第15話

 ドラゴンは門から離れようとしていた二人に対して数秒間火を吐き続け、それが終わると二人を睨み付けたが追撃はせず、門を守るように二人に立ちふさがる。


「俺たちを狙ってるようだな」


 リスプの返事はなく、その顔を見ると怯えているように見えた。


「火が怖いのか?」

「……怖くないわよ」


 リスプはタスクの背中に回り、ドラゴンの視線に入らないようにしている。


「ああ、ドラゴンが怖いのか」

「……怖くないわよ」


 ドラゴンは変わらず二人を睨み付けているが、近づいて攻撃しようとはしない。理由は分からないが、リスプが怯えている原因を知るのが先だとタスクは考えた。


「じゃあ何が怖いんだ? 別に馬鹿にするつもりはない。言ってくれないとこっちもどうしようもないだけだ」

「……苦手なの、あの鱗」

「ああ、爬虫類がダメなのか。トカゲとか蛇とか……」

「やめて! その名前を出さないで!」


 リスプは両耳を手で塞ぐが、そんな自分が恥ずかしくなってすぐに手を戻した。


「ダ、ダメなの! ああいう鱗がついているの! 誰だって嫌なものがあるわよね! あんただって嫌いな虫を大きくしたようなやつがいて、そんなのが火を吐いたら嫌よね! 私ああいうのがダメなの!」

「落ち着けって」

「落ち着けないわよ! 何でドラゴンなんかがいるのよ! あれって作り話じゃなかったの!」

「俺にも分からない。あんなのは初めて見た」

「鱗! 鱗がたくさんついてるの! 我慢できない!」


 タスクは自分の背中にいるリスプに振り向き、その両腕の腕輪を包むように掴み、目線の位置を合わせ目をまっすぐ見た。


「今の状況を整理するぞ。ここにいるのは俺たちだけで、ドラゴンはこっちをずっと睨んでる。敵意はあるようだが向こうからは攻撃してこない。逃げることはできるかもしれないがどうする?」

「……ここまで来て逃げるなんてできるわけないでしょ」

「なら俺たちはあのドラゴンと戦わなきゃならない。苦手なのも辛いのも分かるけどな、リスプとリスプの魔石の力を貸してほしい」

「……あんた、アレと戦う気なの?」


 リスプの声に落ち着きが戻り始める。


「ドラゴンの首の付け根にでかくて赤いコアが見えるだろ。物語の世界のことは知らないがあのドラゴンはガーディアンだ。だったら俺は戦える。リスプもそうだろ?」

「……けど、ずっとこっち見てるわよ。それに洞窟の前に移動しているわ。私たちを逃がす気はないみたいね」


 ドラゴンは二人を攻撃しなかったが洞窟の前に移動し、闘争を阻止しようとする動きをとった。


「前にも後ろにも進めないなら倒すしかないな。ドラゴンは宝物を守る存在だって話は聞いたことがあるだろ? ならあのドラゴンが門の鍵になるかもしれない」

「門の奥に財宝でもあると思ってるの?」

「少なくともそれに近い何かはあるだろ? でなきゃリスプがこの街に来るはずがない」


 タスクはリスプを説得しながらも頭の中の疑問が浮かんでいた。

 それは空想上の存在であるはずのドラゴンがガーディアンのコアをつけ、この広場になぜ現れたかというものだ。

 この場所に来たことは何回もあるが、ドラゴンの姿どころかその噂すら聞いたことがなかったが、目の前に現れたのだから何もしないわけにはいかない。


 今のタスクは魔石のおかげで不死であり、ケガをしたところですぐに治るが、ドラゴンと戦ったことはない。

 どんなことが起こるか分からないため慎重にはなっていたが、もうろくなものは出ないと言われた遺跡に、ドラゴンが現れるという状況は、タスクの心をどこか弾ませた。


「あんた、よく冷静でいられるわね」

「不死なるタスクだからな。驚くことには耐性がついてる。多少のことじゃ死なないしな。巨人のときみたいにドラゴンを蹴とばせるか?」

「……無理よ。今だって逃げたいくらい」

「了解。なら俺が様子見してくる。ここから動くなよ」

 

タスクは洞窟の前で待ち構えるドラゴンに近づいていく。その間に彼の左手の腕輪から光銛が現れる。

 ドラゴンは近づくタスクに気づくと口から火を吐いた。それを予測していたタスクは横に移動しながら光銛を撃つ。狙いはコアだが剣で弾かれた。


「来るわよ!」


 リスプの声が響く。ドラゴンは翼をはばたかせ、今度は自分の番だと言わんばかりに突進し、剣を持つ手を大きく振りかぶっていた。


(重てっ……)


