第17話

「本当でしょうか?」

「あんたね、散々姉呼ばわりしてんなら少しは姉を信じなさいよ」

「日頃の行いの結果を鑑みてくださいな。そうすれば答えは出ますよ。ですがその前に腕輪を外してくれませんか? できないとは言いませんよね?」

「……はいはい。これでいい? 何よ?」

「いえ、素直だなと……」

 

 ルビーはリスプから両腕から外した腕輪を受け取る。


「この店に迷惑かけるわけにはいかないでしょ。あんたは手段を選ばないもんね」

「それはお姉様のせいですよ。いいですか、城に戻ったら罰として雑用をしてもらいますからね」

「ゲ、またやんの?」

「当然でしょう。少しでも構わないので反省してほしいものです」

「あんたがもうちょっと優しかったらね~」

「優しくないのは貴方のせいですよ」

「分かったわよ。で、どこ行けばいいの?」

「母の実家の屋敷ですが、その子とその男性にもご同行願いますね」

「何でよ? フィオナはともかくタスクは関係ないでしょ」


 ルビーは黙ったまま、何も言い返さない。


「黙ってんじゃないわよ。あんたが黙ってんなら……」

「ここはフォートレス、姉様に話せないこともあるのですよ」

「何でよ!」

「この町に関することですので、ミランダ、頼みますね」

「……はい」


 ミランダはリスプに一気に近づくと、その身体を後ろから両手で拘束した。リスプは抵抗するが、ミランダに簡単に身体を押さえつけられる。


「あんた! 離しなさいよ!」

「……お許し下さい」

「できるか! 隠し事なんかして!」


 抵抗するが体術ではかなわず、魔石のないリスプは簡単に拘束された。


「ミランダは私と姉様に護身術を教えてくれたのですよ。姉様も体術で勝てたことが一度もありませんよね」

「いやー、やっぱこれだよなあ。何かやらかそうとしている姫様をミランダが押さえつける。これ見ないと仕事してる気にならないんだよなあ」


 そんなリスプを見てルビーは呆れ、ヘックスは呑気に喜んでいる。


「勝手に人を見世物にしてんじゃない!」

「……少し痛いですよ」

「嘘つけ! あんたの少しは少しじゃな……痛! 痛い痛い! 人の関節勝手に極めてんじゃないわよ!」

「……声が出るのは平気な証拠です」

「んなわけあるか! 子供だって痛けりゃ泣き叫ぶわ!」

「……姫様はそんな子供ではありません」

「う……ぐ、ぐああぐ、うんが……」

「……変な声を出さないで下さい。下々の者が見ていますよ」

「……あん、た、が……出させ、てん、で、しょうが……」


 顔を真っ赤にして逃れようとするが、動きが全て読まれミランダから逃れられなかった。



 リスプがミランダの拘束から逃れようともがいて失敗する。そんな光景が続く中、タスクの前にルビーが立った。


「見苦しいものをお見せして申し訳ありませんね。姉はあれくらいやらないとおとなしく話を聞いてはくれないのですよ」


 本音はどうあれタスクに対し、好意的に振る舞っていることは彼自信にも分かった。


「えーと……リスプ、様は、クリスプ様だったってことですか?」


 ただリスプが王女だったという驚きは消化できない。それがタスクの話し方に現れている。


「ええ。ですがリスプと名乗っているのなら、姉様に敬語は必要ありませんね。その方が本人も喜ぶでしょう。貴方が不死なるタスクですね。お話を聞いたことがありますよ。貴方は有名ですもの」

「……恐縮です」

「貴方にも伺いたいのですが、本当に姉が門を開けたのでしょうか? 本当ならその方法は? いったいどうやって?」

「いい匂い」


 フィオナがルビーに背中から抱きついた。


「……それとこの子のことですね」

「ほら、お嬢ちゃん離れなよ」

「……やだ」

「なら、抱きつくのをやめてくれねえか?」

「どうして?」

「ルビー様はこのタスクって野郎と話をする必要があるんだよ」

「分かった」


 ヘックスの説得によって、フィオナはルビーの体から離れるが、リスプのときと同じようにルビーの側から離れようとしない。


「私と同じくらいの年に見えるのに、心は違うということでしょうか。まるで身体だけが成長してしまったようで不思議ですね」

「俺には懐きませんけどね。嫌な匂いがするって言うんです」

「それは気の毒に。この子のことも気になりますし、屋敷まで来ていただけません

か? この店の方にこれ以上迷惑をかけたくはありませんもの」


 迷惑という単語を使ってはいるが、町の人間には聞かれたくないと言っているようにタスクには聞こえた。


「……分かりました」


 だとしたらルビーの狙いは何か? 遺跡について何を知っているのか? 

