第6話 文化祭②
「チッ、チッ」という小さなカウント音に乗せて、演奏が始まった。ムーデスが無駄に高音質で煌びやかなサウンドを奏で始める。ちなみにタイナカイネンはステージの端で呆然と立ち尽くしていた。
「普通……ここで全員揃って、演奏するくね……」
放心状態のそれを置き去りに、本来彼が叩く筈であったドラムパートがスピーカーから流れ出す。それに合わせてユイルドのギターが咆哮を上げた。俺もベースを弾き始める。
客席からも歓声が巻き起こり、その場のテンションが上がってゆく。
これは良い感じなんじゃないだろうか? 練習の成果が出ている。初めてのステージだけど、気持ちがいい。一体感というのだろうか? 自分の奏でる音がメンバーと重なり、一つの曲になる。そしてそれを、観客が目の前で聞いてリアルタイムで反応が返ってくる。文化祭という晴れ舞台、熱狂する会場、それぞれの雄姿。全てが最高だった。
曲はアップテンポで疾走を続ける。Aメロ、Bメロ、サビと進み、二番へと突入する。そこで予想外の出来事は起きた。
ザッ、という聞き慣れない音がしたかと思うと、ユイルドのギターの音が消えた。
……弦が切れていた。
「なっ、四弦と五弦と六弦が一気に切れた、だと……!?」
「いや、よく見ろ! 残りの弦だけでなんとかカバーしようとしてるぞ!」
「無茶だ! ユイルド!」
観客がアクシデントに気付き、次々と口走った。テンパるユイルド。愕然とする俺とムーデス。呆然としたままのタイナカイネン。しかし曲は止まらない。
パワーコードの代わりになるものを何とか手探りで探すユイルドだったが、出るのは「プーン、プーン」というオナラのような音ばかりで、そのまま曲が終了した。
一瞬にして、会場のムードが通夜のようになる。しんと静まり返った体育館。沈黙が支配し、ユイルドの心臓の鼓動さえ聞こえてきそうだった。今彼は顔面蒼白で、コープスペイントをしていないのにナチュラルで白くなっていた。
……小学生の時、親父が放火罪で捕まって親族会議が開かれた時の事を俺は思い出した。閑静な住宅街、静まり返る2LDK、「ニュースをお伝えします。教会に火を放った男の続報ですが――」というリアルタイムで流れてくる父親の勇姿。全てが最高だった。
ある意味で、演者と観客が一つになった瞬間であった。
本番後。俺はユイルドに詰め寄った。ベースなんて弦が太くて中々切れないから、余計に食って掛かった。
「何で本番で弦が切れるんだ! 交換してないのか!?」
「いや、病室で取り替えたばっかだよぉ!」
「病室で弦を取り替えるな! 他の患者に迷惑だろ!」
「待ってくれ、アキヤマイアン君! ずっと言いたかったのだけど、だとしたら病室でギターを弾く事も――」
「うるさいッ!!」
結局、この日をもってバンドは解散した。
余談だが二十年後、アキヤマイアンとユイルドはロン毛、ムーデスはハゲ、タイナカイネンはデブとなる。やはりヘヴィメタルは、ハゲ、デブ、ロン毛の音楽なのかもしれない。
<了>
放課後TEA PARTY さっさん @dy-oll
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