第16話

 リスプは両腕の魔石からリングを出しながら門の前に立つ。


「門を開けるには鍵はこの魔石よ、大昔の言い伝えにね。古代人が作った魔石が鍵になるって記述があったわ。で、今私がつけてるのはその古代の魔石なの。ここみたいな遺跡で発見されたものよ」


 リスプの言葉を証明するように、両開きの門が砂埃を起こしながら開き始める。


「入るわよ」


 リスプの声は強張っている。

 開ききった門の先は小さな洞穴だった。暗くてよく見えないが、リスプがリングを明かりとして使うことで、洞穴の中が見えてくる。


「見て。何かあるわ」


 リスプに促されると、洞穴の中に銀色の水晶が横たわっているのが見えた。その水晶はリスプより大きいが、大きさ以上に意識が向いてしまうものが水晶の中にあった。


「……これ、人が入ってるのよね?」


 タスクとリスプは目の前の水晶に困惑する。

 水晶の中にはリスプと同じくらいの年齢に見える少女が、目を閉じて眠っているかのように存在していた。


「……だな、そう見える」


 彼の意識は水晶の中の、髪も目も赤いショートカットの少女に向いている。

 コトリンとは違うデザインのワンピースを着たただの町娘にしか見えないその子は、タスクが知っているフィオナにそっくりだった。


「タスク、この子なんだと思う?」

「……俺にも分からない。話でもできればいいんだけどな……」


 少女を包む水晶に卵の殻のようなヒビが入り、少女が外気に晒される。



「ん……」

 

 割れた水晶から出た少女は地面に倒れたが、数回瞼を動かすとゆっくりと目を開き、それから上体を起こす。

 その様子をタスクとリスプは門の入り口で見ていた。


「リスプから話しかけてほしい」

「え? 私?」


 その声は明らかに困惑の感情を示していたが、タスクには彼女が自分より適任だという根拠があった。


「俺より年の近そうな同性の方がいいだろ?」

「……分かったわよ。ただし、何かあったらすぐに知らせて」


 リスプは大きく呼吸をしてから、少しずつ少女に近づく。水晶は消滅したため足下を気にする必要はなかった。


「……誰?」


 リスプに気づいた少女は、寝起きのような地に足がついてない声を出す。警戒はしていても、パニックを起こすようには見えなかった。


「えーと……私はリスプ、リスプって名前なの。あんた自分の名前は言える?」

「名前?」

「そう、名前。あんたにもあるでしょ?」

「……ある、フィオナ」

「今、フィオナって言ったのか?」


 名前を聞いたタスクがフィオナに一気に詰め寄る。


「本当に、フィオナという名前なのか?」

「あんたどうしたの?」

「大事なことなんだ」

「その子、怖がってるわよ」

「だけど……」

「嫌!」


 少女はリスプの後ろに隠れる。それがタスクを避けていることは彼自身にも分かった。


「ほーら怖がっちゃったじゃない。あんただって私に任せるって言ったのにどうしたのよ。不死なるタスクは驚かないんじゃないの?」

「……悪い」


 タスクは自分から姿を隠そうとする少女を見て、頭を冷静にすることに集中した。

 この少女が自分の知るフィオナと同一人物のはずがない。囮になって消えたフィオナが助かるはずがない。あれから三年経ったのだ。もしフィオナ本人だとしても姿が同じはずがない。


 そう自分に言い聞かせたが、誰も開けたことのない門の奥にある洞穴で、水晶に包まれた少女が自分の知る人間と姿と名前が同じである。このことをただの偶然として処理することは出来なかった。

 少しは手掛かりになるかと、古代の魔石を使った形跡がないか匂いを探ったが、錆びた鉄の匂いはしなかった。

 何の成果もなかったが、別のことに意識を向けることで、自分の名前をフィオナだと言う少女と、自分の知っているフィオナという少女を切り離すことはできた。


「で、少しは落ち着いた?」

「……多分」

「ずっと開けられなかった門が開いたわけだし、興奮するのも分かるけど、女の子に詰め寄るのはやめなさい。いいわね?」

「……ああ、そうする」

「よし、フィオナ、もう怖がらなくていいわよ」

「……怖くない?」

「ええ、怖くないわ。タスクはこの子から離れて」

「……分かった」


 タスクは言葉通り、リスプとフィオナから距離を取るが、フィオナはリスプの背中に隠れたままだ。


「ほら、もう平気よ」


 フィオナがうなずくのを確認してから、安心させるようにリスプは笑顔を見せる。


「それじゃ、帰りましょ」

「帰る? リスプは帰るの?」

「私が今住んでいる宿にね。コトリンって子とアーランってやつがいるの。部屋は広くないし、建物も割とボロいけど居心地のいいとこよ。当然あんたも一緒」

「……いいの?」

「ここに放っておくつもりはないわよ」


 フィオナがリスプの右手を掴む。それをタスクは同行したいという意思表示だと捉えた。



 タスクたちが洞窟を抜け、フォートレスの宿へと向かう間、フィオナはリスプから離れず手を繋いで歩いている。一見穏やかな光景だが、リスプの頭の中はその少女への疑問が占め続けていた。