 タスクは籠手でドラゴンの剣を防ぐが左腕が強くしびれ、動きが止まった瞬間にドラゴンは回転し、尻尾をタスクに叩きつける。吹き飛ばされたタスクはすぐに立ち上がるが、そこへドラゴンが炎を吐く。

 タスクは近くの崖へ光銛を飛ばし、突き刺さると自分の体を引っ張らせて崖まで移動した。


「こっちこっち」


 手招きするタスクに対しドラゴンはもう一度炎を吐くが、タスクは空中に浮いたままのドラゴンの足元に向かって走る。

 真下に炎を撃つためには顔を下に向ける必要があり、そのときを光銛で狙おうと考えたからだが、ドラゴンは炎による攻撃をあきらめて地面に着地し剣を振った。

 タスクはその攻撃をよけてコアを狙おうとするが、ドラゴンの左手で殴られ動きが止まり、そこを剣で狙われタスクの右手は切り落とされる。


「距離をとって!」


 リスプの声に行動で答えるように後ずさると、ドラゴンは剣を投げ飛ばし、タスクの胸に突き刺さる。

 痛みで顔が歪むタスクへドラゴンは歩みより、剣を抜くと尻尾で薙ぎ払う。

 タスクはリスプの足元まで地面を転がるが、立ち上がるのに時間はかからなかった。


「結構痛いな」


 体についた土や草を残った左手で払い、表情も淡々としている。貫通した腹もすでに塞がっていた。


「……右手だけど、戻るのよね?」


 深刻な顔をするリスプにタスクは笑みを見せる。


「すぐに戻るからそんな顔しなくていいぞ。こっちに来てるだろ?」


 タスクが指を差した先で、右手が何かに引っ張られるように地面を滑っていた。


「うえぇ……平気なの?」


 その様子をリスプは気味悪がったが、タスクは見慣れていたので平気だった。


「もちろん。便利だろ」

「……そーね」


 ドラゴンも右手の動きに気づき、火を吐くと右手は火傷のような状態になるが、すぐ元に戻り、タスクの足元までやって来た。


「ドラゴンはこっちの出方を見ているみたいだな」


 タスクが左手で右手を拾い、くっつけると右手は簡単に元へ戻った。


「今の見たか? 力は巨人よりも上だし知能もありそうだ。厄介だな」

「……そうね」

「近づかない限り向こうからは何もしないみたいだが、どく気もなさそうだな。崖登りして逃げてみるか」

「……腹に穴が開いたのが塞がるのは分かるわ。右手が戻ったのもそういうものだって納得する。でもなんで服まで直ってるのよ」

「この魔石は細かいとこまで気が効くんだよ。便利だろ」


 淡々と答えるタスクに、リスプは唖然とするしかなかったが、いつまでもそうしているわけにはいかない。

 目の前にはフォートレスの人間が誰も開けたことのない門があり、それを守護するようにドラゴンも現れ、しかもドラゴンは逃がすつもりもないように見えている。

 この状況で門の先に何もないとは思えなかった。


「……ねえ、私が囮をやるわ。あんたは後ろからでも攻撃して。ドラゴンは不気味だけどこのまま黙って見てるわけにはいかないわ」

「いいのか? あんなのが出てきたんだ。リスプの魔石ならあの崖を超えて街に戻るくらいできるだろ? 一度ギルドに報告して人を呼んだって……ああそうか。門の中にあるものを大勢の人間に見られたくないんだな」

