第13話

 リスプがこの町に来たのは遺跡を調べることが目的だが、遺跡はフォートレス以外にも存在する。重要なのはフォートレスの遺跡を選んだ理由だ。

 二十年前、この町の遺跡からある魔石が見つかり。それは町の領主が買い取るほどの貴重ものだったが、それ以降大きな発見はない。

 冒険者の数もその頃に比べて減少し、違う町に移った者や職を変えて定住する者も少なくない。それでもリスプにはこの町の遺跡を調べる理由があった。


「遺跡について何か知っているのか?」

 

 この町に住んでから数日が経ち、日課となった宿の食堂での朝食中に、タスクがそうリスプへ尋ねてきた。


「何でそう思うのよ」

「新しい冒険者が来るなんて珍しいからな。ギルドも似たようなことを言われなかったか?」

「……言ってたわね」


 そういえば冒険者ギルドでも珍しがられたと思いつつも、リスプは返事に困った。遺跡について知っていることはあるが、タスクに話していいか迷っているからだ。

 彼女の目的は遺跡の中に眠る発掘されていない魔石であるが、それがどこにあるかまでは知らない。だからこそ一度自分自身で確かめる必要があったが、それを人に話していいかは別の問題だ。

 あれこれと聞かれるかもしれないし、そうなったらリスプが偽名で王女だと知られるかもしれない。それは最も避けるべきことだ。


「あの遺跡、もうめぼしいものはないって言われてるけど、私は自分の目で見なきゃ信じないわ。だから確かめに行くの」


 曖昧な言い方でごまかすことにした。


「それって、あの門のことか?」

「タスクさん、遺跡の中に門があるの?」


 タスクが聞いてきた直後に、コトリンが話題に入ってきた。


「門っていうのは、遺跡の洞窟にある門のことだよ。ガーディアンが通れるくらい大きなものなんだが、開けるどころか動かすことも出来ない。魔石を使って壊そうとした人もいたが、傷をつけることもできなかった。何人もの冒険者が門を開けようとしたけど、その手がかりすら見つかってないってわけだ」

「あー、それな。ギルドじゃ有名な話だったわ」


 厨房にいたアーランも加わってきた。


「兄さんも知ってたんだ」

「お前なー、俺だって昔は冒険者だったんだぞ。なータスク」

「ケガで引退するまではな」

「お前と違って俺は不死身じゃねーんだよ」


 リスプの目当てもその門だった。門のことは知っているが、手段がないわけではない。

 ガーディアンが通れるほど大きくても所詮門だ。開けるための鍵があればいい。リスプはその手がかりを知っている。


「えーと、リスプも門が目当てなんですか?」

「……そうよ。下見は済んだし、本格的に調べてみるわ」


 タスクとアーランが昔の話をしている間、コトリンはリスプのことをじっと見ていた。その視線を維持したまま聞いてきた質問に、リスプは素直に答える。

 門が目当てであることは隠す必要がないという考えもあったが、自分を見つめ続けるコトリンの視線に負けたというのもあった。


「一人でですよね? 私不安です」


 コトリンの視線は一人で冒険者としてやって来て、遺跡に挑もうとしていることを心配している。そんな目つきだった。


「なので昨日タスクさんに一緒に行ってほしいってお願いしたんです」

「ちょっと待って、あんた何勝手に……」

「そしたらタスクさんもいいよって言ってくれました。これなら私も安心です」

「ということでよろしく」


 コトリンは両手の拳を握り、いいことをしたと言いたげな顔をしている。タスクを見ると気楽に手を振っていた。


「あんたも勝手に決めてんじゃない」

「いいんじゃねーか? リスプちゃんもこいつがいれば頼りになるだろ」

「そりゃ、そうだけど……」

「魔石を独り占めしようとか考えてんのか? やめとけやめとけ。そういうのはろくな目に遭わねーもんだぞ」

「そんなこと考えてないわよ」

「俺もコトリンの友達に何かあったら嫌だしな。協力するよ。それに横取りしようなんて考えない」

「あんたはそうでしょうけどね」


 この数日、リスプは彼女なりにタスクについて調べ、本人について分かることはなかったが、周囲の評判は知ることが出来た。

 冒険者として実力があり、他の冒険者を助け、ガーディアンが現れようと恐れずに戦う。

 遺跡に向かうのは人助けのためで、貴重な魔石を見つけて大金で売ろうというという欲を持たない。隠しているだけかもしれないが、少なくとも他人にその欲を見せたことはなかった。

