第18話

 フィオナが案内された部屋は客室で、アーランの宿より部屋は広く、テーブルやベッドも良質なものが置かれている。

 ミランダはフィオナの手を握ったまま部屋に入り、ベッドの上に座らせて自分は膝をついた。 


「……私のことが分かりますか?」

「分かんない」

「……中途半端な状態で目覚めたようですね」


 ミランダが自分の上着の中に手を入れ、中に隠していた腕輪を取り出す。


「キレイ」

「……はい、とても美しく、力のある魔石です」

「ほしい」

「……ええ、これは貴方のものです」


 ミランダはフィオナに腕輪をはめた。


 タスクもフィオナとは別の客室に案内されたが、使ったことのない高級な家具に囲まれた部屋が落ち着かず、椅子に座って周囲を見回している。


「失礼しますね」


 ノックの後にドアが開くとルビーが現れる。


「この部屋が珍しいものでもありましたか?」

「……こういうところには馴染みがなくて」

「そうでしたか。合わないようでしたら別の部屋を用意しますよ」

「いえ、せっかくなんで今日はこの部屋を堪能します」

「それはよかった。城と比べれば見劣りはしますが、この部屋も素敵ですよ」

 

 ルビーは椅子に座り、タスクに目線を合わせた。


「早速ですが、あのフィオナという少女は何者でしょう? 遺跡に向かうときは二人だと宿の者から聞いていますが、それを踏まえれば冒険者とは思えませんね」

「ルビー様はあの子のことをどう思いますか?」

「まだこうと言い切ることはできませんが、姉は私が姿を見せるとあの子を私から隠そうとしていましたね。門を開けたことを自慢げに話していたので、遺跡に向かったときに何かがあって、あの子を連れているのだろうとは考えていますよ」


 タスクはルビーが椅子に座るのを待ち、それから話を始めた。


「そこまで推測できているなら、見たまんまを話します。あの子は遺跡にいました。遺跡の門が開くと洞穴があって、そこで水晶の中に眠るようにいたんです」

「……不思議な話ですね。門の中の水晶ですか。あの子はそこに?」

「人が入れるくらい大きなものでした」

「あの門はどうやっても開かないとずっと言われ続けていた場所ですね。どうやって開けることができたのですか?」

「門の前に立ったら勝手に開きました。リスプは古代の魔石が鍵になると言っていたので、リスプの魔石で開いたんだと思います」

「……おかしな話ですね」


 ルビーは口に手を当てて、考え込むような仕草をとった。


「古代の魔石が鍵になるという話は聞いたことがあるので、貴方の発言が間違っているというわけではありませんよ。ここの領主も昔古代の魔石を試したことがありますもの。ですが門は少しも動かなかったので、あれは間違いだったと当時の記録では結論が出ていますね」

「ならドラゴンですかね? 信じられないかもしれませんが、門の前の広場にいたらドラゴンが降りてきたんです」

「……ドラゴンとは、おとぎ話のドラゴンでしょうか?」

「はい。緑色で爬虫類のような皮膚をして、翼を持ち空を飛んで火を吐きました」

「……すぐには信じられませんね」

「俺自身、まるで夢でも見ているみたいでしたから、信じられないのは当然だと思います」

「門の周りも調べさせましたが、大きな生物の死体らしきものは見つかりませんでしたよ」

「コアがありました。ドラゴンの姿をしたガーディアンだったんです」

「石の巨人意外にもガーディアンが存在したのですね」


 ルビーは頭の中を整理するためか、もう一度口に手を当て喋らなくなる。


「……ところであの、リスプはどうしていますか?」

「反省させています。いい薬ですよ」


 沈黙が落ち着かなかったので、リスプを話題に出すと返事はすぐだった。


「姉とはどこで知り合ったのですか?」

「遺跡の近くで巨人のガーディアンが現れたときに、そのガーディアンは私が倒すと言ってきました」

「……まったく、あの姉らしい。時々、本当に自分たちが姉妹なのかと疑問に思うときがありますね」


 ルビーは大きく息を吐き、それからまた喋り出した。


「これは興味本位の質問ですので、答えたくないのであればそれで構いません。貴方は姉とともに遺跡に向かったわけですよね? 姉と組むことにした理由はあるのですか?」

「俺には妹がいましたけど、リスプと同じくらいのときにガーディアンに襲われて、両親とともに死にました。だからガーディアンを攻撃しようとしているリスプを見たとき、助けなきゃって思ったんです」

「……そうでしたか。貴重なお話、ありがとうございました。暗くなりましたし、今日はこのまま泊まって下さいな」

「……いいんですか?」

「はい。貴方は客人ですもの。何かあったらメイドに声をかけて下さいね」



 最初に屋敷の異変を口にしたのはルビーだった。


「おかしいですね」

「どうかしたんですか?」

「貴方に食事を持ってくるよう言ってあるのですが、誰も来ないのです。妙じゃありません?」


 ルビーが廊下に出て、周囲を見回すと深刻な顔を浮かべる。


「廊下に人を置いていたのですが……」

「いなくなった?」

「はい、どこかに行くなら私に伝えるよう言っておいたのですが……いえ、それどころではないようですね。人の気配がしません」


 タスクも大きな屋敷に住んだことはないが、人の気配がまったくないことがおかしいことは分かった。


「……強盗でも入ったとか?」

「分かりません。あの子……フィオナという少女の部屋に行きましょう。ミランダもそこにいるはずです」

 二人はフィオナの客室へ移動するが、そこは出迎える者のいない無人の部屋だった。

「ミランダまでいないとは……嫌な感じですね。タスクさん、これを……」


 ルビーは手に持っていた小さな鞄から、二つの腕輪を取り出しタスクに手渡した。


「姉が使っていたものです。貴方から渡してくれませんか? 私からは素直に受け取らないでしょうから」

「俺は構いませんけど……」

「賊の襲撃程度なら必要ないでしょうが、この魔石の適性は姉の方が上ですもの。ミランダにはあの少女の世話を命じていましたが、彼女までいないのでは用心するしかありません。ご迷惑をおかけしますが、付き合っていただけませんか?」

