第25話 私の助手になりなさい

 バン! と重い扉が乱暴に閉ざされる音が応接室まで響いた。重苦しいまでの沈黙が襲い掛かる。グルニエさんの苦しそうな不規則な呼吸がやたらと耳に入ってくる。僕を焦らせるには十分な材料だった。

 それから数分経ったろうか。深紅のヒールが絨毯の上を歩く音が徐々に近づいてきて――僕らを見下ろすようにして、魔女ガルディアは立ち止まった。燃え盛るような紅蓮の瞳は覇気を失っているように見える。


「……今のは」

「神聖騎士クオーツ・ジェス。わたくしの助手になりなさい」


 だが、僕の問いかけを無効化する衝撃の一手を、魔女ガルディアは高速で放ってきた。時間が止まる。魔女というのは人間の理解を超えた言動ばかりするけれど、彼女の場合も例外ではないらしい。

 だから、間の抜けた返事をしてしまった僕をどうか誰も責めないでほしい。


「――はい?」

アルミナシオ共通語が理解できなかったのかしら? 私の助手になりなさいと、そう言ったの」

「いや、言葉はわかります。助手ってどういう、話が見えないんですけど」

「裏切り者の魔女グルニエの命を助けたくば私に従いなさいと、そう言っているのです」


 ガルディアは決然と言った。気が沈んでいるように見えたが、傲岸不遜な物言いは追い変わらずのようだ。僕は足元で高熱に浮かされているグルニエさんを窺いながら、ガルディアの話を聞く。


「彼女には特殊な炎を宿しました。魔女自身の魔力を燃料として体内で燃え続ける炎……端的に申し上げると、体内の魔力が空になったとき、彼女は死にます」

「ッ」


 僕は息を呑んだ。激昂した魔女が牽制に放った一打だと思っていたが、殺意に満ち溢れた魔術じゃないか。


「なら、魔力を補充すれば」

「確かに精気を吸収すれば空になることはないでしょう。ただ、衰弱している彼女にそんなことができるとは思えませんし、何よりこの領域アドグラース内での身勝手を私が許さなくてよ」

「……グルニエさんの魔力が空になるのは」

「半日後。けれど、あなたが私の助手として馬車馬のように働くと誓うのなら、最低限の延命措置はして差し上げます」


 交渉をするなら公正なテーブルを用意してから。そんな騎士道精神に則った理屈が打算と私利私欲で行動する魔女に通用するはずがない。自分に有利な場を作り、相手に有無を言わさず承諾させる。話を聞いてはいるものの、グルニエさんの命を救うなら僕に取れる行動はひとつしか残っていない。

 このままだと半日後にグルニエさんは死ぬ。それまでに神聖騎士団に連絡を取って魔女ガルディアを捕縛するか? 時間が足りなさすぎる。


「ひとつ、聞かせてください」


 それでも僕は、足掻くことをやめはしない。思考停止して諾意を取り付けるのは悪手も悪手。無理解の承諾よりも理解の承諾だ。そこにきっと活路があるはず、そう信じたい。


「僕を助手にして何をさせようとしているんですか? あなたはグルニエさんを殺すと言っていた。延命までして、どうして」

「手駒に神聖騎士がいた方が都合の良い案件なのです。それでは不満?」


 ガルディアは強気な微笑を作る。腹の内を探らせない完璧な作り笑いだった。


「あなたには事件の調査をしていただきます。アドグラースでも有数の資産家、イーサン・サルディニア殺害事件……その真犯人を探しなさい」


 イーサン・サルディニア。やはり、先程連行された少女の関係か。


「あなたの使用人が逮捕されたようですが」

「冤罪です。私の使用人がそんなことするはずないでしょう」

「なら、洗脳魔術とかで解決してしまえばいいのでは?」


 神聖騎士の提案としてはあってはならないのだが、可能性を潰しておくに越したことはない。というか魔女ならそれくらいやってしまいそうだ。だが、ガルディアはとんでもないと大きく首を横に振った。


「偽りの忠誠など為政者には不要です。洗脳なんて邪道でしょう」

「え、でも僕たちがこの街に来た時、人払いの結界と洗脳魔術で運転手を操って」

「私の力をあなたたちに見せつけるためです。普段はそんな横暴なこといたしませんわ」

「…………」


 なんだろう。この魔女がよくわからなくなってきた。プライドが高く当然のように人間を見下して、「魔女はかくあるべし」という押し付けがましい枠組みを強要してくる女性だけど……変なこだわりがあるようだ。


「人間の手順に従うことは業腹ではあるのですけれど、私に真の忠誠を誓わせるために必要な措置ならばやむを得ません。人間は処罰の対象を見つけられなければ憎しみを昇華できない愚かな生き物。声高に無罪を叫んだところで聞く者などおりません」


 返す言葉は何も浮かんでこなかった。「火刑の魔女」の裁判は様々な意味で炎上したから。魔女の糾弾、異分子の排除、憎悪の対象としての偶像化。魔女裁判にかけられたガルディアにだって心はある。思うところがあったに違いない。


「ですので、無意味なのです。シャーレィが無実だと叫んでも、真犯人を見つけなければ人は彼女を許さないでしょう。だからあなたは神聖騎士のやり方で、私の使用人の無実を立証なさい。私の助手として、とはそういう意味です」


 グルニエさんを人質に取られている時点で、僕の取る行動は決まっていた。たとえ魔女と取引をすることがナンセンスだと詰られようとも、神聖騎士としてあるまじきと罵られようとも。僕は今ここでグルニエさんを失うわけにはいかない、僕自身の任務のために。僕自身のエゴのために。

 僕は魔女に魂を売ろう。


「わかりました。この事件を解決するまで僕はあなたの助手でありましょう、ガルディアさん」

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ものぐさ魔女は謎をご所望です 有澤いつき @kz_ordeal

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