第21話

 レギンレイヴの意識がタスクの魔石へ戻ったとき、彼らは屋敷を出て宿へ向かう大通りへ出ていた。


『聞こえるか』

「レギンレイヴ?」

「丁度よかったわ、あんたに聞きたいことがあったの。ミランダを知ってるわね?」


 タスクとリスプは背中合わせに周囲を見回していた。リスプは獲物を狙う狩人ように鋭く目を光らせているが、タスクは右手で左肩を押さえている。


『何があった』

「ミランダにやられた。あいつも人魔石だった』

「あんたの方も何かあったみたいね」

『フィオナがランドグリーズだ。アーランとコトリンも石像になってしまった』

「……そうか」

「覚悟はしても、やってらんないわね」

『驚かないのか』

「ここに来るまで見かけた人間みんな石になってたわ。あいつの仕業なわけね」

「リスプ!」

「任せなさい!」


 リスプが腕にはめた魔石で光射の力を使うと、何かにぶつかる音がして、その原因が地面に落ちた。

 それは魔石で生み出したカードで、リスプが城から脱走する際、ルビーが使っていたものだった。


「今のはミランダの攻撃だ」

「あいつ、ルビーの魔石を持ち出したみたいよ」

『そのミランダはどこに?』

「それが分かれば苦労はしないわ。どっかで隙でも狙ってんでしょ。あーあ、前から性格悪いやつだと思ってたけど、こんなにタチ悪いとは思わなかったわ。タスクはもう動ける?」

「痛みは引いてきた。全快とはいかないけど、無理はできる」

『何か考えがあるのか?』

「そんなのないわよ。でもやりたいことはあるわ。タスクは宿に行って。ランドグリーズってのはあんたに用があるんでしょ。私はあんたを追いかける。こっちから動くことで相手がどう反応するか見たいのよ。ランドグリーズが宿にいるならそれでよし、ミランダが邪魔するなら迎え撃つ。作戦なんて言えたものじゃないけどね。レギンレイヴ、石になった人間は元に戻せるのかしら?」

『ランドグリーズが力を失えば可能だ』

「それじゃ、石にするのは理由があるの? 何の理由もなく人を石にするなんて思えないわ」

『石にするのは素材として使うためだ。古代人は石像になった人間を砕き、それを加工して魔石を作っていた。現代の魔石は魔力を石に込めただけの模造品でしかない。古代の魔石に比べ弱い魔石しか作れない理由はそこにある』

「……戦乙女と同じね。まるで生贄じゃない」

『あの時代はそれが当然だった。素材に選ばれたことを光栄に思う人間ばかりで、疑問に思う者はいなかった。このことは私の記憶にもはっきりとある。それくらい常識的なことだったのだろう』

「ランドグリーズは石になった人間を破壊するつもりなのか?」

『力を手に入れるために実行するだろうが、すぐには無理だ。あれはただの石ではないのだ。簡単に壊すことは出来ない』

「時間をかければ出来るってわけね」

『そうだ。だが古代の魔石、つまり君たちが今身につけているものなら簡単にできるだろう。二人の魔石はどちらも古代に作られたものだ』

 