 それは知っておくべきだとタスクは判断し、聞き出すためについて行くことに決めた。


「ですがその前にこの宿の人間と話をしてもいいですか?」

「構いませんよ」

「タスク! あんた逃げるって考えはないの! あんたならここにいる三人ともぶちのめ……」

「……おとなしくして下さい」

「うおっ! ぐぅ……」

 

 リスプがミランダ相手に悪戦苦闘している間に、タスクはカウンターに立つアーランとコトリンへと向かう。


「大変なことになったな」


 アーランの顔には戸惑いの感情が現れ、それはタスクが話しかけても変わらなかった。


「……そーだな」


 返事をしながらも、その視線はタスクではなくルビーに向いている。タスクが近くにいてもそのことにはまるで無関心だ。


「……聞いてないだろ」

「タスクさん、フォートレスの人にとって、王族は王族であると同時に英雄でもあるんだよ。その王族と領主の血を引く方だから……」

「確かこの辺りは元々小さな争いが続いてて、建国王が治めることで平和になったったんだっけか。そういう話か」


 コトリンはタスクに対し、何度も顔を上下した。


「だからあの人を前にしちゃうとみんな緊張しちゃうの」

「コトリンは平気そうだな」

「私はお城で働いているうちに慣れたから。でも兄さんはしばらく使い物にならないよ」


 コトリンはアーランの反応を待っていたがが、彼の視線はルビーを見たまま固まっている。


「でしょ?」

「確かに。俺はこれから領主の屋敷へ行くけど、そこへ行ったことは?」

「私も兄さんもないな。お城に比べたら小さいけど大きなお屋敷だよ」


 コトリンは一度リスプたちの様子を見て、ルビーの視線がリスプへ向いていることを確認してから、タスクに近づいて囁くように問いかけた。


「あの子、タスクさんの知り合いなの?」


 それに合わせ、タスクも小声になる。


「フィオナのことなら、違うと思う」

「フィオナ? その名前って……」

「言いたいことは分かる。俺の義理の妹だった子と同じ名前だ。外見も似てるよな」

「う~ん、似てたかな~、あんまり正確には思い出せない」

「数回会っただけだし仕方ないか。無理に思い出す必要なんてないからな」

「でも、同じ人だとは思えないよ。三年前に行方不明になったんだよね。もし生きていたらもっと大人っぽくなってなきゃおかしいよ」

「だから俺はあの子が何者なのか知りたいんだよ」

「タスクさん。そろそろよろしいでしょうか?」


 タスクが振り向くと、リスプの姿はなく、声をかけてきたルビーがタスクとコトリンへ視線を向けていた。


「……リスプはどこに行ったんですか?」

「馬車の中で暴れていますよ。貴方も来ていただけますね」


 ルビーへ返事をしてから、もう一度はコトリンへ顔を向けた。


「俺の荷物はそのままにしておいてくれ。長引くようなら連絡する」

「任せて。お土産期待してるね」

「分かった。ルビー様、俺も行きますよ」

「ではこちらへ」


 馬車は二台あり、ルビーはヘックスとともに先頭の馬車へ乗り、タスクはミランダやフィオナとともに後方の馬車へ乗った。



 ルビーの言う母の実家とは、フォートレスの領主の屋敷である。この町で最も大きな三階建ての建物だ。

 屋敷には地下室があり、主に倉庫として使われているが、それ以外に屋敷へ忍び込んだ賊を閉じ込めておくための牢がある。

 そこにリスプが収監された。


「何で私がこんなとこにいなきゃいけないのよ!」


 ミランダにやり込められ、馬車の中ではおとなしくしていたが、牢に入れられるとなればそうもいかない。


「わがままを言わないでほしいですね。姉様は公式には外国に留学したことになっているのですよ。この屋敷にいたら不自然でしょう」


 しかしリスプのそんな抗議に対し、牢の柵越しに向かい合ったルビーは淡々と理由を告げる。

 リスプは柵を掴んで睨み付けるが、慣れたものであるように平然としていた。


「来賓用の客室とかあるでしょうが!」

「人の噂というものは様々な形で広がっていくもの。隠れるには人目のつかないところが一番ですよね」

「じゃなんでタスクとフィオナは客室なのよ!」

「不死なるタスクを牢に入れたと知れば、町の住人は領主にいい印象を持たないでしょう。タスクさんが領主に対して悪事を働いたと噂が流れでもしたら、あの人に申し訳ありません。それにフィオナという少女をもし牢に入れて、心を閉じてしまったらどうするのですか」

「あんた、私だけを牢に入れる口実が欲しいだけじゃないの?」

「そんなわけないでしょう。貴方はこの国の王女なのですよ。自覚して下さいな」

「そう? あんた昔っから私に難癖つけるわよね? トイレ掃除だって私に押しつけて……」

「あれは姉様のやり方が雑だから、もう一度やるよう言っただけですよ。そもそも私も姉様と同じ雑用をやっていたでしょう? 城の食堂のゴミを捨てに行ったことを覚えていますか? 臭い重い虫が沸くと文句を言ってばかりでしたね」

「……そうだっけ?」

「都合のいい記憶ですこと。あれは父様が下々の人間の仕事を理解すべきだと、私たちに様々な雑用をやらせたのが始まりでしょう。昔のことを思い出すいい機会ですね。今日一日はここにいること、見張りは頼みますよ。ヘックス」

「はい。牢からは出せませんけど、愚痴なら聞きますよ、姫様」

 

 ルビーは側にいたヘックスに声をかけ、リスプを一瞥してから階段を上がり、すぐに姿が見えなくなる。

「あ! まだ話は終わってないわよ!」

「それは俺が聞きますって」

「あんたに言っても意味ないじゃない!」

「まーまー、そう怒んないでください」

「無理言うな!」

 

 ヘックスは笑顔のままなだめる仕草をとったが、そんなことではリスプの怒りは収まらなかった。

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