第14話

 この町の工房は宿から徒歩で十分程度の場所にあり、中に入ると紫色のくせっ毛をした女性が受付にいた。


「よっ、久しぶりだな」

「あれー、タスクさんじゃないですかー。今日はどうしたんですかー?」

「相棒ができたんで、そいつの分の魔石を買いに来た。リスプっていうんだ」

「誰が相棒よ。一時的に協力してるだけでしょ」

「ハスケルさんは? いないのか?」

「奥で魔石の製作中ですねー。急に依頼が入ったんですよー。それでどんな魔石をお探しですかー?」

「傷薬に使えるやつ。エイダのお勧めを頼む」

「分かりましたー。待ってて下さいねー」


 受付の女性が店の奥に消えていった。


「……何なの、あの喋り方」

「あの人なりの処世術。地元で色々あってこっちに引っ越したんだ。きついこと言うなよ」

「そんなことしないわよ」

「ちなみにハスケルさんはこの工房で魔石を作ってる職人だからな」

「そこまで探る気つもりなんてないし、会話の流れで分かるわよ」

「お待たせしましたー」


 エイダが持って来たのは、親指くらいの大きさをした白い魔石だ。それをカウンターに十個ほど置くと、そこにリスプの視線が向かう。


「治療用の魔石ですー。光らせてから近づけると、止血消毒痛み止めに解熱の効果まである便利な一品ですよー。持てる限り持つのをお勧めしますねー」

「シンプルな形ね」

「特別な力がなければ、うちの魔石はみんなこんな感じですねー」

「三つ頂戴」

「分かりましたー。三つにするならこれとこれ、あとこれがいいですよー」


 エイダがカウンターから石を三つ手に取って、リスプに差し出した。


「その三つが特に効果があるのか?」

「はいー。本当は秘密なんですけどー、日頃のお礼ですよー」

「……この魔石ってみんな同じくらいの魔力が込められてるわけでしょ? よく三つに絞れたわね」

「リスプさんも分かるんですねー。私はこれが特技なんですよー」


 代金を支払い工房を出たところで、リスプが後ろを振り向いた。


「忘れ物でもあるのか?」

「あのエイダって人のことよ。私だって特に効果の強いものを選ぼうとしたし、五個までは絞れたわ。でもあそこまで正確に選ぶなんてできなかった。三つとも買うつもりの魔石だったから正解でしょうけど、あの人何者なの?」

「特別な才能を持ってしまった人ってとこだな」

「……世界って広いわ」

「俺からしたらリスプも十分すごいけどな」

「ありがと、遺跡探索の励みにするわね」


 

 タスクたちが工房を去ってからしばらくして、工房の作業部屋の扉が開き中年の男性が現れる。


「あれ? お客さんがいたのかい?」

「タスクさんですよー。相棒の魔石を買いに来たって言ってましたー」

「彼が相棒ねえ……どんな人か興味あるなあ」

「私と同じくらいの女の子でしたよー」

「そんな子がねえ……」


 無精ひげと手入れの行き届いていない髪が特徴で、エイダの前に姿を見せるなり猫背のまま頭をかいた。


「依頼はいいんですかー?」

「もう少しで完成さ。最後の仕上げの前に一息つきたくてね。よいしょ」


 近くの椅子に座り一息つくと、大きく息を吐いた。


「お疲れですねー。難しい魔石なんですかー?」

「魔石自体は難しいものじゃないよ。君のおかげで作業に集中できるからね。どちらかといえば急な依頼なのがね……音を遮断する魔石って言えばいいのかな? その魔石を使うと、魔石の周囲の声や物音が外から聞こえなくなる魔石なんだ」

「領主からの依頼でしたっけー?」

「そうそう。領主からの依頼品には盾の紋章を刻む必要があるのも一手間だね。そうだ、一息つく間の話し相手になってくれないかな? 人と話すのは気分転換になるんだ」

「構いませんよー」


 ハスケルは普段作業部屋にこもりきりで、接客はエイダが担当している。時折ハスケルに休憩がてらの話し相手を頼まれることがあるが、慣れたことで工房に客もいないので、断る理由はなかった。


「まずは魔石だ。魔石には古代の魔石と呼ばれるものがあるのは知っているよね? 古代の魔石と僕たちの作る魔石には大きな違いがある。それは古代の魔石は放っておいても使えるようになることだ」