 二人は同時に自分の手を見た。

 タスクの左腕にある光銛の魔石。

 リスプの両腕にある光射の魔石。

 どちらも石像になった人間から加工して作られたものだ。現代の人間がそれをどう思うのか、レギンレイヴには想像することも出来ない。


「……だそうよ、タスク」

「俺がこうしていられるのは魔石のおかげだ。今ここで起きていることを止めるためにも、この力を使いたいと思う」

「後で悩むかもしんないけど、私も同じようなもんよ。先に行って」

 軽く笑ってみせようとしたリスプだったが、その表情は硬い。

「けどな……」

「私を心配するよりやることはあるでしょ。不死なるタスクからすれば頼りないだろうけど、あんたにはもっと優先することがあるじゃない」

「……そうだな」


 タスクが宿へ向け走り出し、ミランダの動きを探るため周囲を警戒しつつ、リスプは距離を空けてタスクを追いかける。

 ランドグリーズの仕業で、街灯すら石像になったため辺りは暗く、人気のない街の夜道を行く二人を満月だけが照らす中、リスプの作戦はすぐに効果が出た。

 ミランダは物陰からタスクへ向けて何度もカードを投げたが、リスプに迎撃され効果がないことを知ると、その姿を二人の前に見せる。


「タスク! とっととフィオナを止めなさいよ!」

「ああ、気をつけろよ!」


 リスプの先に行けという言葉を受け、ミランダの姿に足を止めたタスクはもう一度走り出す。


「……姫様はここで止まっていただきます」


 機械的に話すミランダの目は何の感情も見せず、淡々とリスプへ向いている。


「ふ~ん。私だけ止めればいいわけ? だから姿を見せたの? でもいいのかしら? タスクはもう行っちゃったわよ」

「……あの者は脅威にはなりません」

「抗魔石でおとなしくできるいいから?」

「……レギンレイヴと話をしたのですね。姫様を巻き込むとは……」

「よくそんなこと言えるわね。それに私は自分から首突っ込んだのよ」

「……ルビー様を石にしたのはおとなしくしていただくため、我々の目的はレギンレイヴを取り戻すことです」

「けどそれには古代人の魔石が必要なわけでしょ。人を生贄にしなければ作れない魔石がね」

「……あの男の魔石を使えば済む話です。あの男ではランドグリーズには勝てません」

「でも好きにはさせないくらいはできるでしょうね。」

「……クリスプ様もルビー様も一時的に石にするだけで、目的を果たせば元に戻すつもりでした」

「今言われても信じられないわね。大体私やルビーを石にしてどうする気? 誰かを魔石の素材にするつもりでしょ」


 リスプは右手を突き出しミランダへ向けた。


「この町はね、元々建国王の右腕だった人物に与えられたのよ。でもその人の死んだ後、何代も後継者争いで揉めたせいで領土は減り街は貧しくなった。そんな状態なのに二十年前、遺跡から魔石を発見した冒険者は領主に買い取るよう持ちかけたの。断るならどこかへ売りさばくって付け加えてね」

「……脅したのでしょう」

「古代の魔石を野放しに出来なかった領主は、泣く泣く冒険者に大金を支払ったわ。おかげで町は貧乏一直線。だから先代の領主は娘を今の王様と結婚させ、買い取った魔石も献上して国からの援助を受けることにしたの。それで生まれたのがルビーで、その魔石があんたが今持ってるものよ」

「……この町の歴史は私も承知しています」

「町の人間を石にして魔石の素材にする。そんなこと本当に起きたらルビーは悲しむわよ。自分の存在が利用されたってことになるからね。地元の人間だって嘘ついてルビーの付き人になったわけね。王女の付き人なら城で管理されてる魔石にだって手を出せそうだものねー?」


 ミランダは何も言わない。


「……ああ、そっか。私を連れ戻しに来たって割に、人が少ないのが不思議だったけど、少人数の方が人目につかなくて済むって思ったのね。いつから人を石にできるようになったかは知らないけど、少なくとも屋敷に着いて、私が牢に入れられるまでフィオナは不思議な子でしかなかったわ。水晶から出たばかりのフィオナの存在をなるべく知られたくなかったのね。で、何かしらの理由でヘックスもあんたも正体を隠す必要がなくなったから屋敷の人間を石にしたと。フィオナの仲間ならそれ位やるわよね?」

「……王女が城から脱走したなど、公表できるわけがないでしょう」

「とぼけてんじゃないわよ。あんたは私なら遺跡の門を開けられるって知ってたんじゃないの? だから私がフィオナを連れてくるのを宿で待ってたんでしょ。それとも私を捕まえた後に開かせるつもりだった?」

「……貴方は類い希な魔石への適正と、優れた見識の持ち主です。王家に生まれなければ冒険者として名を馳せたことでしょう」

「そりゃどーも」

「……ですが、貴方にも足りないものがあります」


 ミランダはカードを一枚投げた後、時間差でもう一枚投げた。リスプはどちらも光射の力で撃ち落とすが、その間に一気に距離を詰められる。


「……私への殺意です」

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