カフェのトナカイ
お弁当屋のピークはお昼だ。お腹を空かせたお客さんが波のようにやってくる、まるで殺人級の忙しさ。
ようやくそれも終わり、緩やかに時が流れる午後三時。夜の仕込みを終えた、店主である父は休憩中。その娘である店員の私は、現在スマホと睨めっこ中。
何故かと言うと、今日が小説の「とある賞」の発表の日なのだ。でも結構アバウトだから明日になる可能性もあるけれど、今日はクリスマス。それに合わせて発表されるのではないかと私は踏んでいる。
そんな緩やかな午後の時間を、ぶった切るヤツが現れた。ドカドカと大きな音をならし、店の入り口から入ってくるその人物。
「……お姉ちゃん? どうしたの、そんな慌てて実家に帰ってきて」
「今急いでんの! 話は後!」
荷物を置いて、パンプスを脱ぎ散らしながら二階へと上がっていく私の姉。大きな声が聞こえる。
「ねぇ、私の荷物ってどこやったー?」
「押入れだよ、勝手に触ったら怒るから手をつけてないってば」
どたどたと穏やかじゃない音が二階から聞こえるが、無視だ無視。不用意に上がったら手伝わされることは必至である。
「あったあった!」
言いながら、またしても慌ただしそうに姉が降りてくる。一体何を取りに来たのだろう。
「何を取りに来たの? そんな慌てて」
「ちょっとね。良い事があってさ」
姉はそれを私に見せてくれた。それは姉の大学時代の思い出。楽しそうに語ってくれた教育実習の記録。受け持ったクラスの子供たちが、姉に宛てた寄せ書きだった。
「どうしたの、それ?」
「思い出したのよ。私が教師を志したきっかけ。今急いでるから、またね!」
「え、もう帰るの? ちょっと、意味わかんないんだけど!」
姉は風のように去っていこうとする。その途中で、私に無理やり何かを渡してくる。
「そうだ忘れてた、これあげる!」
姉が押し付けるように渡してきたそれ。私はそれと目が合って、目を丸くした。間違いない。例のあのトナカイだ。でもこれが何故、姉の手に?
「次はゆっくり帰ってくるから。そんじゃね!」
「待って、どうしてこれ持ってるの!?」
「──ってことがあったんです。信じられます?」
「え、本当ですかそれ?」
「事実は小説より奇なり、とはよく言ったものですよね」
私は彼と向き合いながら、ゆっくりとコーヒーに口をつけた。
昨日、つまりイヴのこと。ウチのお弁当屋の常連である彼から、初めてのお誘いを受けた。
そして今日、クリスマス当日に、こうして一緒にカフェでお茶をしているという訳である。
本当、出会いとは不思議なものだと思う。昨日まで、お互い連絡先も知らなかったのに。
私が彼にそのトナカイを見せてあげると、彼も目を丸くして驚いていた。本当に、こんな事ってあるんだと言いながら。
「どういう流れで、私の手にこの子が戻ってきたのかはわかりません。でも、間違いなく昨日、私があなたに渡したトナカイです」
「そうですね。俺も一度手にしたものだから、それが間違いないってことがわかります」
「本当に、不思議ですよね。でも、ちょっと納得もできるんです。何故だかわかります?」
「そりゃ、クリスマスの夜だからでしょう。今日は、何が起きてもおかしくない夜だから」
「……当たりです。やっぱり気が合いますよね、私たち」
彼はコーヒーカップで顔を隠すようにした。ちょっと顔が赤い。それを見て、私ははにかむ。
彼はわざとらしい咳払いをして私に問うた。照れ隠し、だろうか。そうだったら私は嬉しい。
「そういえば。あなたは何を願うんです? その幸せのトナカイに」
「そうですね……、まさか自分の手元に戻ってくるとは思いませんでしたから。だからまだ、決めてないんです」
「そうですか。それなら、ゆっくり決めると良いと思いますよ。それ本物ですから。俺の願いはこうして、叶ったわけだし」
「そうですよね、本物ですよね。私、何を願おうかなぁ」
色々、叶えてほしいことはある。でもこのトナカイが願いを叶えてくれるのは一度きり。他でもない、私がそう決めたことだから。
私は少し黙考して。そしてその願いを決めた。
するとその瞬間、私のスマホがぶるりと震えた。
彼に断って、スマホを見てみると。珍しく、e-mailを一通、受信している。一体どこからのメールだろう。
メールソフトを立ち上げてみて、私はまた目を丸くした。
小説を応募した、とある賞のサイトから。
特別賞受賞、というタイトルのメール。
「どうしました?」
「……あの、お願いが出来たんです」
「出来た、って?」
「いつか話しましたよね。私の小説が賞を取ったら、その小説を読んでほしいって」
私は嬉しくなって、彼にそのメールを見せた。
彼は自分のことのように喜んでくれる。
その笑顔を見て、私は思う。
やっぱりクリスマスは素敵だな、と。
【終】
幸せのトナカイ 薮坂 @yabusaka
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