 法外な報酬を要求したという話は聞かないし、ギルドや町の人間の評判も好評だ。ガーディアンを倒した報酬も、決めた通り三割を手にできた。


 ただのいい人と言い切っていいかもしれないが、それがリスプには引っかかった。ただのいい人だとしても、不死身になれる魔石を持っているのに、野心を持たず家族の遺品を探し、魔石を譲り受けた人間の頼みを聞いている。

 そんな人間が本当にいるのだろうか。何か裏があるのではないか。そう考えずにはいられなかった。


「よろしくな。リスプ」

「ちょ、ちょっと待って。いつの間にそんな話になってんのよ。それに私、あんたに払える金なんてないわよ」

「そんなのは上手くいってからでいい。実はな、組むのは俺にとっても得なんだよ。目的があの門だとしたら、遺跡について何か知っていて、それが遺跡の門を開ける鍵になるかもしれない。俺はそう考えた。それに門を開けることができたら、その先には俺が探しているものそのものか、その手がかりがあるかもしれない。おかしな話じゃないだろ?」

「……けど、あんたの思い通りにいく保証もないわ」

「それは構わない。俺としては何か知ってるらしいリスプに死なれちゃ困る」

「だから守ろうってわけ?」

「いっしょに組みましょう。私心配です」

「……必要ないわよ」

「お前避けられてんなー」

「俺の何が悪いんだろうか」

「いーえ、タスクさんは全然悪くない。よく知らない人と危険な場所に行くことに抵抗があるのは当然のことだよ。だからリスプも今から仲良くなればいいの。これから話をしましょう。大丈夫、私もいるよ」

「ちょっと来なさい」


 リスプはコトリンの腕を掴んで二階へ上がり、誰もいないことを確認してから、コトリンの両肩を掴んだ。


「リスプ? 食事中に出歩くなんてマナーが悪いですよ?」

「そんなことは重要じゃないの。今はあんたのことのほうが問題よ」

「……私、何かしましたか?」


 両肩を掴まれてるというのに、コトリンは呑気な声を上げる。表情も何か悪いことでもしたのかなと言いたげだ。


「タスクに協力してくれって頼んだことよ」

「ああ、それですか。リスプ一人じゃ心配じゃないですか? だからタスクさんに頼んだんです」

「それはさっきも聞いたわ。私が言いたいのは……」


 続きが出てこなかった。

 リスプにとってタスクは自分の正体を知らず、隠し事をしているかもしれない人間だ。

 そんな相手と二人だけで遺跡へ行きたくないからだが、コトリンにそこまで説明するのは恥ずかしく黙ってしまう。


「リスプはタスクさんが信用できないんですか? じゃあ試してみればいいんですよ。タスクさんが本当に信用できるかどうか。お試し期間ってやつです」

「……正体がバレるかもって思わないの?」

「変なこと言いますね。私じゃないんだしそんなことやらかすわけないじゃないですか。タスクさんならリスプの力になってくれますよ」


 真顔で言うコトリンに何も言い返せなかった。

 戦力になるという考えにはリスプも異論はない。タスクはどこか信じきれない人物ではあるが、頼りになることは理解できる。


(……まあ、横取りするようなやつじゃないか)


 引っ掛かる部分はあるが、リスプもタスクと組むことを決める。


「じゃあまず工房に行くか」


 承諾したことを伝えるとタスクはそう提案してきた。

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