 ただの人間があの洞穴にいるとは思えないが、では何者かという話になると見当もつかない。

 外見だけでは年齢はリスプ自身とそう変わらず、十五歳くらいにしか見えないが、その言動からはもっと下の年齢に思えることが、フィオナという少女の不自然さを際立たせた。


「フィオナはさ、どうしてあんな場所にいたのよ?」

「……分からない」

「お父さんやお母さんは?」

「……知らない」

 

 手を繋ぎながら歩いていれば、少しは心を開いて自分のことを話すだろうと考えていたが、望む返答は出てこなかった。

 もちろん嘘の可能性はあるが、敵意を感じずタスクもおとなしくしていることから、リスプはフィオナの様子を見ることに決める。

 呑気な発想ではあるが、少なくとも自分の手を握るフィオナの手は人間そのもので、警戒はしても敵対する気にはなれなかった。

 妹から頼られたことのないリスプにとって、フィオナに頼られるという経験が面白かったからだが、自分から離れようとしないことに疑問を持ち始める。


「ずっと側にいたがるけど何か怖いことでもあるの?」

「……あるよ。あの人」


 フィオナが小さくタスクを指差した。


「タスクが? どうして?」

「臭くて嫌な匂いがする」

「……どんな匂いなの?」


 リスプはタスクの体臭について意識したことはないが、フィオナの意見を否定したところで考えを変えるとも思えないので、臭いと思う理由を探ることにした。


「分からない。でも嫌、嫌な匂い」

「じゃあ、私は? 私からも何か匂う?」

「リスプはいい匂いがする」


 香水をつけているわけでもないのに、フィオナはリスプをいい匂いがすると言ったということは、フィオナのいい匂いとは体臭のことではないらしい。

 そんな仮説を立てつつタスクの意見も聞いてみたかったが、当の本人は黙ったままだ。名前に反応してフィオナを問い詰めようとしたから、何かあるのだろうと推測できたが、今のタスクから詳しい話は聞けそうになかった。


(あいつもあいつで事情があるわよね)


 フィオナの正体も分からない以上、後で話をした方がいいかもしれないとは思ったが、宿が見えたところで考えるのをやめる。


「ここ、ここが私が住んでる宿よ。入りましょ」


 宿のドアを開け、中に入ると厨房に立つアーランとコトリンが見え、二人とも驚いているようだった。


「戻ったのかよ……」

「ええ、すごい収穫があったわ。実はね……」

「待った。俺もすげえ興味があるが先にお前らに聞いておかなきゃならねーことがある」

「何よ? お金ならちゃんと払うわよ」

「そうじゃねえ、そうじゃなくてだな……」

「はっきりしないわね。コトリンも何黙ってんのよ」

「あ、あのですね……タスクさんたちが遺跡に向かった後、人が来まして……その……」

「続きは私が話しますよ。お久しぶりですね」


 青い瞳と髪をした少女が階段を降りてきた。軽く首をかしげながらも、笑いもせずにじっとリスプを見つめている。


「フォートレスにいるとは思いもしませんでしたよ。ここの領主は私の叔父、つまりは母の兄が治めていることは姉様もご存じでしょう?」


 階段を降り自分へ近づいてくるルビーに対し、リスプは驚いた表情を見せないことにした。


「……あの~、どなたでしょうか。以前会ったような記憶はありますが……」


 とぼけながらもフィオナを自分の背中に移動させることも忘れない。


「とぼけないで下さいな。こちらの男性は姉様の仲間でしょうか?」


 後ろから声がしたので振り向くと、タスクの左右にヘックスとミランダが立ち、タスクは両手を上げ降伏のサインを出している。


「姫様、自分のこと何も喋らなかったんですか? ひっでえなあ、俺だったらショックですよ」

「……貴方のことなど、どうでもいいでょう」

「コボル王国には三人の王女がいますね。二人目と三人目は異母姉妹ですが、生まれた日が三日も違わないため、双子のように育てられましたの。本人なのですから知らないとは言わせませんよ。第二王女のクリスプ姉様」

「……で、私をどうする気よ」


 リスプは呻くように言葉を吐くが、ルビーの表情は変わらない。


「屋敷に来てもらいますよ。後ろの子とそちらの男性のことも気になりますもの」

「うわ~、悪そうな台詞ね」

「姉様がいけないのでしょう。勝手なことばかりして、他人に迷惑がかろうと顧みようとしないのですから」

「私にも都合があんの。あんただっておじさんがこの町の領主なら、遺跡の門のことは知ってるんでしょ? あれ開けることが出来たのよ」

「それは興味深い話ですね。ですがこの宿の方に迷惑をかけるわけにはいきません。そうですよね?」

「脅してんの?」

「お姉様を諫めたいだけですよ。もし逃げようとすればヘックスとミランダに相手をさせますね。その子にケガをさせたくはないでしょう?」

「……おとなしくついてこいって言いたいわけね。いいわ、ついてってあげる」


 突然現れた妹に文句はあるが、コトリンたちに迷惑をかける気にはなれず、リスプはおとなしくすることにした。

 門を開き水晶に包まれた少女を発見したので、魔石について一定の成果は挙げることが出来たという考えもあったが、それをルビーに話す気はなかった。

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