 ハスケルが棚から石を一つ取り出すと、それは光りだすがすぐに消える。


「これは僕がほんの少し魔力を込めたから光り、その魔力が消えたからこうなった。でも古代の魔石は何もしなくても、勝手に魔力が戻って使えるようになる。この原理は未だに分からないんだよ」

「そうなんですねー」

「僕としてはタスク君たちが、この謎のカギを掴んでくれることを祈るよ。これでも魔石とは因縁のある家系だからね。今はもう自慢できるようなことじゃないけどうちは元々術師……これも今の言い方だね、魔術師の家系だったんだ。祖父の代までは魔術師幻術師呪術師と別れていたけど、今じゃみんなまとめて術師さ。魔石の普及は術師の環境を大きく変えたよ。例えば戦争で重要な砦を守るとき、昔なら優秀な術師は真っ先にそこへ派遣された。でも魔石が現れてからは安全な場所で、兵士向けの魔石を手早く大量に作ることが重要な任務になった」


 ハスケルの声に熱がこもるが、対照的に表情はどこか寂しそうだった。


「歴史ですねー」

「そうなんだよ。おかげで高名な術師なんてのは現れなくなり、危険な場所に行く必要がなくなった術師は、あっちこっちで工房を開いて職人に鞍替えさ。どんなに優秀な術師でも食事や睡眠は必要だし、病気やケガはするからね。術師の責任が重かった頃に比べたらおかしなことじゃないし、命の危険がなくなったのはいいことだけど、祖父母は魔術師が英雄になれる時代ではなくなったと寂しそうに話していたよ。さて……」


 ハスケルは椅子から立ち上がると体を大きく伸ばす。休憩が終了した合図だ。


「同じ話を何回もして悪いね。それじゃ仕上げにかかるよ」

「分かりましたー」


 作業部屋へ戻るハスケルを見送りながら、エイダは今の環境にいられることをタスクへ感謝した。


(同じ話を何回も聞かされるのは困っちゃいますねー)

 

不満がまったくないわけではないが、それはそれだ。



 フォートレスにおいて遺跡とは街を出て、少し歩くと見えてくる洞窟とその先のことを指す。

 洞窟の中は広く一本道で、中には魔石が照らすランプの明かりがあちこちにあり、ガーディアンがいなければ冒険者でなくとも通ることができる。

 その洞窟を十分ほど歩くと太陽の光が出口を知らせ、洞窟を出るとリスプが納得するような声を出した。


「洞窟を出ると、人工的にくりぬいたとしか思えない広場があり、太陽の光も差す。おまけに回りは岩と崖。ここが遺跡ってわけね。人為的に造られた感じがよく出てるわ。門ってあれのことよね?」


 リスプが指を差した先には、先ほどまで通った洞窟と同じくらいの大きさをした両開きの黒い門がある。位置は通った洞窟とは真逆の方向だ。

 それは門の形はしているがつまみや取っ手、鍵を差し込む場所は見当たらない。まさに開かずの門だった。


「この先には誰も行ったことがないのよね?」

「ああ。不思議な話だけどどうやっても壊せなかった。門を囲んでいる岩も傷をつけることすらできなくて、迂回するのもダメだった」

「不思議な話ね。この遺跡自体が魔石ってことかしら?」

「それはあるな。何かしらの魔法が込められているのかもしれない」 


 話をしている二人を大きな影が覆う。


「リスプ。何か出た」


 タスクがリスプに声をかけている間に、その影の原因は地面に着地した。

 大きな翼と爪を持ち、爬虫類のような緑色の皮膚をしている。首の付け根から胸にかけて大きく平らなコアがあることが、ガーディアンの一種であることを証明していた。

 その姿はタスクが倒したガーディアンより一回り大きく、右手には大きな銀色の剣が握られている。


「……あれって……」

「ドラゴンだ。本当にいたんだな」

「ドラゴンって……」


 リスプの声は震えている。


「逃げるぞ」

「……ええ」


 ひとまず逃げることにしたタスクだったが、数歩歩いてところで、ドラゴンが口から火を吐いた。


「ひいい!」


 リスプの悲鳴が広場に響く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る