第19話
「さすが姫様、物分かりがいい。俺は姫様がやればできる子だって信じてましたよ。髪の色や母親が商人の娘だからってバカにする連中もいますが、そいつらは自分の方がバカだって分かってねえんです」
リスプはタスクが牢へ向けた投げた魔石を右腕にはめ、その手をヘックスに向けている。
「……でもね、ルビーを石にしたことには何の関係ないわ。屋敷から人の気配がなくなったって言ってたけど、あんたの仲間がルビーみたいに石にしたわけ? あんたはルビーの付き人をずっとやってたわよね。そんなあんたに、私が今どんな気持ちか説明する必要ある?」
ヘックスは落胆した顔を見せつつ、大きく両手を振る。
「やめましょうよ。俺はルビー様を石にしましたがね、何もこのままにしとくつもりはねえんですよ。騒ぎにならないようおとなしくしてもらってるだけで、レギンレイヴを引きずり出せば俺の役目は終わりです。それさえ済めばすぐに元に戻しますって」
「じゃあ今すぐやりなさい」
「そりゃあ無理ってもんです。俺にそんな能力はありません」
「この男はランドグリーズの命令で動いている。ランドグリーズの許可がなければ何もできない人形なんだよ」
「お前を殺すくらいはできるけどな!」
「頭を下げろ!」
タスクはリスプの顔を見て目が合った瞬間、叫ぶと同時に光銛を放つ。リスプがしゃがんだ直後、牢の間を通り壁へと突き刺さる。
「バカが!」
タスクの耳にヘックスの罵倒が入るが、気にすることなく意識を光銛に集中し、自分の体を壁に刺さった光銛に引っ張らせた。
「てめえ!」
引っ張られるながらも、タスクはへックスに体当たりするようにぶつかり、右手でヘックスの胴体を掴む。
そのまままヘックスごと牢の柵へぶつかるが、柵と身体の間にヘックスがいることで、ぶつかった衝撃を抑えられたタスクは、壁から戻った光銛でヘックスの横腹を刺す。
「クソ……」
「あんたも痛いのは同じだろ。抗魔石は俺にもあるからな」
銛を引き抜くとうめき声を上げながらヘックスは倒れ、うつ伏せの体が光りだす。それが収まると人の姿は消滅し、人の拳ほどの石が残ったが、すぐに砕けて細かな破片が広がった。
「何よ、これ……」
地下室にはリスプの戸惑いの声だけが響く。
痛みでうずくまるタスク、石像になったルビー、ドラゴンのように姿を消したヘックス、リスプには理解できないことだらけだ。
しかし彼女は戸惑うだけで終わらず、今起きていることを知る必要があると考え、光射で牢の鍵を壊して牢から出た。
「平気なの?」
タスクは殴られた腹を押さえ、壁に背中をつけて床に座っている。呼吸も荒く、不死なるタスクとは思えない姿だった。
「平気、じゃないな」
「何が起きてるか、聞いてもいいわよね? 妹が石像になってんのよ。関係ないもなしね」
「分かってるよ……原因はランドグリーズだ。奴がやったんだ。狙いはきっと、俺だろう」
「何よ、そのランドグリーズって」
「魔石を生み出した古代人のなれの果てだ。連中は俺を不死なるタスクにしたレギンレイヴを俺から引きずり出したいんだ。意味……分かんないよな」
タスクは笑うが、痛みを我慢して無理に作ったものなのはリスプにもすぐに分かった。
「辛いなら、無理に笑わなくていいわ。あんたの話を馬鹿にするつもりもない。だからちゃんと話して」
「……昔、俺はガーディアンに襲われて死ぬところだった。もうこのまま死ぬかもしれないってときに、レギンレイヴの声が聞こえた。レギンレイヴ、リスプにも姿を見せてくれ」
『そうしよう。こうなっては隠しておく理由もない』
リスプの聞いたことのない声が地下に響く。
「え? 何よ、この声……」
「レギンレイヴだ」
タスクの体から光球が現れる。それは人の頭と同じくらいの大きさだったが、徐々に人の姿へと変わっていき、銀色の髪と瞳をした女性の姿に変わっていく。
柔らかなセミロングの髪と、スリットの入った薄手のローブに、金属製と思われる胸当てと羽飾りをつけたその姿は、物語の中にしか存在しないはずの戦乙女そのものだった。
「あんたが……レギンレイヴ?」
『初めまして、リスプ』
低くも高くもなく、柔らかさの中に冷たさが籠る声がリスプの名前を呼ぶ。
「レギンレイヴは魔石の力を完全に引き出せる戦乙女だよ。名前くらい聞いたことあるだろ? 実在したんだ」
「そりゃ、聞いたことはあるけど……」
「俺が不死身なのも魔石を通して戦乙女が力をくれたからだ。魔石は別の次元、別の世界から力を引き出しているから、人間じゃ使いこなすのに限界があるらしい」
「ジゲン? 別の世界? 何のことを言ってるのよ」
「俺にもよく分からない。ただ古代人は魔石の力を完全に引き出すために、戦乙女が必要だったって話しだ」
『私から話そう。戦乙女は元々人間だ。定期的に選ばれ、生け贄のように捧げられた人間が戦乙女になる。私もその一人だ。長い間私たちはそうやって魔石の力を引き出してきた。しかしそれに反発するものが現れた。それがランドグリーズだ。彼女は戦乙女を元の人間に戻すことを目的としていた。遙か昔、それが何百年前なのか、それとも何千年前なのか、それは私にも分からないことだ』