「……早く原因を突き止めましょう。手がかりはきっとあります」

「ありがとう。不死なるタスクの噂は本当なのですね」

「……噂」

「お人よし、というものですよ」


 タスクが不思議そうな顔をしたので、ルビーはにこやかな顔でそう付け加えた。


「……ああ」


 二人は地下への階段を降り地下牢に着く。

 そこまでの道のりで誰にも会わなかったので、悪い予感はあったがリスプとヘックスは変わらずそこにいた。


「お、どうかしたんですか?」

「何よルビー。私のこと出す気になったの?」


 牢を両手で掴んでいるリスプと、壁に背中を預けているヘックスを確認し、ルビーは説明を始める。


「屋敷に人の気配がしないのです。賊やガーディアンの襲撃なら騒ぎになっているでしょうが、それすらないのはおかしいとしか言えません。何が起きているのか分からない以上、姉様の力も必要になるでしょうね」

「ただ働きさせようってわけ?」

「そんなこと言ってる場合じゃありませんよ」


 ルビーは簡単に用件を伝え、牢を開けようと右手を伸ばすと、その腕はヘックスに掴まれた。


「何のつもりですか?」

「すんません」


 ルビーの身体が掴まれた腕から灰色に変わり、やがて石像になった。


「あんた! 何やったの!」


 牢の中のルビーが叫び、タスクの左腕に籠手が現れる。


「今、何をやった」


 タスクの声は低く、ヘックスに敵意を向けていることを証明している。


「お前なら分かるだろ。こっちはお前の中にいる奴に用があるんだ。いるんだろ? レギンレイヴ」


 ヘックスはタスクをはっきりと指差している。


「姫様と違って、お前の秘密は人に言えねえよなあ。戦乙女なんて今の人間が信じられるもんじゃねえもんなあ」


 タスクは無言のまま、一気に距離を詰めるように走り出す。


「近づいていいのかよ!」


 ヘックスの意識が完全に自分に向いたところで、リスプに向かって腕輪を一つ牢へ投げる。

 それは柵にぶつかってリスプの足元に落下し、その隙を狙われヘックスの右拳がタスクの腹に当たる。

 激痛で膝を床につきそうになるが、かろうじて踏みとどまる。しかしヘックスは次の攻撃へと移ろうとしていた。


「痛えよなあ!」


 左の拳で追撃するヘックスに対し、タスクは籠手から光銛を放とうとする。それが見えていたヘックスは後退し、攻撃をかわした。

「あぶねー、あぶねー」


 光銛は天井に刺さるが、タスクは籠手から伸びた紐で引っ張り、光銛は元の場所へ戻る。


「その魔石で撃て! そいつは人間じゃない! 人の姿をした魔石だ!」

「どういうことよそれ! 意味が分かんないわ!」


 ヘックスとの間に距離ができると、タスクはリスプへ叫ぶように言葉を発するが、リスプは今の状況を整理できず戸惑うだけだ。


「ずりーぞ、人の正体ばらしやがって」


 ヘックスは見下すような声で、タスクを馬鹿にするが、殴るための構えは解いていない。

 一方タスクは肩で息をし、右手は腹を押さえている。そんな状態でも光銛を撃つが、ヘックスにはかわされてしまう。


「痛えだろう。俺の身体ん中には抗魔石、あっからなあ」

「ヘックス! あんたこんなことしていいと思ってんの!」

「俺は今日みたいな日のために生きてきたようなもんなんですよ。お前も似たようなもんだろ、タスク」

「……さあな」

「とぼけんなよ。それとも人間やめてんのバレちまうのがそんなに嫌なのか? 姫様はこいつの不死身っぷり、おかしいと思ったことはありませんか?」


 リスプは何も言い返さず、顔も硬直している。


「魔石……」

「こいつが不死身なのは魔石の力です。それがどこにあるか気になりませんか? こいつは身体そのものが魔石みたいなもんで、レギンレイヴに守られてるから不死身でいられるんです。籠手の魔石とは別の魔石が身体の中にあるってわけです。そうだよな?」

「……魔石には、無限の可能性があったって、聞いたことあるな」 

「姫様の真似して誤魔化すつもりか? お前がとぼけようがレギンレイヴのおかげだってのは変わんねえんだよ。姫様、不死身になれても弱点がないわけじゃねえんです。抗魔石ってのを持ってるやつに触れられると、魔石の力が弱くなる。つまり不死身じゃなくなっちまって、身体を動かすのもきつくなるんですよ。そうなっちまったら今のこいつみたいになっちまうんです。実際辛いよなあ」

「……詳しいんだな」

「俺もお前と同類みてえなもんだからな」

「……あんたの話は参考になったわ」


 ひどく冷めた声が地下室に響く。

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