第20話

 階段を上り屋敷の廊下へ出て見回ると、メイドや執事が石像になっているのを見かけた。それらに驚きつつも二人は歩みを止めず、レギンレイヴも付き添っている。


「この調子じゃ、屋敷の人間全員石像にしてそうね」


 軽い口調で話すリスプだが、両腕は力強く握られている。

 二人は屋敷の探索を続けたが、予想通り石像になっていない人間はいなかった。


「屋敷から出たとしたら……」

「行き先は街だと思うわ。わざわざ屋敷の人間全員石像にしたのは、何か理由があるとしか思えないもの」

「賛成だ。レギンレイヴ、アーランの家に青いペンダントの魔石があったはずだ。それを使って町の様子を探ってくれないか?」

『魔石があれば意識をそこへ飛ばせるが、タスクの側にいなければこの姿を保てない。危機を伝えることもできないが構わないか?』

「あの二人が無事かどうかを知るのも重要だからな」

『分かった』


 レギンレイヴの体は光り、光が消えると同時に姿を消した。


「ああいうの見ちゃうと、戦乙女を信じるしかないって思わされるわね。でタスク、私に何か言うことあるわよね」

「隠し事をして悪かった。ルビー様も助けられなくて……」

「それはいいのよ。ヘックスとミランダのことを気づけなかったルビーにも責任はあるわ。私が言いたいことはそっちじゃなくて……」


 リスプが顔をしかめるため、端正な彼女の顔がわずかに歪んだ。


「手、当たってるんだけど……」


 タスクはその言葉で自分に肩を貸すリスプの胸に、自分の左手が当たっていることに気づいた。


「……悪い」

「どけてくれたらそれでいいわ。手の感覚がないなんて言わないわよね?」


 タスクは左手で握りこぶしを作り、それから開く動作を数回繰り返しすことで、手の感触があることを実感した。


「緊張かなんかで、気づかなかっただけみたいだ」

「不死なるタスクも緊張なんてするのね」

「俺だって元は人間だぞ」


 二人はレギンレイヴがいなくなった後も街を目指して歩き続けたが、その途中でリスプが口を開いた。


「ところでさ、今起きてることが片付いたら、何かやりたいことってあるの? 私ね、魔石の研究とか発掘とか、そういうことできる組織を作ってみたいの。今のままじゃただの家出だからね。もしそうなったら……」

「俺にも参加してくれって?」

「ドラゴンと戦う経験をした人は他にいないでしょ。給金だってはずむわ」

「……それもありだな」

「でしょ!」

 

 リスプは両手で自分の頬を叩く。


「ますますあいつらの好きにさせるわけにはいかなくなったわ」


 その声は弾んでいた。



 レギンレイヴの意識が青いペンダントに移ったとき、最初に見えたのは宿の入り口を開け、アーランの元へ駆け寄るコトリンだった。彼女は一度家に戻って何かを持ってきたようだ。


「これだよこれ!」

「あー、それか。タスクの妹が持ってたやつだったな」


 アーランはペンダントを見ても驚くことはなかった。それはタスクが三年前に、妹から渡された遺品だと知っていたからだ。

 当時のタスクは、ペンダントを自分が持つことも手放すことも出来ず、もらって欲しいとアーランに頼みコトリンへ渡った。

 それをコトリンが家から持ち出しただけなのだから、アーランが驚くことはないのは当然のことだが、コトリンは納得がいかない。


「もー、ほら思い出さない? これを持ってた人のことを」

「フィオナだろ。そんなもん急に持ち出してどーした?」

「そう、そのフィオナさん。その人にそっくりな子がタスクさんたちと一緒に屋敷に行ったの」

「……そんなのいたか?」

「……タスクさんとクリスプ様以外にもう一人いたよね?」

「……いたよーな、いなかったよーな」

「もー、このペンダント見ればフィオナさんのことを思い出すと思ったのにー」

「思い出してどーすんだよ」

「タスクさんと一緒にいた子と似てるかどうか確かめられると思ったの。私は何回か会っただけだから、記憶が曖昧でさー」

「俺も似たようなもんだぞ。似てるかは分からないが、タスクが連れてくくらいなら似てんじゃねえの。あいつ、妹のことは大切にしたいって思っていたみたいだからな」

「そうなんだ」

「お前はフィオナの母親のことは知ってるか? シミュラさんって人だ。元々夫婦で冒険者や商隊の護衛をやってた人なんだが、盗賊から商人を守ろうとして旦那さんが命を落としてしまった」

「タスクさんのお父さんも夫婦で行商人やってたけど、風土病で奥さんが亡くなったんだよね」

「そんな二人がどんな経緯で一緒になったかは分からねえ。家族を亡くした者同士お互いの気持ちが通じたのかもしれねえし、生活のため一緒になることを選んだだけってのも考えられるわな。ただ二人とも片親で子供を育てられるほど裕福じゃなかったらしい。それに行商人と冒険者が、知識と経験を出して支え合うってのは珍しい話じゃねえ」

「元々知り合いだったんじゃないの?」

「タスクはフィオナに初めて会ったのは再婚の半年前で、両親は昔から付き合いのある人じゃなかったって言ってたな」


 シミュラのことは三年前ガーディアンに襲われても怯まず、夫や子供を守るために戦おうとしたことはレギンレイヴも知っている。

 当時のガーディアンはもう誰の制御下にもなく、自身の定めた領域に入った人物を襲うだけの存在のはずだった。だがタスクの家族を襲った個体は別で、まるで明確な目的を持っているように動いていた。

