」

「……俺を殺せば、レギンレイヴはあんたの前に現れるかもな」

「お前が死んだらレギンレイヴはお姫様に手を貸すかもしれないよ。それは困るよ」

「ならその子を傷つけるのもやめるべきだな。レギンレイヴはその子が俺の友人であることを知っている」

「そうだよ。レギンレイヴは人間に協力しているんだよ。面倒なことしてるよ」


 ランドグリーズはコトリンから手を離し、少しだけ距離をとった。


「レギンレイヴが来るまでこの子は無事だよ」


 タスクはコトリンの側に移動しようとしたが、その瞬間ランドグリーズが柄を投げ、タスクの膝にぶつかる瞬間、光る刃が柄から現れ右膝に刺さる。

 痛みと同時に体の力が抜ける感覚があり、柄が抗魔石であるとタスクは理解した。


「動いていいとは言ってないよ」


 ランドグリーズは見下しながら、さらにコトリンの距離を開ける。


「これでもお前も安心できるよ。その子の側に行きなよ」


 タスクは膝に刺さった光剣を抜いて床に投げ捨て、右足を引きずりながらコトリンの側まで移動した。

 ランドグリーズを信じたわけではないが、コトリンやアーランを放ってはいけなかったからだが、背中から胸にかけて痛みを感じ、前のめりに倒れそうになる。痛みの原因は光剣が背中に突き刺さったからで、ランドグリーズはにんまりしていた。


(自由に操れるわけか……)


 タスクは背中から剣を抜くと、カウンターの奥へと投げる。ランドグリーズに柄を操り、光剣をコントロールする能力があると分かったので、自分から離れた場所に置いておきたかったからだ。

 アーランとコトリンを守るように二人の間に立ち、タスクは籠手を構える。ランドグリーズが自分を弄んでいるのだとしても、それで構わなかった。

 ランドグリーズに勝てるビジョンが浮かばないが、仮に倒せなくても自分に意識が向いている間はアーランとコトリンを守れる。

 少なくとも今はそれで十分だった。

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