「……否定はしないわ。ギルドや他の冒険者より先に、何があるか知っておきたいのよ」

「俺も中に何があるのか気になるからそれでもいいけど、囮ってどうするんだ」

「私が攻撃して、ドラゴンが狙ってきたらとにかく逃げ回るわ」

「ドラゴンを見れるのか?」

「……少しくらいなら。どうしてもダメなときは目を閉じる」

「じゃあやってみるか。右手をドラゴンのいる方向に向けてくれ。どの辺にいるかは分かるよな?」


 弱気なリスプに対しタスクが指示を始めると、苦手なものが目も前にあるのもあって素直に従った。


「うん、その辺でいいな。巨人のガーディアンのときみたいに、魔石の力をぶつけるだけだ」

「遠いわ。コアを狙えないし、この距離じゃ風に吹かれたくらいにしか思わないわよ」

「当てるだけでいい。やってみて」


 リスプの右手から光射の力が飛ぶ。頭部に命中したらしくドラゴンは頭をぐらつかせた。


「上出来だ。後は任せた」

「……上手く逃げてやるわよ」


 タスクはリスプの背中を軽く叩くと、彼女から離れて視線をドラゴンに集中する。

 これからドラゴンはリスプに襲いかかるだろうが、好きにさせるつもりはない。リスプが逃げ回っているうちに、コアを光銛で突き刺すと決めた。

 作戦というには即席で雑だが、リスプがただ棒立ちでいれば、攻撃してくれと言っているようなものだ。それなら逃げ回っていてくれた方が安全だという考えもあった。


「ドラゴンがこっちに近づいてくる。さっきの光射でリスプの優先順位が上がったみたいだな。全力で逃げてくれ。俺は必ず仕留める。リスプのことも見捨てない」


 ドラゴンが口から火を吐こうとするのが見えた。


「走れ!」


 リスプが走り出したのを確認し、タスクも逆方向に走り出す。

 火を避けられたドラゴンは、背中の翼をはためかせ、身体がゆっくりと浮き始めている。そこを狙ってタスクが光銛を放つが、右手の剣ではたき落とされた。


「ダメか」


 元々上手くいけば幸運程度にしか思っていないため、タスクの声は淡々とし表情にも変化はない。

 ドラゴンは飛びながらも地面に剣を刺し、地面をえぐりながらリスプへ向いつつ、火を吐くことも忘れない。

 一方リスプは魔石の力でジャンプし、空中で軌道を変えるという曲芸でドラゴンの攻撃をかわした。


(物語の中にいるみたいだな)


 リスプの動きにタスクはそう思いながらも、ドラゴンを攻略する方法を考えている。

 ただ攻撃してもコアには当たらないことはもう分かった。それなら動きを止めてしまえばいい。

 そう考えたタスクは左腕と光銛に意識を集中し、光銛をドラゴンの尻尾めがけて飛ばした。光銛は尻尾を貫通し、勢いのまま尻尾を中心に回転し巻き付く。


「よし!」


 左腕に意識と力を込めて一気に引っ張ると、空中を飛んでいたドラゴンは光銛に引っ張られ始める。


「やるじゃないタスク!」

「このまま一気に落とす! コアに攻撃してくれ!」

「私にやれっていうの!」


 ドラゴンは地面に背中から叩き付けられた。


「今だ! コアにだけ集中すればいい! コアに乗っかれば皮膚に触れないで済むぞ!」

「……ああもう、やればいいんでしょ!」


 覚悟を決めたリスプはコアだけを見てドラゴンに飛びかかり、直接皮膚に体が当たらないようその大きなコアに膝立ちで乗ると、すぐに光射を連続でぶつけた。


「これで……!」


 リスプは一瞬攻撃をやめ右腕を大きく振りかぶる。今までの攻撃は効いているためドラゴンの抵抗はない。


「終わりなさい!」


 殴るように右手をコアに向けると、大きな音ともに今まで以上の力が放たれ、コアは砕けて散らばった。


「やったな」 

「……勝った。私は爬虫類に勝てた。人類は爬虫類に勝てるのね。それを証明してくれた今日は素晴らしい日だわ。私が女王なら今日を記念日に……ちょ、何よこれ?」


 リスプの浮かれた顔が一気に真面目なものに変わる。動きを止めたドラゴンが溶ける氷のように小さくなっているからだ。仰向けのドラゴンの上に乗っていたリスプは、ドラゴンという崩れる足場から飛び降りた。


「地面に吸い込まれたみたいだな。不思議なもんだ」


 小さくなり続けるドラゴンはついに見えなくなり、後にはコアだけが残った。


「あんたって本当に冷静よね。驚いたりしないの?」

「不死なるタスクと呼ばれるようになってからはないな」

「……頼もしいわね」


 鋭い目つきも元に戻ったリスプに左腕の魔石を見せると、彼女はタスクの左手を掴んで勝手に握手した。


「二人で手に入れた勝利ってやつでしょ。ドラゴンを地面に叩きつけたのも魔石の力かしら?」

「そんなとこ」

「何でもありね。でも残念だわ。姿が見えなくなったんじゃ、私たちがドラゴンを倒したって言っても誰も信じてくれな……そんなこと言ってる場合じゃないわ。さっさと門を開けるわよ」

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