 異変が起きたことを知っても、当時レギンレイヴが体として使っていた人魔石はすでに朽ち果て、歩くのがやっとの状態だった。

 それでも襲われた場所の近くまで行くことはでき、そこでタスクと出会い取引を持ちかけ、身体を人魔石に作り代えるとタスクは最初に妹の捜索を始めた。

 

 生きていてほしいが、奇跡でも起きない限り難しいことは分かっている。だから死んでいるならその証拠を見つけたい。

 身体の自由を取り戻したタスクはそう言っていた。彼は妹が死んだことが証明できる遺品を探していたが、同時にランドグリーズとその配下として動く人魔石であるダートの存在を知った。

 

 当時ダートという人魔石は、遺跡の扉を開けるために古代の魔石を探していた。エイダに接触したのも、魔石を探す道具として使うためだ。

 タスクはダートを止めるためその足取りを追ったが、追いつけたのはエイダの家族が殺された後だった。


「そんな環境だったからなあ、親の再婚で妹が出来て色々思うことがあったんだろ。なのに両親は亡くなり、妹は行方不明。それで妹そっくりの人間を見たら、そりゃほっとけないわな」

「でもフィオナさんって……」

「両親と違って遺体が見つかってなくてな。生きてる可能性はないだろうが、あいつは心のどっかでフィオナが生きてるかもしれないって今でも思ってんだ」


 扉が開く音が響き、来客の訪れを知らせる。


「俺がこの話したってあいつに言うんじゃねえぞ。あいつにとっちゃまだ処理できてないんだからな」

「分かってるよ。いらっしゃーい」


 アーランと軽く会話を済ませたコトリンは、ペンダントをカウンターに置いて客の元へ向かう。

 来客として現れたのはフィオナだが、その姿は大きく変わっていた。黒く身体に密着したボディスーツの上に、銀色の胸当てと腰当てをつけた姿へと変わり、腰のベルトには剣の柄が括られている。


「こーんばーんはー、だよ」


 フィオナは手を振りながら外見に不釣り合いなほど明るい声を出した。


「フィオナさんだよね? 一人でどうしたの?」


 アーランが当惑した声を上げるが、コトリンはそのままフィオナの元へと向かう。

 来客者に対し声をかけようとしたコトリンが、言葉を発しようとする前にフィオナはコトリンの口を塞ぐように掴む。


「……ッ!」

「見てるよ。レギンレイヴ」


 声にならないかすかな悲鳴を上げるコトリンを気にもとめず、タスクやフィオナといたときとは、別人としか思えない低い声だった。


「妹に何しやがる!」


 アーランが駆け寄ろうとすると同時に、コトリンの身体は口から身体全体が石へと変わっていき、その身体は石像となった。


「なっ……!」


 危険を感じたアーランはとっさに距離をとるが、フィオナに驚く様子はなく、少しずつアーランへ近づいていく。


「テメー! コトリンに何しやがった!」

「石にしただけだよ。君もそうなるよ」


 フィオナがカウンターへ届くところまで来たので、アーランは宿の端を時計回りに走り、扉の近くまで移動する。

 外に出て助けを呼ぼうとしたが扉を開けることが出来ない。鍵がかかっているわけでもないのにびくともしなかった。


「クソッ! 何で開かねーんだ!」

「君のことは知っているよ」

「……そうかよ!」


 扉は石像のように固まり、出入りできないようになっている。フィオナの仕業だ。


「アーラン、君はタスクの友達だよ」

「ヘッ! どうだかな!」

「睨んだって意味ないよ。君は元冒険者、でもケガで引退。暴れると古傷が痛んじゃうよ」


 フィオナがカウンターに置かれたペンダントを手に取ると、青いペンダントが石のような灰色に変わり、アーランの身体も足から全身にかけて石像へと変わっていく。


「クソッ……!」


 アーランは身体を動かそうとするが、腰から上しか動かすことは出来ない。


「何が起きたか分からないよね。質の悪い魔石でもこんなことは簡単だよ。一瞬で石にできるよ。少しずつ石にすることもできるよ。どっちがいいか教えてよ」


 フィオナはアーランの前に立ち、見下した顔で笑う。


「……お前、何なんだ」


 身体が石像になりつつあり、逃げられないことを悟ったためか、アーランの声色は落ち着きを取り始めていた。


「フィオナだよ」

「な訳あるか。あの子は三年前に死んでんだよ。もし生きていたとしてもなあ、あの頃と同じ姿をしているはずがねえ」

「ひどいよ。君の焼き菓子好きだったんだよ」

「お前が何かは知らねえが、少なくともお前がフィオナじゃねえ。本物のフィオナならその魔石で人を石にするわけがねえんだよ」

「……こんな魔石が大事なものだとは思わなかったよ。どんな思い出があるのか教えてほしいよ」

「さあな、自分で考えろよ」

「石になるのは怖いことだよ」

「脅しのつもりか? コトリンを元に戻すってんなら考えてもいいぜ。できねえならせーぜー悩むんだな」


 アーランはフィオナに笑って見せ、それを保ったまま石像になる。


「不愉快な人だよ」


 吐き捨てるように呟くと、フィオナの手にある石は砕け散った。


「ランドグリーズはここにいるよ。姿を見せてよ。レギンレイヴも見ているだけなのは歯がゆいと思うよ」


 タスクが側にいなければ実体になれないレギンレイヴは、タスクのところへ戻るしかなかった。

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