「……正確に理解できる自信ないわね」
「俺も自分が不死身にならなきゃそうだったよ」
『ランドグリーズは戦乙女の中でも、私を元の人間に戻すことを目的としている。しかしそれはもうただの妄執でしかない。戦乙女の時代はすでに終わり、多くの年月が流れた。私ももうレギンレイヴになる以前の記憶は失っている』
「戦乙女って実在したのね」
「そういうことになるな。ただレギンレイヴに人間だった頃の記憶はもうないんだ」
「じゃあ人間に戻っても意味ないんじゃ?」
「だから妄執って言葉を使ったんだよ」
「ランドグリーズって身勝手なのね」
「だからこそ、俺はあいつらを止めなきゃいけない」
タスクは立ち上がろうとするが、すぐにまたよろける。
「今のあんたじゃ無理ね。抗魔石ってやつのせいなの?」
『今の彼は人の姿をした魔石のようなものだ。こうなってもおかしくはない』
「レギンレイヴ、だっけ? あんたの方が詳しいみたいね」
『先程のヘックスという人魔石の話の通り、タスクは正確には人間ではない』
「ジン……魔石? また変な言葉が出てきたわね」
「人の姿をした魔石のことだよ。武器や道具を作るように、魔石に込められた魔力で人の姿を作り出したらしい。あのヘックスというやつも石になって砕けただろ? あれはガーディアンのコアみたいなもんだ。俺は死にかけていたところを助けられて、協力することを条件に、身体の大半を魔石へ作り変えてもらった。髪と目の色が違うのはその副作用だよ。人魔石は人と同じ見た目で食事もするけど、他の人間とは違う点が一つある」
タスクが自分の目を差しながら説明し、それにレギンレイヴも参加する
『抗魔石をもった者に攻撃されれば、人魔石の機能はマヒする。タスクがヘックスという人魔石のように砕けなかったのは、体が人体と魔石の混ぜ物だからだが、それでも一定の効果はある』
「それでタスクはああなったわけね。前に魔石を人からもらったって言ってたけど、それがレギンレイヴなのは分かったわ。で、レギンレイヴはタスクに何をさせたいのよ?」
『ランドグリーズの破壊だ』
「ヘックスみたいに?」
『あれは人魔石だ。ランドグリーズではない。君は先程の人魔石と親しかったようだ。ミランダという名前の人物を知っているか?』
「まさかあいつも人魔石だって言うんじゃないでしょうね」
『その可能性が高い』
「……タスクは知ってたの?」
『可能性があるとは伝えてある。君が石像になる前に牢から出すことが優先だと判断したからだ。君は光射の魔石の力を十分に引き出せる。だからこそ遺跡の門も開けることが出来た。あれは一定以上の力を持つ魔石と、それに適正のある人間がいないと開かないようになっている」
「評価してくれて嬉しいわ。でも門が開いたならもう用済みじゃない」
『ランドグリーズと戦うために、君の力が必要になるかもしれない』
「私が協力するのが前提なわけね」
『君がこの状況を黙って見ていると思えない』
「何でそんなことが言えんのよ」
『私にとってすべての魔石は目であり耳である。君は自分が不条理だと感じたことに受け入れる女性ではない。だからこそ城を抜け出し、妹が石像になるという現実を見ても怯えることなく魔石を腕にはめた』
「……じゃあ、私が城を抜け出すのを見てたってわけね」
『君のような人間が野垂れ死ぬようなことは避けたかった。場合によってはタスクを向かわせることも考えた』
「……あんたに対しては引っかかるとこがあるけど、タスクは私のことを知ってたの?」
「俺は優れた素質のある人間で、門を開けるのに必要だとしか聞いてなかったよ」
『王女であることを伝える必要は感じなかった』
「ま、それもそうね。あんたはランドグリーズを見つけられないの?」
『私にランドグリーズを探索する能力はない。元々使えないのか、忘れて使えなくなったかさえもう分からない』
「当てに出来ないわけね。タスク、身体はどう?」
タスクは壁に手を当て、二本足で立ち上がろうとするがよろけたため、リスプが肩を貸す。
「無理なら無理って言って」
「少しは楽になったし、いつまでも休んでいられない。屋敷で何が起きてるか把握したいしな」
「ならこのまま行くわよ。レギンレイヴも肩貸しなさい」
「それができないんだよ」
タスクがランドグリーズに空いている右手を突き出すと、まるでそこに存在しないようにランドグリーズの体を貫通する。
『私の体は実体を保てなくなっている』
「だからタスクに協力を頼んだってわけね。あんたに魔石はないの?」
『タスクが使う籠手は元々私のものだ。それ以外は持っていない』
「んじゃ私やタスクの死角を見張って」
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